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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第三章

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穢れを運んだもの

 ようやく落ち着いた亜里沙が退室しようと立ち上がりかけると、待って、と声をかけられる。

 亜里沙はぎこちなく再びベッドに腰を落とした。


「まだ行かないで」


 縋るような表情で見つめられて、心臓が限界を感じた亜里沙はそっぽを向いた。


「も、もう休んでよ」


「うん。でも僕が眠るまで居て欲しい」


 亜里沙はキーランを振り向いた。


「まさか、まだ声が聞こえてる?」


 キーランはややあって、小さく頷く。


「そう言えば……」


 亜里沙はこの砦に初めて来た時の光景を思い出した。その時見たものを思い出して気持ち悪さを覚えるが、拳を握って堪える。


「砦にいた兵士さんたちの……死体と、砦を占拠してた傭兵はみんな侵食を受けてたよね……」


 ニーズが穢れを感じると言っていたので、原因はそこにあるのではないだろうか。


「もしかしたらまだ、どこかに穢れが残ってるのかな」


「ああ……エドワードがそれらしい事をロナンと話してた」


「そうなの?」


「うん。行ってみる?」


「え?」


「砦内で侵食が蔓延した原因になった場所」


「えっ……でも、キーラン、体は?」


「もう大丈夫」


 キーランのもう大丈夫は軽々しく吐かれるので亜里沙は納得出来なかったが、キーランは立ち上がって亜里沙を待っているようだ。


 観念してキーランについて部屋を出る。



 亜里沙はドアの近くに立っていたイザベラに事情を話した。

 イザベラもその件を知っているようで、キーランの様子を確認したイザベラは彼女と一緒に行くという条件で譲ってくれた。




 イザベラとキーランに挟まれるように移動する。足を取られそうな暗がりの中梯子を降りた先は例の貯水槽だった。

 ここに初めて足を踏み入れた時の事を思い出した亜里沙は冷えた空気を感じた以上に身震いした。


「現状では水を汲み出す訳にもいかず、熱するにしても時間がかかる上、この閉鎖的な空間では瘴気が発生して害が及ぶかも知れないので、ひとまず封鎖か、もしくは……」


 貯水槽の中に蝋燭を差し出し覗いていたイザベラが、こちらを見て躊躇したように口を閉じた。

 キーランが分かった、と頷く。


「アリサ、一緒にやろう」


「まさか……この、水なの?」


「原因は、貯水槽の壁のようなのです。それでここに溜まった水が穢された。井戸が枯れていたのでここの水を使ったのでしょう。そうして兵士と傭兵が侵食を受けたようです」


 一瞬、あの時見た幼いふたりが脳裏に浮かぶ。見える範囲では侵食はなかったが、あのふたりは無事だったのだろうか。


 亜里沙は首を横に振って、イザベラを振り向いた。


「そういう、水が穢される事って今までもあったの?」


「……いいえ。現存する記録上では一度も」


 そう答えるイザベラの声にいつもの覇気はない。


『水が穢れの媒介になるのはそう不可解な事ではない。その正反対の性質を持つ聖水だってあるのだからな。大昔に一度これと同じ事は起こったが……そこまでの強い穢れはそれ以来発生していなかったのだ』


