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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第四章

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星空の下のふたり

 夕食の時間になり、亜里沙は皆と揃って外に出た。

 兵士たちは石に座ったり乾いた地面に座ったり、思い思いの場所で食べるようだ。


 エドワードもテントの外で食べるようで、亜里沙たちは自然と彼の周囲で食べる事になった。


 亜里沙と翔の分の器をソフィーが用意して、受け取ったのはシチューだった。



 エドワードは相変わらず食事中は喋らなかったが、亜里沙は皆と他愛ない話をしてシチューを味わった。

 外で食べて分かったのが、こちらを見て顔に笑みを浮かべたり気にかける様子を見せる兵士が意外といるという事だった。


「ランドストル卿は凄いですね」


 ソフィーがこっそり亜里沙に囁いた。

 亜里沙が振り向くと、ソフィーは、側に立って周りを見ながらシチューを頬張るイザベラをちらと見上げる。


「私も騎士になりたかった時期があったんです。我が儘を言って父も兄たちも困らせて。でもランドストル卿に一度手合わせをしてもらって、そこで目が覚めたんですよ」


「ソフィーが? そうだったんだ……」


 亜里沙が何と言っていいか迷うと、いいんですよ、とソフィーは小さく笑った。


「私には歩めない道でした。騎士にはなれませんでしたけど、でも今、私はアリサ様とカケル様のお側に居られてとても充実しています」


 亜里沙が照れて口ごもると、ソフィーは亜里沙の耳に寄って更に声を小さくした。


「ランドストル卿がブラハド卿を懲らしめてくれてから、私に言い寄って来ていた方が近寄らなくなったんですよ」


 叔父様でも盾になれなかったのに、とおかしそうに笑う。


「ソフィー……! 何で話してくれなかったの!」


「乱暴にされた訳ではなかったので……でも、少し困っていた所でした。ランドストル卿がアリサ様に騎士の誓いを捧げられましたから、私も一緒に守られているようなものですね」


