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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第四章

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シーラ砦

 その後、亜里沙は翔と、この事をエドワードに話すべきか相談した。


「結局、来訪者は選ばれてなんかなかったし、力を得る理由も理に触れる事なんかじゃなかったんだよな。ニーズが言えなかったってだけで」


 ニーズは答えない。恐らく翔の言う通りなのだろう。


「“理に触れる”って名目で、あとどれくらいの事を黙ってるのか知らないけど、俺は、これが最後であって欲しいと思うよ」


 吐き捨てるように呟いて、翔は深いため息を吐く。

 そして、声を落として続けた。


「……だけど俺は、この事は他の人には言わない方がいいと思う」


 翔の眉間に皺が寄った。


「こんな非人道的な事……教えたって苦しめるだけだ。この世界の人たちに勝手な事を言われたり、中には酷い言動の人もいて、許せないし、全部ぶちまけてやりたい気持ちもある……でも、それでも」


 亜里沙も翔と同意見だった。

 翔が顔色を窺うように亜里沙に目を向けたので、頷いてみせる。


 翔は曇った顔のままだったが、どこか安堵したようだった。



 翔と部屋を出ると、そこにはイザベラだけが立っていた。


 大きな声が出た時に少し聞こえたのだろうか。イザベラは心配そうにこちらを見た。


「心配かけてごめんね、大丈夫だよ」


 亜里沙の言葉を受けて、イザベラは少し困ったように微笑む。


「お話の内容は聞こえていませんので、ご安心ください」


「あ、うん……それは心配してないよ。むしろ気を遣わせちゃってごめんね」


「いいえ。おふたりがご無事であればいいのです」


 亜里沙は頷いて、辺りを見回した。

 廊下には頼りないが灯りがある。近くにいれば顔は見えるし闇の中とまではいかないが、外はすっかり暗くなっているようだ。


「ソフィーはどこで待ってるの?」


「隣の部屋におりますよ。呼んでまいります」




 そして、とても心配そうな顔のソフィーが戻って来て、亜里沙はもう休む事にした。


 翔に挨拶して別れる。翔は先程は暗い表情だったのが少し時間が経って落ち着いたのか、幾分かすっきりして見えた。



 亜里沙はこの夜、ニーズの意識に入った。

 自分が望んだのかニーズが呼んだのかは分からない。


 ニーズの顔にその痕跡はなかった。だが泣いた後のような表情を見て、怒りや困惑はどこかへ消えてしまった。

 亜里沙は何も言わず、弱っているニーズを休ませた。




 翌朝、遠征隊は次の地点であるシーラ砦に向けて出発した。


 そろそろ自分で歩いてもいいと思うのだが、ロナンとの約束なので今日もキーランとグラに乗る。


 亜里沙はすぐに、近くにロナンの姿がない事に気付いた。

 ソフィーに聞くと、昨夜のように顔に怒りを滲ませる。


「旦那様には少し反省していただきます。しばらくアリサ様のお側に寄らせません!」


 そんな事をして大丈夫なのだろうか。

 ソフィーの立場を心配した亜里沙だが、当の本人は気にならないようだった。



 亜里沙は少し重い色の空を仰ぎ見て、ニーズに語りかけた。


(ねえ、ニーズ)


 ややあって、ニーズの静かな声が答える。


『何だ』


 ふと思い出した亜里沙はニーズに質問した。


(そう言えば、今もニーズの声は翔くんに聞こえてるの?)


 少し遅れて歩く翔を振り向く。

 翔と目が合って、聞くまでもないと亜里沙は気付いた。

 翔は今、突然頭の中で別の誰かが喋り出した時のような顔をしている。


『今は我の声が聞こえるだろう。遠く離れれば恐らく聞こえなくなる』


(じゃあ、翔くんが心で思った言葉はニーズに届く?)


『届く訳がない。それはお前だけだ。我が中にいるから成立する事だ』


(意外と不便なんだね)


 不便と言われたからか、ニーズが小さく唸る。


『……我に話しかけた用件はそれか?』


 亜里沙はもう一度翔を振り向いた。

 翔が何となく距離を取り始めたのが分かって、申し訳なくなった。


(えっと、今から話すからなるべく返事しないで聞いててね)


 無言が返って来たので、亜里沙は続けた。


(私、自分は間違われたんだから、帰る為に頑張ると言っても、もし上手く出来なかった時は言い訳出来る、ってどこかで思ってた気がする)


 同時に焦りも酷かった訳だが。


(でも、条件は他の来訪者とあんまり変わらないんだよね……もっと、ちゃんとしなくちゃって思ったよ)


 茉利咲と間違われた事は変わらない。だが、来訪者との違いは、亜里沙が思ったよりも大きくはなかった。

 茉利咲であればもっと上手く出来たかも知れない事を自分が代わりにやるのだ。

 言い訳は出来ない。やり遂げなければ。


(改めて、なんだけど。私に力を貸してくれる?)


