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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第三章

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黎明

 部屋に帰り着いた後、ベッドの側で亜里沙は不意に全身から力が抜けた。

 腕を回されて転倒は免れたが、急速に意識が混濁する。


「アリサさん? アリサさん!」


 ロナンが必死に亜里沙を呼ぶ声がする。

 キーランの無事を確認して、気が抜けてしまったのだろうか。

 亜里沙は少しも呼びかけに反応出来ずに意識が闇へと落ちていった。




 翌日。


 亜里沙は朝か昼かも分からない時間に目を覚ました。

 激しく揺れる視界にソフィーの泣きそうな顔が入る。どうしたのか聞こうとするも、出てくるのは荒い呼吸音だけだった。


「アリサ様……!」


「気が付いたか?」


 視界が揺れ続けるので確かではないが、翔とロナンとエドワードもいるようだ。


 口を開こうとした時、顔に激痛が走って息が止まった。


「うっ! あ……!!」


「アリサさん!?」


 複数の声が上がったが、一番近くに聞こえたのはロナンの声だった。

 激しい痛みが額と顔から全身に走り抜けるのに、感覚は体から剥離していくような。何とも言えない気持ちの悪さだ。


「いた、い……! 痛い……!!」


 息も絶え絶えに出てくるのは痛みを訴える言葉だった。

 絶え間ない痛みに涙が溢れ、縋るものを求めて手を伸ばす。誰かに抱き寄せられた亜里沙は、必死で呼吸した。


 そのうち、角のような突起と、鱗が生えている部分が痛いのだと気付く。

 一番痛みが激しい部分に震える手を持っていく。

 右頬に触れる。そこには、あってはならないものがあった。



 ひび割れたような感触と、その割れ目には、何にも触れられない無があった。



「ああっ……!!」


 亜里沙は激痛とパニックで悲鳴を上げた。


「アリサ……! 私の声を聞いて!」


 ロナンが耳元で囁く。


「中にいるものの姿が分かりますか?」


 亜里沙は呻きながら頷いたが、ほとんど頭は動かなかった。

 だがロナンには伝わったようだ。


「それと自分の意識を切り離すんです。自分とそれが違う存在だとちゃんと意識して!」


 返事をしようとしたが、漏れるのは呻き声と呼吸音のみだ。

 違う存在と意識する──それは一体どうやるのだろう。亜里沙はとにかく、ままならない思考でニーズの姿を思い描いてみた。

 自分と、ニーズが対面しているような、そんな場面を。

 ニーズに話しかけてみる。


 すると、亜里沙の中でぼんやりした輪郭だったニーズが、はっきりとした姿形を現した。

 最後に見た、人の形のニーズが。



 そして、まるで目の前にいるようなニーズが、目を開いて亜里沙を見た。




 次に気付いた時、亜里沙は不思議な場所にいた。




「ここ……?」


 黎明のような空の色。そこは美しい空間で、瑞々しく生い茂る柔らかな草地に亜里沙は立っていた。

周囲にはあちこちの地面から突き出る巨大な透明な鉱石──


 そして、大樹が。

 大樹なんて言葉では表せない程の大きさの樹が、聳え立って亜里沙を圧倒した。


 まるで人に対しての蟻のようで、踏み潰されそうな恐怖を感じて竦み上がる。


 ただ同時に、目を奪われるほど美しい、弱々しい虹色の光を放つ白い樹だった。


 その樹を見て何故か思い浮かんだのは、世界。

 そして、女神だった。



 そして、亜里沙は唐突に気が付いた。周辺にある鉱石は、この世界に来る時に通った空間を埋め尽くしていた鉱石であり──


「……これ、フロースだ」


 ロナンにペンダントを貰った時、初めて見たはずのフロースに既視感を覚えた理由は、これだったのだ。


 亜里沙は巨木に圧倒されながらも、周りを見回した。


 すると、巨木の根元に小さな──いや、この距離感だ。木との対比を考えたらかなり大きな、白いドラゴンが丸まって眠っている。


 亜里沙は走り出した。

 側に行ってあげないといけない気がしたのだ。


 そして果てしない距離で辿り着けるか不安に思ったその時、亜里沙は急停止した。驚き過ぎてひゅっと喉が鳴る。

 一瞬で、巨木から何かが這い寄って来たのだ。


 ぐっと顔前に迫ったそれは、あの空間で亜里沙を追いかけて来た白い女性たち──クルスに酷似していた。


「クルス……?」


 だが、どこかあの時のクルスたちとは違う。


 その女性の顔は額と額が触れる程の位置で亜里沙を見つめ、すうっと離れた。


『…………じゃ、…………ない…………』


