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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第三章

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決闘

 それにしても、と翔が切り出した。


「キーランの事は驚いたな……人間に攻撃出来ないなんて……そんなの、普通怖くて傭兵になんかなれないよ」


「確かにね……自分に無頓着な所があると思ったけど、どうして傭兵なんかやってるんだろ」


 ふと、温室でヒーローとヒロインなどとキーランが言い出した事を思い出して、羞恥で顔に熱が集まる。


「……亜里沙ちゃん? 顔が赤いけど、もしかしてまた熱が上がった?」


 慌てて額に触れようとする翔を押しとどめる。


「熱はないの! ちょっと恥ずかしい事を思い出して!」


 すると翔は何も言わず引き下がってくれた。



 少ししてソフィーが部屋の外から声をかけて来て、亜里沙はソフィーを招き入れた。

 夕食前にグラの様子を見に行けると聞いて、まだキーランのお見舞いに行けない事はもどかしく思いながらも、亜里沙は嬉しくなった。


「グラって、あのすごく大きい馬だよね? ものすごく食べて飲みそうなのに、無理がきくって、凄いな」


 翔の疑問を、亜里沙の顔に丁寧に包帯を巻いているソフィーに聞いてみる。


「グラは確かにとてもよく食べるそうですが、こんな話がありますよ。ある時、三日近く飲食出来ない状況でそれでも騎士を乗せて駆け、乗っていた騎士が倒れて命も危なかったのに、グラは平然としていたそうです。その後普段より多く飼料と水を欲しがったそうですが」


 亜里沙の強張った表情を見て、その騎士は叔父様です、とソフィー。

 その話を聞いた翔は改めて、凄いね、と唖然としていた。



 それからすぐにロナンがやって来て、亜里沙たちはグラに会いに部屋を出た。

 包帯で傷跡は隠れたが、どうしても鼻にかかるため少し息が苦しい。


 階下へ降りようとした時、何やら騒がしい事に気付く。


 階段を降りると、そこにエドワードが立っていて、こちらを振り向いた。


 静かにするよう言われ、騒ぎの中心に目をやる。



「私は当然の事を言ったまでなんですがねえ」


 この嫌味な言い方はヒューゴだ。こちらに背を向けていて、正面にはイザベラが怒った顔でヒューゴを睨んでいる。


「だってそうでしょう、まだ王都の目と鼻の先、帰ろうと思えば今日中に帰れる距離に足止めされている。我々だけならば今頃はとっくにシーラ砦を越えていますよ」


 ヒューゴはイザベラを挑発するように悠々と歩きながら、亜里沙をちらと見やったようだった。


「あの方たちは何ですか? 本当に来訪者? キョウコさんとは随分違うようですが。キョウコさんの旅にお供した時はこんな事は一度もありませんでしたよ」


 亜里沙は驚いて思わず隣のロナンを見上げた。

 ロナンは冷たい表情でヒューゴを見ている。


「確かに旅慣れてはいなかったが、イドルに対する度、何か問題に直面する度、倒れたり足を止めたりするような方ではなかった」


 亜里沙は周りを囲む騎士や兵士の反応が怖かった。騎士の格好をしている人は騒ぎはしていなかったが、一部の兵士が動揺しているのが分かる。


「そうそう、丁度いらっしゃったようだし、これも改めてお伝えしておきませんとねえ」


 そして、ヒューゴははっきりと亜里沙を見た。注目を集めた亜里沙は緊張でその場に凍り付く。


「アリサさんは、我々がイドルと戦っていた時、何をしていたんです?」


「え……」


 亜里沙は質問の意味が分からず何も言えなかった。


「どうして傭兵について行ったりしたんです?」


 亜里沙の心臓が強く鳴った。あちこちから兵士の囁き声が上がる。

 自分のした勝手な行動が原因で、翔を危険に晒し、キーランを死なせる所だった。


「そ、それ、は……」


 茉利咲が、と言いかけて強く唇を噛む。

 再び湧き上がる自己嫌悪に襲われる亜里沙に追い討ちをかけるように、ヒューゴは鼻を鳴らした。


「あの戦いで死んだ兵士が何人いるか分かりますか?」


 亜里沙はヒューゴを見た。そんな話は、亜里沙は知らない。


「巣が出来て更に騎士と兵士が駆り出されました。

そして、兵士が十七人、死にました。重症で王都に送り返されたのは八人、軽傷で侵食は止まったがその代わり貴重な聖水を食い潰したのが五人」


「亜里沙ちゃん?」


 翔が亜里沙とヒューゴの顔を見比べて心配そうに亜里沙の名を呼ぶ。


「あなたが勝手な行動をしたせいで、我々は兵力を割いてまであなたを捜す羽目になった。私はすぐに動いたので知りませんでしたが、キーラン様は巣を潰した後、既に巣から出ていた五体のイドルを放置してあなたを捜しに行ってしまわれたそうですよ……そこの伯爵が騒いでくれたお陰で」


