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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第四章

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死の予言

 気付いた時、亜里沙はあの白い空間にいた。


「何だ、入って来たのか」


 困ったような表情のニーズが目の前にいる。


「良かった、やり方合ってた!」


「あまり良くない事なんだぞ、喜ぶな」


「だって……ニーズには回復してもらいたいし」


 ニーズは小さくため息を吐いた。


「……ああ、そうだな。すまない」


 亜里沙は早速前回のように膝枕の体勢になり、ニーズを呼ぶ。

 やはり渋々といった様子のニーズだったが、亜里沙が子守唄を歌い始めるとすぐに穏やかな表情になった。


「……あ、そうだ、聞きたい事があったから、起きたら教えてくれる?」


「ああ、分かった」



 しばらくして、亜里沙も心地良い眠気に誘われて、そのまま寝てしまった。




 翌早朝、目が覚めるとソフィーもイザベラもすでに起きていた。

 テントを片付けるという事で素早く支度して外に出る。


 もう日課になってしまった体操をやりたいが皆が忙しく動いている中でやるのは気が引ける。

 するとソフィーがグラを指した。


「アリサ様、あの辺りでやりましょう」


 確かに大きなグラの後ろなら目立たないかも知れない。


 離れた位置に心細い表情で立つ翔を見つけて、手招きする。


 亜里沙は翔とソフィー、イザベラの四人でグラの後ろに移動した。



 亜里沙の最初の動きを見て察した翔が若干引いた。


「やるの……? ここで……?」


「うん……日課になっちゃって、落ち着かなくて」


「お、俺は見てるだけにするよ……」


 亜里沙と、随分上手くなったソフィーの動きをイザベラは興味深げに眺め、翔は居た堪れない様子で立っていた。



 先発隊が発って、亜里沙たちも出発を待つ間、翔が昨晩の事を切り出した。


「あのさ……ちょっと気になって」


「うん? あ、ニー、……彼も、起きてるよ」


「あ、そうなんだ。じゃあ、まとめて聞いていいかな」


『言ってみろ』


「まず、来訪者の中でこの世界に滞在した時間が一番長い人で、どのくらいの期間だったのか聞きたい。それから昨夜、俺は星の事はあんまり詳しくないんだけど、俺たちの世界で見える星座や星をいくつか見つけたんだ」


「え? 異世界なのに?」


「うん。そういう事もあるのかな、って思ったけど、やっぱりちょっと気になって」


 ニーズの小さな唸り声がする。

 少し迷うような気配があったが、ニーズは答えた。


『……一番長い滞在は最初にこの世界に来た来訪者で、三十年居た。お前たちとはまるで似ていない、オルマの民に似た来訪者だった』


「さっ……!?」


 亜里沙は何となく小声になって翔に伝えた。

 翔の顔が青ざめる。


『そこまで長かったのはその来訪者だけだ。あとはどんなに長くとも数年だった』


 話を聞いた翔の顔色はまだ優れない。


「多分すごく昔の人なんだよな……俺たちが知らない人だけど、そんなに長い時間拘束されて、元の世界に戻されても……その人、その後どうしたんだろう」


「うん……」


『その者はこの世界で生きていきたいと口にしていた。我もそうなるものだと思っていた。だが……それは許されなかったのだ』


 少しの沈黙の後、ニーズが口を開いた。


『星については、そうだな……我が生まれたのは女神が創世を終えた後だから、我もこの世界の成り立ちの全てを把握している訳ではないが……』


 ほんの少し、ニーズの声が憂いを帯びる。


『この空の一部は、もしかしたらお前たちの世界と繋がっているのかも知れない』


 あまり納得の行く答えではなかったので翔は悩んでいたようだが、結局ニーズはそれ以上は答えなかった。




 そのままニーズとの会話は終わり、準備が整った本隊も出発した。


 亜里沙の体はかなり回復していたが、回復を続ける傷跡が消えるまではグラに乗る事、とロナンに押し切られてしまった。


 ロナンはいつも通りに見えた。昨夜の思い詰めた表情についてどう聞いていいかも分からない亜里沙は、そのまま何事も無かったと思う事にした。



 午前中のうちに次の砦に着いた。

 エドワードが砦の様子を見る為に、亜里沙たちは休憩となった。


「雲行きが怪しいですね……」


 イザベラが空を見上げて言った。


「ほんとだ……降るのかな」


 進路の先の空に不穏な厚みと色の雲がかかっている。


「雨が降った時の野営ってどうなるの?」


「テントには皮が張られていますから心配は要りませんよ。ただこのまま進めば……もしかすると今日は道を少し逸れた洞窟で野営するかも知れません」


「洞窟があるの?」


「はい。珍しい物が見られるかも知れませんね」


 不思議そうな亜里沙に、イザベラは笑みを浮かべた。



 それから少ししてエドワードたちが戻って来て、何故か亜里沙と翔は後から出発するよう指示され、隊が動き出してしばらくして後に続いた。


「何かあったのかな」


 亜里沙は後ろで支えてくれているキーランに聞いてみた。


「今日はここから三時間くらい先に行った辺りにある洞窟で野営する事になるんだ」


 先程イザベラもそう言っていた。


「多分そこに誰かいると思うから」


「誰かって……」


 亜里沙は嫌な予感がした。ティラで出会った逃げて来た傭兵たちの姿が過ぎる。


「トランティアか、その周辺から逃げた人々だよ」


 それはつまり、また人との戦闘があるかも知れないという事だろう。

 亜里沙が何も言えずにいると、大丈夫だよ、と優しい声がした。


「誰も傷付いたりしない」


(誰も……)