 キーン、と耳鳴りがして思わず顔をしかめる。

 風が唸るような、啜り泣く声のような音を残して、女性は消えた。



 しばらく動く事が躊躇われたが、巨木の根元で眠る()を思い出し、再び走り出す。



 近付いて行くにつれ、この黎明の空間は薄れ始めた。

 そして、とうとうドラゴンの姿だけを残して、後はどこまでも真っ白な空間になった。



「……ニーズ」


 その大きさは、リンネア砦で見た巨大なイドルくらいだと亜里沙は思った。

 そしてその姿はまさしく、亜里沙がイメージするドラゴンそのものだった。

 神々しさに圧倒される。


 淡く発光する白い体。

 最初は魚のヒレみたいなものに見えたのに、その翼は立派で美しい。

 これが本来の姿だったのだろうか。

 魂が弱ってしまって、初めて会った時はあんなに小さかったのかも知れない。


 だが、あの時でさえ二本あった角が、右側にしかない。左側が根元から無くなってしまっている。



「とうとう我の意識に入って来たな……やめろと言っているのに」


 ゆっくりと頭をもたげて、ニーズは目を開いた。

 金の美しい大きな瞳が亜里沙を真正面から見つめる。


「いや……今回はそれに救われたのか」


 亜里沙はハッとして、自分の姿を確認した。

 見える範囲では元通りの姿だ。

 これが夢なら、ここで確かめてもあまり意味はなさそうだが。


「何が起こったの?」


「お前の肉体が魂の状態に合わせて無理な変化を起こし、崩壊する所だった。我とアリサの魂が融合しかけたのだ」


「ゆっ……?」


 軽く吐き気を催し、思わず口に手を当てる。ニーズがそれを見て唸った。


「何だその反応は。無礼者」


「あっ、ご、ごめん、そういう意味じゃ……!

ニーズが嫌とかじゃなくて!」


「……まあ、いい。自分が別の存在になる所だったのだ、そういう反応にもなるだろう」


 我では止められなかった、と申し訳なさそうにニーズは頭を垂れた。


 亜里沙はニーズの鼻先に近付いて、両手で撫でた。


「……やめろ。何の真似だ」


「え」


 亜里沙が手を止めたのと、ドラゴンが消え目の前にあの人型のニーズが現れたのは同時だった。


「気安く撫でるな」


 むすっとした子供のような表情。


 どちらの姿もこんなに神々しく神秘的なのに、口を開くと残念なタイプだ。


「……今はもう、ちゃんと別々になったんだよね?」


「ああ」


 亜里沙は人型のニーズの額を見た。

 やはり角は、右側にしかない。


「角は……どうしたの?」


「これは……」


 ニーズは、失った左の角の跡に触れる。


「お前が我の力を引き出してキーランを救った代償に、失ったのだろう」


 知らなかった、と自嘲気味に続ける。


「我も体の一部を失えば神のような……母のような奇跡が起こせたのだな」


「でも、ニーズはもう魂しかないんでしょ?」


「ああ。だが我は姿を持った魂だからな。そして我の力の源は魂だ。魂である今の我が体の一部を失うという事は、魂がその分消耗した事を意味する」


 亜里沙は顔を曇らせた。


「初めて会った時は違う姿だったよね? なんて言うか小さくて」


「外の世界で我の姿を現すと魂の状態に合わせて小さくなるのだ。影響を受けているのはドラゴンの姿の方で、人間の姿ならほとんど変化はない。我は人の姿で生まれたが、本体はドラゴンだ。だからより影響を受けるのだろう。そして、ここは意識の中だから我の自己への認識によって左右される」


「……私の姿が変わった時、額に突起みたいなのが出来て、でも右側にしか無かった」


「そうだ。先程も言ったが魂が融合しかけたから、アリサの体が、我の状態に無理矢理合わせようとした結果だ。今度は何を失うか分からない。角であればいいが、目や、四肢だったら、それがきっとお前の体で実現されてしまう」


 亜里沙はただ、ニーズを見つめるしか出来なかった。

 たまたま角だったのだろうか?


 そんな事を考えていると、ニーズは少し意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「我の魂が消耗しておらず本来の姿のままだったとしても、それはそれで、融合しかけた瞬間にお前の肉体では小さ過ぎて消し飛んでいただろうな」


「ほんと残念な……」


「何だと?」


 亜里沙はハッとして首を横に振った。


「もしかして、自分の一部がなくなるって分かった時に、角になるように仕向けてくれたんじゃないの?」


「我にそんな神のような事は出来ない」


 亜里沙からしてみれば充分に神のようだが。


 またむすっとするニーズに、亜里沙はつい笑みをこぼした。

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