 ニーズの言葉が胸にのしかかる。


 キーランが亜里沙の名前をもう一度呼んで、手を差し出した。

 亜里沙はキーランの手を取る。

 キーランに導かれて貯水槽の縁の近くに進み出る。


「これはこれは、また面白いものが見られそうですねえ」


 亜里沙は驚き過ぎてバランスを崩したが、すぐにキーランの腕に支えられて事なきを得た。


「……ヒューゴ。お前、よくもアリサ様の前に顔を出せたものだな」


「ちょっとイザベラ……勘弁してくださいよ」


 いきなり現れたヒューゴは落とし戸の上から蝋燭をかざしてこちらを覗き込んでいた。


 亜里沙からは顔が見えないが、しかしその問題はすぐに解決した。ヒューゴが梯子に足をかけて飛び降りて来たのだ。


 緊張で身を強張らせる亜里沙を隠すようにキーランが亜里沙の腕を引いた。

 ヒューゴはキーランの行動には構わずため息を吐く。


「確かに私は軍規に反しましたけど何一つ間違った事は言っていませんし、殿下にも別に顔を見せるなとは言われていませんから」


 ああでも、と呟く。


「近付くなとは言われたかな」


「ではまた処罰を望んでいるんだな」


 イザベラがすごい迫力で腰の剣に手をかけると、ヒューゴは蝋燭を持たない手をパッと上にあげた。


「気が短いですねえ、何もしませんよ」


 そしてヒューゴはキーランに庇われる亜里沙に目を向けた。キーランの後ろから覗いていたので一瞬目が合うも、すぐに移動したキーランによってヒューゴの姿が見えなくなる。


 ヒューゴは気にした様子もない間延びした声で亜里沙に話しかけてきた。


「アリサさん。どうしてこんなに早くに殿下に打ち明けてしまったんですか? もう少し御しやすい方かと思っていたのに」


「ヒューゴ貴様!」


「ああ……もう、うるさいなあ……落ち着いて話も出来ないじゃないか」


「……どういう事?」


 少しの間があった。やはり、見えなくても馬鹿にして口角を上げている顔が想像出来る。


「まさかあの状況で本当に取引なんか出来る訳ないでしょう。でも……ほんの少し期待はあったんですよ。あのまま私の言う事を鵜呑みにしてくれないかとね」


 亜里沙は腹が立ったが、あの時の事は自分の行動が原因だった。結局何も言えずに唇を引き結ぶ。


「アリサさん……私があなたに何を望んでいたか知りたくありませんか?」


「え……?」


「アリサ、聞くな」


 キーランの低い声に阻まれて我に返ったが、亜里沙は一瞬、何をして欲しかったのか問いただす所だった。


 イザベラに立ち去るよう凄まれるとヒューゴは不服そうに「はいはい」と言った。


「またお話しましょう、アリサさん」


「ヒューゴ!!」


 イザベラが怒鳴ると、ヒューゴはイザベラの声量に文句を呟く。梯子を登る音がして、そして足音は遠ざかった。


 キーランが亜里沙を振り向く。


「あの男には気を付けて。何を言われてもまともに聞いちゃいけない」


「うん……分かった」


 釈然としない部分が残ったが、亜里沙は気持ちを押し込めて頷く。




 そして、亜里沙はキーランと共に貯水槽の壁の穢れを浄化した。

 と言ってもほとんどキーランがやったようなものだったが。

 それでもニーズが協力してくれて、死体を浄化した時よりも上手く出来たような気がする。

 亜里沙のは相変わらず弱い光でも、この暗闇の中で見ると希望の光に見えるようだった。



『穢れが消えたようだ。しばらくは大丈夫だろう』


「消えたみたい……見えないけど」


「うん、僕も感じるよ」


 厳密には亜里沙自身は何も感じなかったが、キーランに同意を示した。


 イザベラが「お見事です」と感嘆する。


「事後報告になりますから殿下には叱られそうですけどね」


「もしかして、軍規違反とかになったりする?」


「まあ、死にはしません」


 イザベラは明るい声で答えた。時々どこまでが冗談なのか分からなくなる。



 貯水槽から建物に戻り、二階へと上がる。


 亜里沙はそこでキーランと別れようとしたが、キーランが亜里沙を引き止めた。


「どうしたの? まだ……」


 ちらっとイザベラを見て、亜里沙は言葉を選んだ。


「具合、悪い?」


 キーランが頷く。イザベラを振り向くと、イザベラは少し困った様子だったが、結局キーランの意向に従うようだった。


 亜里沙はキーランを部屋に送り届けて、そのまま中に入った。エドワードはまだ帰って来ていないようだ。

 亜里沙もそろそろ眠かったのでキーランをベッドに追い立てる。


 ベッドに横になったキーランの頬を挟むように両耳に手を添える。

 実はもう声は聞こえないのだろうと思ったが、キーランの真意を聞くのは怖かったので亜里沙は気付いていないふりをした。


「ありがとう、アリサ」


 そう言って、キーランは目を細めて亜里沙の手に擦り寄った。

 あっという間に顔に熱が集まるが、キーランはそのまま目を閉じて、すぐに穏やかな寝息が聞こえてくる。


 亜里沙は念の為、しばらく手を添えたままにしておいた。



 亜里沙がそろそろ部屋を出ようとした頃、エドワードが部屋に戻って来た。


「あっ……すみません」


 顔を見ると反射的に謝る亜里沙に、エドワードは若干呆れたような表情を見せる。


「イザベラに貯水槽を浄化したと聞いた。体の調子はどうだ?」


「大丈夫です」


「……ならいい」


 てっきり叱られるものだと思っていた亜里沙はついエドワードを見つめる。エドワードはすっと目線を外した。


「明日はここを発つから早めに寝ておけ」


 おやすみ、と言いながら自分は机に向かって羊皮紙を広げるエドワードを見て、亜里沙はつくづく15歳にはとても見えないと思った。


 退室してイザベラに声をかける。


 自分が15歳の頃は、と思い浮かべて、嫌な記憶がよみがえる。

 亜里沙はじわりと広がる苦い感情を、頭を振って追いやった。


『何を思い出したのだ? あまり強くその事を意識すると我にも見えてしまうから、気を付けろよ』


 ニーズが起きていられるようになったのは良かったが、これはこれで別の問題が生じるのだと亜里沙は今更ながらに痛感するのだった。

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