『……ああ。我も出来る限り協力する』


 亜里沙は人知れず微笑んだ。


 だが、問題はその、ニーズの力を上手く引き出せない所にあるのだが。もっと練習をしないといけない。


 大きくため息を吐いて、思い切り後ろに寄りかかる。

 背中越しにキーランの体が僅かに緊張したのを感じて、亜里沙は「うわっ」と声を上げて体を起こした。


「ご、ごめん! 寄りかかっちゃった!」


「ああ……いいよ、別に。その方が楽なら」


 少し焦りを含んだ声を聞いて、居た堪れなくなる。


「一瞬忘れてて、キーランの事、背もたれみたいにしちゃった……」


「背もたれ?」


「ごめん……」


 亜里沙が振り向こうとした時、キーランがおかしそうに笑った。


「背もたれ扱いされたのは初めてだ」


 はは、と声を出して笑うキーラン。

 後ろに人がいる事を忘れる程、自分がぼんやりしていた事が恥ずかしいのだが。近くにいたイザベラとソフィーにまで笑われてしまった。


「いつでも背もたれになるよ」


 キーランの手が優しく亜里沙の肩を引き寄せて、寄りかかるように誘導される。


「い、いや、これは遠慮したい……」


 頭を捻って見上げると、キーランの綺麗な顔が近い。その顔に、満足そうな笑みが浮かんでいるのを見て、亜里沙は抵抗するのをやめた。




 二度の休憩を挟んで、亜里沙たちはシーラ砦に到着した。

 遠目にその大きさが分かるほど立派な砦だ。もしかしたら亜里沙が目にした中で最大の、リンネア砦よりも大きいかも知れない。


 近くに来ると、砦の周辺は騒然としていた。

 荷馬車を率いるエンリクたちが先に着いているのは当然としても、砦内に荷車が多い。

 テントが一つも建っていないが、全員寝れる場所があるのだろうか。

 慌ただしく騎士と兵士が行き来していて、農民の姿も少し見える。


 亜里沙はフードを引っ張りながら、翔を振り向いた。翔も同じく目深にかぶっている所だった。



 状況が飲み込めないまま、やって来たエンリクに亜里沙たちは案内される。

 主塔と呼ばれる建物の中、テーブルと椅子が並んだ部屋に通された。


 エンリクは、イザベラに手短に事情を話して立ち去る。

 イザベラは深刻な顔をしていたが、亜里沙と目が合うと笑みを見せた。


「しばらくこの部屋で待つ事になりそうです。心配はいりませんよ」


「イドルの巣があるの?」


「あ、いいえ」


 イザベラは少し迷った後、声を落とした。


「ここから一日も離れていない場所に、サンフェルという都市があります。イドルの被害が少なく、その周辺には集落も集まっていて、シーラ砦への補給は主にこの地方が担っているのですが……」


 そして、イザベラは再び迷うように言葉を切った。

 キーランに促されて、口を開く。


「領主のエイルセン伯爵が、用意されていた物資を奪い、砦からの使者を一方的に攻撃した為、拘束されたそうです。本日こちらに身柄が移されたと」


「エイルセン……確か、半年くらい前に息子が新しく伯爵になったばかりじゃなかったか?」


 キーランの問いに、イザベラが頷く。


「はい。オリバー様です」


 オリバー、とキーランが呟く。思い出そうとしているのか考え込んで、そこで話が途切れた。



 亜里沙が話の内容を翔に伝えていると、ロナンが部屋に入って来た。


「キーラン、侵食の治療をお願いします」


「……誰の?」


「エイルセン伯爵です」


 キーランは無言のまま頷いた。

 ロナンは一度もこちらを見ず、亜里沙も声をかける事が出来なかった。



 捕まった伯爵がイドルの侵食を受けている事が気にかかる。だが状況が状況だけに言い出せない。

 黙ってキーランを見送った後は、翔の言葉の練習に付き合いながら、事が終わるのを待った。


 だから、亜里沙はまさか、エドワードに呼ばれてエイルセン伯爵と対面する事になるとは思ってもいなかったのだ。

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