表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/98

貯水槽を通って

 イザベラは両足を広げて地を踏みしめ、その剣の柄を頭の高さに掲げ、剣を水平に構えた。


「ここから先は通さん! 死守せよ!!」


「弓、構え!」


 別の騎士の号令で歩廊に上がっていた兵士たちが弓を構える。


「イドルが出てくる速さが尋常じゃない……アリサさん、カケルくん、砦の中に入ってください。殿下が二階に上がって突き当たりの両扉の部屋にいます」


 そう言いながら、ロナンは先に門をくぐったイドルに向かって銃を構えた。今度は銃の後ろを肩に押し付けるようにして支えながら発砲する。兵士たちの矢の雨が降り注いでイドルが悲鳴を上げる。イザベラが踏み込んで斬りかかった。


 亜里沙と翔は砦の中に入った。


 すぐに小さなホールのような空間に出る。目の前には階段がある。そのまま真っ直ぐ駆け上がろうとした亜里沙は、横から飛び出して来た男に気付かなかった。


「うおおおお!!」


 一瞬で目の前に現れた傭兵の男。怒号が上がり、亜里沙と翔はその場に硬直した。


 剣が頭から振り下ろされる瞬間がいやにはっきり見える。


 翔が亜里沙の腕を引いたと同時にガキンッと音がして、気付けばロナンが両手で持った銃身で剣を受け止めていた。


 傭兵が力を込めて押し切ろうとする。


「二階へ! 奥の部屋です!」


 翔が亜里沙の両肩を支えて促した。亜里沙は階段を駆け上がって、振り向く。

 ロナンが立ち位置を変えながら階段を背にし、剣の刀身の先に銃を滑らせて、押し返すように剣を弾いた。傭兵が後ろによろめいた所を即座に銃を構えて狙う。傭兵が硬直すると、左から飛び出して来た別の傭兵がロナンに斬り掛かった。

 亜里沙が悲鳴を上げると同時、ロナンは振り返りざまに再び銃身で剣を受けた。押し切るように斜めに振り下ろし、続けて下から殴り上げる。それは体勢を崩した傭兵の顎に綺麗にヒットした。

 ひとりが倒れるが、正面にいたひとりが再び斬り掛かってロナンと押し合いになる。


「私は大丈夫だから早く!」


 ロナンがこちらを向かないまま怒鳴った。

 亜里沙と翔は言われた部屋に急いだ。



 砦に入った瞬間から、二階で怒号が飛び交い、発砲のような音、剣戟のような音が混ざり合って響いていた。

 二階に上がると更にそれが大きくなり、一瞬足が竦む。


 翔に名前を呼ばれて無理矢理足を動かした時。

 目指す部屋の手前、等間隔に並ぶドアの一つ、開いたドアの隙間から覗く幼い子供の姿が見えた。


「……えっ」


 亜里沙と目が合うと、子供は怯えたように部屋の中へ引っ込む。


「何でこんな所に……」


 呟いた時には、亜里沙の体は勝手に動いていた。


 違う、違う──茉利咲じゃない!


