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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第三章

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女騎士の誓い

 ニーズが言っていた疲労感が増してきたのを、亜里沙は感じていた。ロナンに体調を確認されたので、恐らく顔色が良くないのだろう。

 だが自分のせいでこんな事になったのに、この場を離れる訳にはいかない。


『アリサ、あまり無理はするな』


 ロナンに同じ事を言われて大丈夫だと返したら、今度はニーズがそう言ってきた。


(でも、私がここにいないとダメだよ)


 せめて、見届けないといけない。

 ニーズはそのまま黙り込んだ。




 エドワードについて、外に出る。

 そこはイドルとの戦闘が行われた場所だ。

 翔とソフィーに付き添われるように歩いて、建物の壁際に立つ。

 少しすると騎士と兵士が周囲に集まって来た。

 イザベラとヒューゴが剣も鎧も外したシャツとズボン姿で出て来る。


 イザベラは亜里沙の前に来ると、まるで王にするように片膝を立てて跪いた。


 亜里沙は驚いて条件反射で周囲を見た。

 またしても注目を集めていて、ヒューゴは馬鹿にしたような目付きで見ているし、主に兵士たちが小声ながら騒いでいる気がする。


「私がおふたりの側を離れたばかりにおふたりを危険に晒し、その上アリサ様の名誉が傷付けられてしまい、不甲斐ない思いです」


「い、いや、あれは私が」


 イザベラは顔を上げ、自分の右手を差し出した。

 亜里沙は恐る恐る左手をその手に乗せる。

 イザベラは亜里沙の左手を軽く握るとそのまま頭を垂れた。


「アリサ様の剣となり、盾となります。身命を賭してお守りします。あなたの命と名誉を脅かすものを退け、降りかかる全ての困難を排しましょう」


 亜里沙は口を開いたまま何も言えずにいたが、イザベラは言葉が終わると亜里沙の手を放し、立ち上がった。


「もっと早くこうすべきでした。必ず勝ちますので心配しないでください」


 イザベラは唖然とする亜里沙ににっこりするとヒューゴの前に進み出た。三歩程距離を空けて向かい合う。



「今は遠征中だ。相手が負けを認めたら攻撃を止める事。それから、殺すな」


 そう言ったエドワードの開始の合図で、イザベラとヒューゴが同時に構える。


 一瞬睨み合ったかと思うと、お互いタックルするように組み合い、少しの間その姿勢のまま押し合いになった。身長だけならヒューゴが若干高いが、体格でいうとイザベラが若干上で、亜里沙にはどちらが有利なのか分からずハラハラした。

 ふたりの組み合いは、互いの右腕がそれぞれ脇の下を通って背中を掴んでいて、左手がお互いの右手を押さえている。


 このまま動けないかと思ったが先にヒューゴが動いた。お互い何か耳元で話していると思ったら、イザベラが一瞬隙を見せ、その好機をヒューゴは逃さなかった。姿勢を低くしてイザベラの胴体を両腕で掴み直してホールドした。

 しかし同時にイザベラもヒューゴの左脚を外側から右脚で引っ掛けた。

 左脚を横に払われたヒューゴは咄嗟に体を捻って右足と右腕を地面につき、同時にイザベラの背中を掴んだままだった左腕でイザベラを巻き込むように投げ飛ばす。

 しかしヒューゴの腕の力が足りなかったのか途中で左腕のホールドが解け、イザベラはそのまま地面に両手をついて、瞬時に体を捻って着地する。


 ヒューゴもすぐに体勢を整えたが、呼吸が乱れないイザベラに対して既に息が上がっている。


「不利すぎませんかねえ、これ」


「お前が招いた事だろうが」


 イザベラは泣き言を言うヒューゴを冷たくあしらう。


 再び取っ組み合って押し合いが始まる。だが、今度はヒューゴが怪しい動きをした。掴み合っていた右腕を一瞬外して自分の腰にやったと思ったら、イザベラが押してくる前にイザベラの左の太腿目掛けて右腕を振った。


