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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第五章

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ふたりの来訪者

 亜里沙は無意識に立ち上がっていた。

 だが体に力が入らず、後ろによろめいて椅子に躓く。

 椅子と共に倒れそのまま尻餅をついた亜里沙を見て、あっと小さく声を上げて立ち上がった翔は、だが、その場から動かなかった。


 亜里沙に気を遣って近付かないのか、自分自身ではなく亜里沙を心配する翔に、混乱する。


「翔くんが、し、……死んだ、なんて、嘘でしょ……? だって、今、生きてるじゃない」


「ああ……そうだよね。俺も訳が分からなかったよ。いや……それは今でも、考えたら意味不明だけど」


「ニーズ……どういうこと……?」


『アリサ……』


「どういう事か説明してよ!!」


 自分でもどこから声が出ているのか分からないくらいの叫びだった。


「アリサ様?」


 外からビクトルの声がする。


「……大丈夫です。話しているだけ」


 翔が亜里沙の代わりに答えた。ビクトルがすぐに引き下がる。

 亜里沙は怒りなのか悲しみなのか分からないぐちゃぐちゃになった感情で震えた。


 亜里沙の状態を共有で感じ取ったのか、憔悴したようなニーズの声がする。


『初めて連れて来た時は知らなかったのだ……我は、父から……母が耐えられなくなった時は、あの世界から人間を連れて来るよう、言われていた』


「父……前に亜里沙ちゃんから聞いたけど、それって神話にも出て来た、天から来た神?」


 翔の問いに、ニーズがああ、と呟く。


「初めて、という事は、三十年間もここにいた来訪者の事だよね」


『そうだ。あの者を連れて来た時、我は初めてあの空間に足を踏み入れた。長く留まるのは危険だとすぐに分かった。だが、人間にとってはそれで済まないなど、考えも及ばなかった』


 亜里沙はどこまでも冷静な翔を信じられない思いで見つめた。翔は亜里沙ではない所を見つめてほんの少し曇った顔でニーズの話を聞いている。


『あの男はあの空間に入ってしばらくして……死んでしまった。想定していなかったから、我は混乱した。どうすべきか分からずにいた時、三体のクルスが中に入ったのだ』


「それで、()()()()? 仮死状態の人間が息を吹き返すみたいに?」


『……ああ……』


「本当に蘇生した訳じゃなくて、それは、良く言えば延命みたいなものだったんだろ」


『そうだ……あの男の中の最後のクルスが死んで、あの男は自我を取り戻した。だがこのままこの世界にいたいと言っていたから、我はその願いを聞き入れた。しかし……クルスのその残滓が全て消えると、あの男は再び死んでしまったのだ』


「死んだその人を送り返したのは、どうして?」


『あの男の残した痕跡が強かったのか、あの男とあの世界との繋がりがまだ切れていなかった。その繋がりが原因で……この世界を巻き込んで崩壊が始まった』


「崩壊……」


 翔はほんの少し、亜里沙に目をやった。亜里沙が見つめ返すと、翔の目はそっと逸らされた。


『あの男の体はあっという間にイドルの温床となり、崩壊が広がり始めた。だから我は元の世界へと送り返したのだ』


「その後その人の体は?」


『分からない……確かめられなかった……我は、怖かったのだ……』


「俺たちの世界でイドルだとか、化け物のような存在が確認された事はないし、多分そういう影響はないんだろうな……それで、その人以降も、ニーズは一度も来訪者のその後を確認していないんだな?」


『そう、だ……だが。まだクルスの残滓があるうちに送り返した者は、恐らくすぐには死ななかったはずだ』


「何だ、それ……言い訳? それとも、だから罪が軽いとでも言いたいの?」


『違う、そうではない』


 ニーズの声色から必死さが伝わってくる。亜里沙は唐突に吐き気を覚え、怒りで目の前の景色が歪むのを感じた。



「……てよ……」


 翔の視線を感じる。掠れて上手く言葉にならなくとも、ニーズには伝わったようだった。


『アリサ、すまない』


 哀願するような響きが、今はただひたすら薄ら寒い。


「……出てってよ……」


「亜里沙ちゃん……」


 翔が眉を下げて亜里沙を見つめる。ニーズは消えいるような声で、再びすまないと繰り返した。

 どんな顔で謝っているのか考えると、湧き上がる怒りでこめかみが痛んだ。


「私の中に居座らないで……出てってよ! 出ていけ! この人殺し!!」


 自分の叫び声に合わせて、強烈な目眩がした。


「亜里沙ちゃん!」


 翔の慌てた声がして、体を包まれる。そうしてやっと倒れそうだったのだと認識する。

 服越しにでもはっきりと伝わってくる翔の体温に、亜里沙はますます混乱した。


 目の前に、自分を心配して抱き締めるこの心優しい人が、死んでいるだなんて。



『……では……どうすれば良かったのだ……』


 震えるような声がした。


『最初の来訪者を死なせてしまった後……我はどんな事でも試した……母を宥めもしたし、自分で何とか浄化を続けようとした。だが、駄目だったのだ! 一度はこの世界を諦めようとした。だが、それも出来なかった! 我は、この世界を救いたかった……ここに生きる人間たちの命を諦める事が出来なかったのだ!』