 その“誰も”が言葉通りでない事は分かる。

 亜里沙は胸にのしかかる重みをどうする事もできなかった。




 三時間程グラに揺られていると、前方から騎士が引き返して来ているのが見えた。

 その後ろには数人の兵士と、ボロボロの格好をした民間人のような人々が見える。


 騎士はこちらに気付くと引き連れている列から離れてイザベラのもとにやって来た。


 囁くように短く話すと、騎士は戻って行く。


 イザベラは亜里沙を見上げた。


「アリサ様、もう少し深くフードをかぶってください」


 そう言って、翔を振り向くと翔にもジェスチャーで同じ事を伝えた。

 翔は若干戸惑いながら目深にフードをかぶる。

 亜里沙もかぶっていたフードを引っ張った。後ろでキーランもフードをかぶったのが分かった。



 騎士が引き連れている民間人は十人にも満たない集団だった。

 老人はいないようだが、年齢も性別もバラバラで、ふたり程見える子供は小さく泣き続け、大人は皆表情が暗い。

 ただ、若い男女が怒ったような表情を浮かべて何やら声を上げている。


 近付いて来た時、亜里沙の耳にそれが入ってしまった。


「……だから俺たちは何も悪くないのに……!」


「そうよ! あんたたちは軍人のくせに、何であたしたちを守ってくれなかったのよ! 来訪者のせいで、あたしの母さんは……!」


「おい! 静かにしないか!」


「聖王様が来訪者のせいでお倒れになったと聞いたぞ! あんたらは来訪者をどうにかするべきだろ! 俺たちを引きずって行くより先に! そいつはきっと来訪者の皮をかぶったイドルの仲間だ!」


「おかしな事を言うんじゃない!」


「アリサ、聞かないで」


 亜里沙がハッとした時には、グラのスピードが上がって、あっという間に列とすれ違い、引き離される。


「キーラン様!」


 イザベラの慌てた声がする。


「キーラン、待って! あの人たち……」


 キーランはグラのスピードを落としたが、引き返す事はしなかった。すぐにイザベラが追い付いて来たのが分かる。


「あの連中の事をアリサが気にかける必要はないよ」


「連中って……だって、来訪者のせいでって」


 亜里沙が懸命に振り返ろうとするが、キーランの腕に力がこもって、亜里沙の体の自由を奪う。


 亜里沙はあの人々の姿を見られないまま、キーランに尋ねた。


「キーラン、何か知ってるの? どうしてあの人たちはあんな事を言ってたの?」


 何とか頭を捻ってキーランを見ようとすると、困ったような声が答えた。


「……聖王は二ヶ月くらい前にお告げをした後、突然城に引きこもった。聖国以外にいる司祭たちも理由が分からないでいたんだけど、その理由をティラにいた傭兵が言っていたらしいんだ」


 少し迷うように間を置いて、キーランは続けた。


「来訪者が聖王に死をもたらすから、聖王がそれを予言して倒れたって」


「え……?」


『奴が来訪者のせいで死ぬ? そんなはずはない』


 これまで静かだったニーズが頭の中で呟いた。


『我が祈りを聞き願望を叶えてしまったせいで、死ねなくなったはずだ』


「アリサ様、気にする事はありませんよ。王都の大司祭様でさえご存知ない事なのです。きっと何か誤解があったのでしょう」


 イザベラが亜里沙を励ますように言った。

 それでも亜里沙は、来るはずだった茉利咲を自分が死なせてしまったからではないか、代わりに来た自分が本物ではないからではないか、そんな自責の念を振り払う事が出来ない。




 亜里沙が理解も納得も出来ないまま、今日の野営地となる洞窟の近くに来ると、兵士たちが、武装した数人のピクリとも動かない人々をどこかへ運んでいく姿が見えた。


 亜里沙がついそちらの方へ身を乗り出すと、キーランの片手が亜里沙の両目を塞ぐ。


「……あの人たちは……」


 抵抗する気力もなく呟くと、キーランが低い声で答える。


「死体がイドルにならないように焼くんだろう」


 気にする必要はない、とキーランは優しく言った。



 それでも亜里沙は、見てしまったものをしばらく忘れる事は出来なかった。

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