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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第四章

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 たどり着いた洞窟は、亜里沙の予想を上回る壮大さだった。


 ティラにあった洞窟の入り口は小さかったが、ここの洞窟は切り立った崖が抉られる形で、そこは入り口というよりは崖で作られた大きな門のようだ。

 道からなだらかな傾斜を降りて来た先に現れたその洞窟は、奥にもかなり広い空間が広がっているという。


 亜里沙たちが洞窟に入ってすぐに雨が降り始めた。入り口は段差になっていて、雨が流れ込む事もなさそうだ。

 中ではテントはすでに設営されていたが、その数が少ないのは洞窟の壁や天井で守られるからだろうか。


「旦那様、もしかしてここは」


 ソフィーが目を丸くしてロナンを見上げる。

 ロナンはソフィーに頷くと、亜里沙にも分かるように教えてくれた。


「フェイバールと呼ばれる洞窟です。ここは珍しい光景が見られるので有名なんですよ」


 行ってみますか、とロナン。


 亜里沙が行く、と言うと、ロナンは少し離れた位置でエンリクと話しているエドワードのもとへ向かった。


「どこかに行くの?」


 翔の問いかけに亜里沙は翔を振り向いた。


「あ、うん、この洞窟、珍しいものが見られるって。ロナンが連れて行ってくれるみたい。ごめん、行くって言っちゃった」


 翔はいいよ、と頷いて亜里沙の顔色を窺う。


「さっき、何があったの? 来訪者絡み……だよね?」


「あ……」


 亜里沙は先程の事を思い出し、一瞬言葉に詰まったが、見聞きした事を話して聞かせた。そして気付けば不安な気持ちも吐露してしまっていた。


 翔はじっと目を伏せて聞いていたが、亜里沙が話し終わると亜里沙と目を合わせた。


「亜里沙ちゃん、それはキーランとイザベラさんの言う通りだよ」


「……そう、だよね……でも私」


 茉利咲の事を口にしようとして、出来なかった。それでも翔には伝わってしまった。


「あのさ……茉利咲ちゃんの事、考えるのは一旦止めない?」


「……え」


「ごめん、俺が言う事じゃないよね……だけど」


「お許しを頂きましたよ」


 ロナンが戻って来て、翔は一度口をつぐんだ。

 亜里沙はロナンに返事をして、翔を見る。


「やっぱり俺、残るよ。少しやりたい事があって」


「えっ?」


「帰って来たら何があったのか教えて」


 翔はほんの少し沈んだ表情に微笑を浮かべた。

 亜里沙はそれ以上言えずに、テントの方へ移動する翔をただ見ているしか出来ない。


「あら? カケル様?」


「翔くん、用事があるんだって」


「そうなのですか……」


 ソフィーは残念そうに翔の背を見送る。


「アリサ」


 洞窟に入ってから一言も発していなかったキーランが初めて口を開いた。


「僕も少し休んでるよ。カケルは僕が見てるから安心して。きみはイザベラから離れないように」


「お願いします、キーラン様」


 安堵したようにイザベラが言うと、キーランは頷いて翔を追うように去った。


「では行きましょうか」


 亜里沙は寂しい気持ちもあったが、ソフィーとイザベラと共にロナンについて歩き出した。



 入り口は外からも光が入ったが、中に入り込むと一寸先は闇だった。


 ロナンが先頭に立って松明の灯りで照らしてくれる。


 ふたりが並んで通れる程の通路は、見える限りどこもかしこも黒い。それは少し奇妙な光景だった。それに歩く度にとても硬い、例えるなら大理石の床を歩いているようなそんな感触が伝わってくる。


「足元に気を付けてゆっくり歩いてくださいね」


 ロナンがこちらを見たので、うん、と答える。


「見事なまでに変質しているでしょう? ここまでのものはなかなかお目にかかれません」


 ロナンが言いながら黒い大理石のような壁に触れる。


「私は初めて見ました!」


 亜里沙の隣を歩くソフィーは目を丸くしながら辺りを見回している。


「少し息が詰まりそうですね。アリサ様、大丈夫ですか?」


 イザベラが後ろから声をかけてくる。


「うん、確かにちょっと苦しいね。でも大丈夫だよ」


「もう少し辛抱してくださいね。そう遠くありませんから」



 ロナンの言う通り、それから間もなく、そこは唐突に現れた。


 突然開けた場所に出たと思ったら、亜里沙はその光景に目を奪われて立ち尽くす。


「わ……凄い……」


 目の前には、意識の中で見た時程ではないが巨大な結晶が三つ、まるで柱のように聳え立ち、人の大きさ程の結晶がその周りにいくつか、そしてその足元に小さな結晶が、それこそ無数と言えるくらいに地面から生えていた。