 ロナンが顔をしかめる。


「アリサを捜す為に兵力を割いたのは僕の判断だ」


 ここまで黙っていたエドワードが静かにそう言った。


「殿下、あなたのお立場ならそれは仕方ないでしょう。ですがキーラン様まで離れる事はお望みじゃなかったはずですよ」


 挙げ句に、とヒューゴは大仰にため息を吐いてみせた。


「そのキーラン様もああして倒れてしまわれたじゃないですか。ああ、キーラン様の名誉の為に申し上げておきましょう。五体のイドルを放置されましたが、アリサさんを捜しに行かれる際に進路上にいた三体は葬っていかれたとか」


 露払いも出来ない我々の代わりに、とヒューゴが皮肉る。


「ヒューゴ……お前は、来訪者様やキーラン様がいらっしゃらないと我々がまともに戦えもしないと、今そう言っているのか?」


 ヒューゴは瞳に怒りを燃やすイザベラを見て鼻で笑った。


「ああ……そう聞こえましたか? 確かに我々は今まで圧倒的な脅威を前に来訪者やキーラン様のような方に頼らざるを得ない状況でしたよねえ。実際にそうやって乗り越えて来てしまった歴史がある」


 イザベラが眉間に皺を寄せる。


「でも、そうじゃないでしょう、イザベラ。

我々にも我々なりの戦い方があったはずだ。確かに庇護を受けてきた歴史のせいで大した進歩はないかも知れないが、その代わり心得ている術はあるんですよ。今、私はそれを邪魔された話をしている」


 そして、ヒューゴは横目で亜里沙を見る。


「アリサさんが勝手な行動をしなければ兵力が割かれる事もなかったし、そもそも我々に同行などされなければ、我々はもっと早くにここにたどり着けたかも知れない。到着が早ければ犠牲は少なく済んだはずだ」


 亜里沙は一瞬王が命令したと言い訳しようとして、出来なかった。エドワードが提案した別の道を断ったのは亜里沙だ。


「何も出来ないどころか足を引っ張る? こんなのが来訪者で、それを守る為に我々の命が使われるなんて馬鹿げてますよ」


「アリサが同行する事になったのは最終的には僕の判断だった。王都を発ってからここに至る全ては僕の判断が原因で起こった事だ」


 エドワードがそう言うと、ヒューゴはため息を吐いた。


「殿下……全てはあなたの判断だから、我々にそれを黙って飲み込めと仰るので?」


 辺りがしんとなった。

 動揺を隠さず囁き合っていた兵士たちも皆、エドワードに注目している。エドワードは間を置いて、口を開いた。


「……いいや。飲み込まなくていい」


「であれば、殿下」


 何か言いかけたヒューゴに、「だが」とエドワードが語気を強めた。


「今後も僕は僕の判断でお前たちの命を使うし、そしてそれに逆らう者、軍規に反する者はひとりの例外もなく処罰する」


 すると、ヒューゴはくっくっと喉を鳴らした。


「おやおや、これは……参りましたねえ」


 ははは、と声を上げてヒューゴが笑う。それは嘲笑のようだった。


「殿下、あなたは本当に」


 ヒューゴの言葉が終わらないうちに、ドンッと凄い音がして、再び辺りがしんとなった。


 見ると、イザベラが腰から鞘ごと剣を外してその剣で床を打ちつけていた。

 イザベラはヒューゴを睨み据えたまま吠えた。


「もういい、ヒューゴ・ブラハド! 殿下やアリサ様への不敬の数々、これ以上は許し難い! 殿下の忠実な臣下でありアリサ様とカケル様をお守りする騎士としてお前に決闘を申し込む!」


 そしてイザベラはエドワードを見た。


「殿下、許可をください」


「……いいだろう。ただし、武器を使うな」


「剣を剣帯から引きちぎるような奴を相手に素手で?」


 ヒューゴが顔をしかめた。


「馬もなく武器も使えない、それはもう決闘ではなくただの喧嘩では?」


「二度は言わないぞブラハド」


 エドワードの鋭い言葉を聞いて、渋々といった感じでヒューゴは答えた。


「…………承知しました」



 大変な事態になってしまった。


 しきりに亜里沙を心配する翔に、亜里沙はただ、イザベラとヒューゴが戦う事になったと伝えるので精一杯だった。

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