 亜里沙の目から涙が零れ落ちた。それがどちらのものかなんて、分からないし考える余裕もなかった。


 ややあって、翔が亜里沙を支えたまま小さく言った。


「お前の弟妹たちはどうしたんだよ。沢山いたんだろ、キーランより強い純粋なアストラムが」


『弟妹たちは……母を安定させ、世界と人間たちを守る為に、神木に姿を変えた』


「神木……? あの、四つの国に一本ずつあるっていう……?」


『そうだ。弟妹たちは、このままではいずれ母の歪みが世界を滅ぼすと危惧していた。だから少しでもそれに抗えるように、神木となって大樹である母と繋がり、神聖な水で世界を覆えるようにしたのだ』


「あんまり上手くいかなかったみたいだな」


『……そうだ……』



 沈黙が訪れる。

 翔は亜里沙を気遣いながら片手で椅子を起こすと、「座れる?」と声をかけてくる。


 亜里沙は腕の中から翔を見上げた。


「何で……翔くんは、何で私の心配をしてるの……?」


 翔はほんの少し戸惑った様子で亜里沙を見つめ返す。そして、そっと誘導すると亜里沙を椅子に座らせ、自分はその側に立った。


「……自分の事より、きみの心配をさせて欲しい。そうじゃないと、俺は……ニーズがきみの中にいるから……怒りに任せてどんな事をしでかすか分からない」


 涙を流す亜里沙に、翔は困ったように微笑んだ。


「俺は……何があっても、亜里沙ちゃんだけは傷付けたくないんだ」




 しばらく誰も口を開かないまま、時間だけが流れた。

 部屋の中の暗さが増し、もう一度ビクトルの声が外から呼びかけて来た時、今度は亜里沙が返事をした。


「……大丈夫。もう少し待って」


 はい、と控えめな声がして、亜里沙は翔を振り向いた。


「私が無事なのは、ニーズが直接中に入ったから、なんだね」


 そう考えてみると、あの空間で体がおかしくなったのも、あのままでいれば死んでいたという事だったのだろう。


(何で私にだけ……いや、茉利咲にだけそうしようとしたのかは、どうせ覚えていないんだよね)


『……すまない……』


 ニーズの弱々しい声に、脱力する。この虚無感をあと何度味わえばいいというのか。


「翔くんは、どうして自分が、その……」


「死んだって分かったか?」


 翔のほんの少し自嘲的な言い方に、亜里沙は目を伏せた。


「さあ……どうしてそう思ったんだろう……でも、自分が死ぬ時は分かるって、聞いた事ない? 自分の体の事だから、駄目な時は分かるっていう話。理屈は知らないけどそういう事なのかなって。……その時、ニーズの声を聞いたのも思い出したんだ」


 何を話しているのかは分からなかったけど、と呟く。


「クルスが俺を囲んでるのが最後に見えた。だけど、ただ俺を覗き込んでただけだった……ただ、心配そうに」


『……我は自分がした事をまだ思い出せないが……我の魂の破片が入った事でクルスが入った時と同じように作用したのだろう』


「どうせならクルスに入って貰った方が、言葉も分かるし力も得られるし、何を悩むよりも世界平和の方に集中するんだろうから、気が楽だったかも知れないな」


 吐き捨てて、翔はニーズに問いかけた。


「……俺のように自分の死を思い出した人はいなかったの?」


『いた……かも知れない……だが、分からない……我が肉体を失ってからは、我を認識出来る来訪者は少なかったから、何を知って、何を感じていたのかは知る術がなかった』



 再び静けさが訪れた時、亜里沙は静かにニーズに呼びかけた。


「翔くんに入ってるニーズの破片をもっと強く出来る?」


「……亜里沙ちゃん?」


『それは……出来る、と思う……』


(ニーズの破片はクルスと同じ作用があるって言うなら……強ければ、それだけ翔くんは生きられるんでしょ?)


『……そうだ……恐らく』


「じゃあ、やって。恐らくでも何でもいいから……お願い」


 そう言って、亜里沙は立ち上がった。目を丸くする翔を強く抱き締める。


 ニーズの気配が強まって、何かが翔の中に流れ込むのがはっきりと分かる。


「亜里沙ちゃん……? ニーズ、何してるんだ!?」


「帰ろうよ……私と帰ろう、翔くん」


「え……?」


「ニーズが入り口を開けるくらいに回復するまで、出来る事は何でもするから……だから一緒に帰ろう」


 翔は答えない。亜里沙は翔を抱き締める腕に力を込めた。


「ひとりにしない……約束したでしょ? 帰っても、翔くんをひとりにしない……最後まで、翔くんと一緒にいるから……!」


 亜里沙が堪え切れずにすすり泣くと、ほんの少し震えた翔の声が、笑った。


「……なんかそれ、プロポーズみたいだね」


 翔が静かに涙を流すのを、亜里沙は感じていた。

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