 いや、確か生えているのではなく地中に潜るように突き立っているのだ。それぞれが放つ幻想的な光で空間が満たされている。


「フロース……」


「ええ、そうです。よく分かりましたね」


 ロナンは言って、松明をイザベラに渡した。


「……伯爵?」


「イザベラは確かフロースは苦手だったよな。だったらここまででも問題ないだろう」


灯りがあると邪魔になるんだ、とロナン。


「は? ちょっと待て」


「……まあ!」


 ソフィーが弾んだ声でイザベラに懇願する。


「ランドストル卿、アリサ様にこの美しい光景を楽しんでもらいたいです! 旦那様に任せましょう!」


「ソフィーさん?」


 イザベラの困惑した顔が亜里沙を見る。


「アリサさん。お手をどうぞ」


 しかし同時にロナンがこちらに右手を差し出したので、亜里沙はイザベラ同様困惑しつつその手を取った。

 ソフィーは満面の笑みを浮かべてイザベラの隣を動かない。


「足元が少し暗くなりますから、私の腕を取ってください」


 亜里沙がどうすればいいのか迷うと、ごく自然に亜里沙の左手がロナンの右肘の内側に誘導される。


「あ、ありがとう」


「いいえ」


 淡い光の中で目が合うと微笑まれる。

 ロナンにエスコートされて巨大な結晶の一つに近付く。


「フロースの結晶が集まる場所にはイドルの巣は出来ないと言われています。だからここに避難していたのでしょうね」


 先程の民間人を思い出して亜里沙は目線を落とす。

 結晶の足元、中くらいと小さな結晶に囲まれて窪みが出来ており、その窪みには不思議な光を反射する水が溜まっている。


「あれ? これって」


「ああ、触らないで」


 ロナンがやんわりと亜里沙を制止する。


「聖水ではありません。むしろ人間には毒になる水です」


「ど、毒……?」


『前にも言ったが水が媒介になるのは何も不思議ではない。この水には女神の力が溶け出している。触ると良くないのは確かだろうな』


(ニーズ……)


『何だ』


 起きている気配はしていたが、ほとんど喋らないのでこちらに関心が薄いのかと思っていた。

 話してくれてもいいが不意打ちは心臓に悪い。


「アリサさん? 大丈夫ですよ、見るだけなら安全なので」


 くすっと笑われて亜里沙は恥ずかしくなった。


「ち、違う、別に怖がってる訳じゃ……」


「怖がるのが正しい反応です」


 そう言って、ロナンは亜里沙に向き直る。

 自然と手が外れて、亜里沙は正面からロナンを見上げた。

 ロナンはじっと亜里沙を見つめる。


「アリサさん……キーランに心を許さないでください」


「……え?」


 唐突に言われた言葉を理解出来ず目を瞬く。


「貴女が頼っていいのは私だけです」


 強く言われた訳ではないのに、その言葉は亜里沙を縛り付けるようだ。


「カケルくんは……同郷の友でしょうから仕方ないですが」


 ロナンが一体何を言いたいのかまるで分からない。


「な、何を言ってるの?」


「忘れないでください。貴女は無理矢理連れて来られたんです」


「……え? 忘れてなんか……」


「ただでさえ帰る為に自ら危険に身を晒さないといけない貴女が、それ以外の事に気を取られるなんて感心しません」


「別に気を取られてなんかない」


「そうですか? キーランに言い寄られたのでは?」


 亜里沙は羞恥でカッとなった。

 先程からどこか責められているように感じていたが、まさかキーランとの事を言われるなんて思っていなかった。


「ちゃんとするよ……! でもキーランの事は関係ないでしょ」


「いいえ、関係ありますよ。貴女を守るのに都合がいいのでこのまま側に置けばいいでしょう。ですが、けして彼を受け入れてはいけません」


 いつもの冷静な表情で、穏やかに聞こえる声色で淡々と紡がれる言葉はどこまでも無感情で、ロナンが亜里沙に何を求めているのか分からない。


 やはり責められているように感じるが、亜里沙を心配しているのだろうか?

 だが単なる心配にしては棘があり過ぎる言い方だと思った。それはまるで──


「な、なんか、それ……嫉妬してるみたい」


 ロナンが目を見開く。


 一時の間の後、亜里沙が口にした言葉を後悔し始めた時、ロナンが表情を歪めた。微笑んでいるのに、どこか苦しげで、亜里沙を睨んでいるような。


「ああ……そうですね。私は嫉妬しているようです」


 亜里沙が焦って口を開くと、それより早くロナンが言った。


「アリサさん。私は貴女に、惹かれているので」


 それは告白のようで、だがその仄暗い表情に熱はなく、どこまでも冷えているかのようだった。

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