 そんな自分の声が頭の中で響く。


「亜里沙ちゃん!? 王子の所に行かないと!」


 困惑する翔の声を聞いて、それでも止まらない自分に亜里沙自身も困惑していた。


 子供が引っ込んだ部屋のドアを開いて中に駆け込む。


 そこには、先程の幼い茉利咲くらいの子供と、少しだけ年上の子供がいた。年上の方が幼い方を庇うように抱きしめ、震えている。

 一瞬自分と茉利咲のように見えて、亜里沙は身を屈めながら話しかけようとした。


「亜里沙ちゃん!!」


 しかし、亜里沙の声は翔の声にかき消された。

 後ろから体当たりされるように抱きしめられる。

 鈍い音が響き、子供たちの足先に前のめりに倒れて鼻を打ちつけた。

 生理的な涙が浮かんで、ぼやける視界に翔の手が見える。上から重みがかかって動けない。

 可能な範囲で頭を動かす。ガタガタと怯える汚い格好をした女性が、棍棒のようなものを両手に握りしめて後退る姿が見えた。


 う、と小さな呻き声が耳に入って、亜里沙はハッとした。


「翔くん……!? 翔くん!!」


 この部屋の別のドアから男が三人入ってくる。

 ガチャ、と音がして、亜里沙たちが入って来たドアが閉められたのが分かった。


「お、おい……来訪者だろ……!? ひとり殺しちまったんじゃ……!?」


「いや、生きてる……とにかくバカでかいイドルを軍の奴らが相手してる間に逃げるぞ」


「女子供は? それに仲間は!」


「もうあいつらは置いていくしかないだろ……! 俺たちはまだ助かる可能性がある! それに、王族が来てる、こいつらまで殺しはしないさ」


 そんな早口の囁き声が交わされて、亜里沙の上から重みが消えた。乱暴に掴まれて立たされる。


「おい、女、こいつはお前の仲間だな? この男の命が惜しかったら黙ってついて来い!」


 その時、亜里沙と翔を探すロナンの声がした。異変に気付いたようで、焦った声色だ。


 ただ同時に短剣が、意識が朦朧としている翔の喉に当てられ血が滲む。


「わ、分かった、分かったから、お願いだから何もしないで……!!」


 亜里沙は涙と悲鳴を必死で飲み込んで懇願した。


 よし、とひとりが頷いて、顎で示される。ひとりが前に、翔を抱えた男ともうひとりは亜里沙の後ろだ。亜里沙は震える足を懸命に動かして、先頭の男を早足で追った。



 部屋を移動して梯子を降り、一階に出るとすぐ側にあるドアが開かれる。その先の石造りの、薄暗くひんやりした部屋にまた落し戸と梯子があった。


 せっつかれて落ちかけながら梯子を降りる。


 薄ぼんやりとした灯りに照らされて、人口と天然が半々混ざったような通路が現れた。側に池のようなものが見える。だがわざとくり抜かれたような形状で、池というよりは貯水槽のようだ。それにしては水の量が低い。


「さっさと歩け!」


 背中を殴られて息が詰まった。


(ニーズ……! 翔くんが!)


 微睡から覚めるような気配がして、ニーズの小さな声が答える。


『すまない、アリサ……今の我の力では人間を攻撃出来ないのだ』


 そうだ、ニーズは今弱っている。それにイドルを消すあの力も、亜里沙やあの少女の怪我にそのまま使われた事を思えば、それは当然の事だった。


 亜里沙は悔しくて情けなくて、激しい罪悪感と自己嫌悪でどうにかなりそうだった。

 この状況を打開する為の案が何も浮かんでこない。

 もう亜里沙は、黙って従うしかなかった。



 通路は砦の外にまで通じているらしかった。


 一度だけ亜里沙は、逃げられないのではないか、投降した方が助かるのではないか、と聞いてみた。だが、砦の外に出られるなら逃げられるの一点張りで、危うくまた翔を危険に晒す所だった。


 長い通路を歩いて、洞窟のような場所に出る。逃げる算段をつける傭兵たちの言葉から、そこは亜里沙たちが来た方角とは反対側にある砦の裏手のようだ。丘の陰と岩場に隠れた洞窟らしい。


 少しして、外からの光が洞窟内を照らした。



「出口だ……! 急いでここを」


 先を走り出した男の声が消え、足も止まった。


「キ……キーランだ……」


 亜里沙の後ろから息を呑む音が上がる。


「ま、待て……待ってくれ」


 前にいた男はじりじりと下がり、亜里沙の横を過ぎてふたりの男と合流した。


「なっ、何してんだ、女を盾にすりゃ……!」


「お前は……あいつの戦いを見た事ないだろ……!」


 前を歩いていた男はもはや半泣きだった。


 残りの男たちも状況を理解して、翔を地面に寝かせると更にゆっくりと後退した。


 亜里沙の前に現れたキーランは、逆光で表情が見えない。

 ただ、肩が大きく上下していて、力を沢山使ったのは一目瞭然だった。


『キーラン……消耗し過ぎだ。あのままでは倒れるぞ』


「アリサ」


 とても静かな声なのに、キーランの言葉ははっきりと聞こえる。


「こっちにおいで」


「キーラン、翔くんが……!」


「カケルは大丈夫だから。まずはきみだ」


 亜里沙は一度翔を振り向き、三人の傭兵がもう戦意喪失している姿を確認するとキーランの元に歩み寄った。

 バレないように支えておかないと、もし傭兵たちにキーランの状態が知れたらまずい事になる。


 亜里沙は少々不自然な事には目を瞑って、キーランに抱きつくような形で、さり気なく体に腕を回した。

 やはり、マント越しにでも分かる程体が熱い。


「そのまま来た道を戻れ」


 低い声で言い放ったキーランを見上げると、薄明かりに表情が見える。

 驚く程冷たい目をしていて、その蒼白さと相まって亜里沙の不安を煽った。


「分かった……! 今戻る! ただ俺たちは……!」


 戻ると終わりだと思っているのか、傭兵の歩みが遅くなる。


「死にたくなかっただけだ! あんな数のイドルが、しかもあんな大きさのものが襲ってくるなんて思わなかった!

何の準備も出来てなかったんだよ!」


「集落の人間だって、動ける者は出来るだけ連れて逃げたさ!」


「おや……では動けない者は切り捨てたんですねえ?」


 間延びした声が、傭兵の後ろから響いた。


 三人の男が悲鳴を上げて翔の側まで舞い戻って来る。



 洞窟の外から入ってくる明かりで姿が判別出来る所まで出て来たのは、ヒューゴだった。


 亜里沙にはそれが、どうしても救いの手には見えなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