 にっこりするソフィーを見て、亜里沙は無性に泣きたくなった。




 辺りが暗くなって来て、冷え込んで来たのでテントに逃げ帰ろうとしていると、キーランが亜里沙を呼び止めた。


「ど、どうしたの?」


 自分の心臓に落ち着けと言い聞かせながら振り向く。


「星を見に行かない?」


「星?」


 亜里沙は反射的に空を見た。美しい星空だ。

 松明や煙が少し邪魔をして来るが、それでも充分だ。


「この近くの高台に登って見よう」


 亜里沙はソフィーとイザベラを振り向いた。


「私もお供して良ければ」


 ソフィーが大きく頷いて同意する。

 キーランはもちろん、と頷いた。


「カケルも呼んでおいで。みんなで行こう」


 それは楽しそうだ。亜里沙は寒いのも忘れて、イザベラと共にエドワードのテントを訪ねた。




 エドワードからは特に咎められる事もなく、翔とロナンが合流して、亜里沙たちは近くに見えていた崖のような高台に登った。


 何度か足が滑りそうになりながらごつごつした岩場を上へと登る。

 下から見て感じていた高さより実際の高さはもっと上だった。最後には軽く息切れを起こしていたが、広い足場に出て広がる景色を目にした時、亜里沙は来て良かったと思った。


「わあ……! すっごく綺麗!」


 何よりその星空だ。無数の星が驚くほど輝いて、何だか空も近く感じる。吐息が白くて、それさえ情緒を感じるものだった。

 遮る物がない星空というものをしっかり眺めたのが、元の世界でもここに来てからでも初めてなのだと亜里沙は気が付いた。

 この世界に来てから暗くなるとほぼ寝ていたし、あまり上も見なかったのだ。


「確かに、美しいですね」


 ロナンが同意する。


「最近はこうして星空を眺める事もありませんでした」


「私もです」


 イザベラの声も弾んでいる。


「そう言えば子供の頃よく夜に抜け出して星を見に行ったな」


「ああ、そうだった。ロナンはそのせいでいつも風邪を引いて」


「違う、あれはイザベラが川に入って月を捕まえようとするのに付き合っていたからだ」


「私がいつそんな事をした」


 ロナンとイザベラが珍しく過去の話をしている。


「見て、アリサ様、カケル様! 星座もよく見えますよ!」


 ソフィーもはしゃいでいて、珍しく亜里沙を置いて先に足場の縁まで行く。

 翔もそれに続き、ふたりは縁に腰掛けて空を眺め始めた。

 亜里沙も行こうとして、キーランが亜里沙の腕を引く。


「ん?」


 月と星の明かりで見えるキーランのその綺麗な顔に、かすかに緊張が浮かんでいる。


「……元気出た?」


「え? 私を元気付けようとしてくれたの?」


 キーランが頷く。

 亜里沙は湧き上がって来た嬉しさで、顔が綻んだ。


「ありがとう。元気出たよ」


 キーランも嬉しそうに微笑む。


 亜里沙は、懸命に星座の名前を伝えようとしているソフィーと、それを懸命に聞く翔を見て、何となく邪魔したくなくて、少し離れた位置に腰掛けた。

 そしてキーランを隣に呼ぶ。


 寒さが強くなり、風が吹きつけて思わず身震いする。

 キーランは自分のマントを外して亜里沙に巻き付けた。


「キーランが寒いでしょ」


「僕は大丈夫。アリサより強いから」


「またそうやってバカにして……」


「ごめん」


 キーランはふっと笑って亜里沙を見つめた。

 その瞳にあの時と同じ熱が見える。亜里沙は緊張して、前を向いた。

 崖の多い景色で、暗闇の中でじっと見ると、自然の壮大さの中に少しの不気味さを感じる。


「キーランは、私を好きだって勘違いしてるんじゃない?」


 無意識に言ってしまって、我に返る。


「……どうして?」


 恐る恐る隣を見るとキーランの曇った表情があった。


「その……アストラムって、人を好きになりやすい性質があるって、聞いたんだ」


「誰に?」


 予想していなかった低い声に思いがけず肩が震える。


「えっ……誰だったっけ、忘れた」


 笑って誤魔化す。しかしキーランは無言で亜里沙を見つめた。

 少しの間の後、キーランは小さくため息を吐いた。


「どうしてそんな話を信じたのか知らないけど、それは違うよ」


 キーランは、アリサ、と名を呼んで亜里沙の手を取って握りしめた。

 指を絡ませるように繋がれて、亜里沙の心臓が強く打つ。


「僕は他の誰にもこんな気持ちを持った事はない。他の誰にも、こうして触れた事もないし、触れたいと思ったのもアリサが初めてだ」


 亜里沙は頭が真っ白になって言葉もなく、キーランを見つめた。

 キーランは微笑むと、星空を見上げる。


「アリサを待つって言ったから、ちゃんと待つよ。だから安心して」


「じゃ、じゃあ……手、離して……」


「これも駄目?」


 キーランが亜里沙を振り向いて悲しそうに言った。亜里沙はつい流されそうになって、慌てて顔をしかめる。

 キーランは分かった、と手を離してくれた。


 一瞬傷付けたかと思ったが、黙って星空を見上げるキーランの横顔は穏やかだ。


 亜里沙もならって星を眺める。



「……そして、あれがスピカですよ、カケル様」


 スピカ、とソフィーがゆっくり発音する。

 翔が復唱していて、亜里沙はそちらに顔を向けた。ふとその後方を見ると、イザベラは星を眺めて笑みを浮かべている。

 そしてロナンを見た時、いつからこちらを見ていたのか、亜里沙はロナンと目が合った。


 ロナンはいつもの冷静な顔に見えたが、どこか思い詰めたような表情で亜里沙を見つめていて、亜里沙は目を丸くした。

 しかしその様子も一瞬で、ロナンは亜里沙に微笑むと目線を空に移した。




 少しして冷え込みがひどくなって来たので亜里沙たちは野営地に戻った。

 先にロナンと別れ、亜里沙は先程の様子が気になったが、おやすみとしか言えなかった。


 エドワードのテントの前で、翔が亜里沙を振り向いた。


「亜里沙ちゃん、明日でいいから話せる?」


「うん、話せるよ」


 快諾すると、翔の顔に少しだけ安堵が見えた。




 亜里沙のテントに入って、ソフィーが素早く寝る準備を整えてくれる。

 亜里沙がベッドに入ったのを確認して挨拶すると、イザベラは椅子を適当な所に置いた。そしてマントを地面に引いて仰向けになり、椅子の座面に上げた両脚を置いて目を閉じる。

 椅子を使うと言っていたのはそういう使い方か、と斬新な寝方に亜里沙は驚いた。




 そして亜里沙は、上手くいくか分からなかったがあれ以来起きた気配のないニーズに意識を集中した。

 すぐに抗えない程の睡魔が襲って来て、亜里沙の意識は途切れた。

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