「あ……っ!」


 ナイフのようでそれとも違う、細長い、アイスピックにも似た武器が右手の下から見えた。


 危機を察知したイザベラは左脚を後ろに逃がし、同時に腕の力が弱まった。その隙を逃さずヒューゴがイザベラの右脚を両腕で掴んでイザベラをひっくり返す。咄嗟に腕をついて庇ったので頭を打たずに済んだが、ヒューゴはイザベラの右足を掴んで、力の限り前に押し始めた。


 亜里沙は慌ててまずエドワードを見たが、エドワードは両腕を組んで黙したまま成り行きを見守っている。


 ロナンを振り向くと、ロナンは亜里沙を見て大丈夫ですと言った。

 翔とソフィーは亜里沙と同じで、ヒューゴの卑怯さに息を呑んでいる。


「早く降参しないと関節が死にますよ」


 右足を頭部の方に押し込まれてイザベラが唸り声を上げる。かなりの力で押されているのか、押し返そうとする右脚は徐々に体の方に傾いていき、自由な腕と脚を使ってもなかなか抜け出せない。


「イザベラ!!」


 イザベラの顔が歪むのを見た亜里沙が思わず悲鳴を上げると、イザベラが渾身の力でヒューゴの股の下に自身の左脚を通して、ヒューゴの右脚を裏から引っ掛け巻き込んだ。

 浮いたヒューゴの右脚を両腕で掴み、ヒューゴの手が外れ自由になった右脚でもう一本の脚を蹴り飛ばし、そのまま引き倒す。

 ヒューゴは体を捻って両手を地面につき、巻き込まれていない脚を後ろに蹴り上げてイザベラの頭部を狙う。間一髪腕で応じたが、どちらも体勢を崩して、お互い素早く距離を取った。


 イザベラの肩が僅かに上下するのに対し、ヒューゴは息切れを起こし始めている。


「……ああ……もう……降参、降参です」


 大きく息を吐いて、ヒューゴは構えを解いた。


「いやあ、ランドストル卿はやはりお強いですね」


 近付いて来たヒューゴを睨みながら構えを解いたイザベラ。


 それは一瞬の事だった。


 ヒューゴの右腕が瞬時に振り下ろされる。その手には先程の凶器がある。

 しかしイザベラは左腕をぶつけて防ぎ、そのままヒューゴの右腕を掴んで外側に捻った。

 ヒューゴが呻き声を上げるのと、イザベラの右の拳がヒューゴの顔面にめり込むのは同時だった。


 後ろによろけて転倒し、ヒューゴは尻餅を付いた。


 イザベラはふーっと息を吐くと、声を張り上げた。


「私には来訪者様の事について、これまでと違う原因だとか、そういう難しい事は分からない。だが私にとって殿下の命は絶対で、その殿下が守れと仰るならアリサ様とカケル様は命をかけて守り抜く!」


 亜里沙の胸にずんと重いものがのしかかる。

 イザベラは、それに、と続けた。


「短い間だがアリサ様とカケル様のお側にいて、おふたりをお守りする事は私にとって、ただ殿下から拝命した任というだけではなくなった。今は、心からおふたりをお守りしたいと思っている。だから!」


 亜里沙にのしかかったものが一瞬で軽くなった。

 イザベラは周囲を一瞥して、吠えた。


「ヒューゴ以外にも不満がある者は申し出ろ! この場で私が相手になる!」


 しかし、誰も名乗り出ない。もう、ざわめきは消えていた。


「お前は、今度こそ降参でいいな?」


 イザベラはヒューゴを見下ろした。

 ヒューゴはしばらくイザベラを睨み上げていたが、観念した様子で頷く。


「……そこまで。ランドストルの勝ちだ。そしてブラハド」


 エドワードがふたりに歩み寄った。


「お前は僕の命に逆らった。分かっているな?」


 ヒューゴは大袈裟にため息をつき、渋々「はい」と返事をしていた。



 亜里沙の硬直はなかなか解けなかったが、イザベラが近くに来てようやく、肩から力が抜けていく。


「勝ちました、アリサ様」


「う、うん……ありがとう」


 いいえ、と言ってイザベラは微笑んだ。


「褒美として、笑ってください、アリサ様。アリサ様とカケル様、おふたりが笑ってくだされば何より嬉しいです」


 イザベラの優しい言葉に、亜里沙の目頭が熱くなった。

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