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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第三章

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灰色の旅路

 翌朝、日の出と共に亜里沙は目覚めた。

 ソフィーが側に寄って来る。


「おはよう、ソフィー。ちゃんと寝れた?」


「おはようございます、アリサ様。はい、きちんと寝ましたよ。アリサ様はご気分はいかがですか?」


 亜里沙はベッドの上に身を起こした。


「うん大丈夫……いよいよ遠征だね」


 自分が吐いた言葉が、胃の辺りに重くのしかかる。

 ソフィーの気遣わしげな視線を感じて、亜里沙は首を横に振った。


「いやいや……大丈夫、何とかなる!」


 自分を奮い立たせるように言って、亜里沙はいつもの体操をした。

 ソフィーが見様見真似で動いているのが可愛くて吹き出す。




 支度をして、用意してもらっていた服に着替える。

 試着した時と同じように着やすく、動きやすい。

 ソフィーはいつもと同じような服に見えたが、いつもより厚手のスカートは若干丈が短く、分厚い靴下が脚を覆っている。靴も丈夫そうなブーツだ。


 亜里沙が着替え終わった頃に、同じく着替えた翔がやって来た。



 挨拶を交わして三人で朝食を囲む。

 いつもより静かな食卓だった。




 そして、いよいよ出発の時間になった。


 城を出た所でロナンと合流する。


「おはようございます」


 いつもと変わりないロナンに会えて、亜里沙はホッとしておはよう、と返した。

 翔がこの世界の言葉で挨拶し、ロナンは感心したようだった。


 少し離れた所にキーランとエドワードもいて、エドワードが亜里沙たちを一瞥する。

 キーランは亜里沙に気付くと笑みを見せた。

 挨拶をすべきか迷ったが、何だかエドワードから近付くなと言われている気がしてやめておいた。



 ロナンによると遠征に赴く騎士は十八人、兵士は二百人いるそうだ。

 騎士の格好をしたイザベラが人が行き交う間を縫って亜里沙たちの側にやって来る。


「おはようございます、アリサ様、カケル様。本日より遠征の間お側をお守りします。なるべく私から離れないようにしてください」


 亜里沙と翔は緊張しながら頷いた。



 エドワードは移動に馬を使わないと言っていたが、荷運びは流石に馬車のようだ。

 野営に必要な物を詰め込んだであろう大きな荷馬車が四台あり、その荷馬車を預かる騎士と兵士の二十人程のグループは先に出発した。その他には数頭の馬がいて、荷物を直接運ぶように背中に括り付けられている。



 少しして、城の扉が物々しく開かれ、騎士と兵士があっという間に整列した。亜里沙と翔はロナンに促されて、隊列から少し離れた位置に彼の後ろに立つ。


 エドワードが扉から出て来たふたりの側に、隊列の間を通って歩み寄る。


「父上、母上」


 亜里沙は目を見張った。

 王にはもう会っていたが、王の隣に立つ、王より一回り程若く見える女性は初めて見る。


 藍色の美しく流れるドレスに身を包んだほっそりした貴婦人。


 亜里沙が驚いたのはその髪の色だった。

 この世界で自分たち以外で初めて見る黒髪だったのだ。

 だが色白のその顔は少しエドワードに似ていて、どう見ても西洋風の顔立ちで、瞳は透き通るような水の色だ。


 その佇まいからもエドワードの言葉からも、王妃である事はすぐに分かる。


 王妃はこちらを見て、僅かに頭を下げた。

 亜里沙と翔はお辞儀を返し、顔を上げた時には王妃はもう前を向いていた。



「女神は我々に試練をお与えになった」


 王が整列する騎士と兵士に言葉をかける。


「そのご加護が弱まり、聖国は黙して機をうかがっていた。だが、このように来訪者はここ、カンドルヴィアに現れた。かくしてトランティアに救いの手が差し伸べられる事となったのだ。来訪者のトランティアへの途上が易いものとなるよう死力を尽くしてくれ」


「必ず無事にお連れします」


 エドワードが答える。

 整列した騎士と兵士は王への敬礼で答えた。


 王が言った事を隣にいる翔にこっそり伝えながら、亜里沙は再び胃の辺りが重くなる気がした。


(死力を尽くしてなんて……)


 もしも何か起きたら、この人数が亜里沙たちの為に命を投げ出すというのだろうか。

 それだけではない。亜里沙がちゃんと辿り着けなければ、王太子やトランティアに住む人々も危険に晒される。

 大勢の命を、突然背負わされたのだ。それを改めて意識させられた。


 無意識に声が震えた。


 すると、不意に翔の手が亜里沙の手に触れる。

 指先をそっと握られて、亜里沙は翔の目を見た。


「……側にいるから」


 小さくそう言ってぎこちなく微笑む翔。

 亜里沙は頷いて、目を潤ませながら微笑み返した。




 そして、遠征隊は城を出発した。


 百八十人程の隊列は縦に伸び、亜里沙と翔はキーラン、ロナン、ソフィー、イザベラと共に後ろの方を歩く。少し前には綺麗な白馬に乗ったエドワードがいる。亜里沙の周囲には兵士がいて、本当に守られるかのような形だった。


 どうしてそんな事になったのか、まだ朝も早い時間だというのに王都に住む人々が大勢、遠征隊を見送る為に列を成していて、歓声という程騒がしくはなかったが、時折「来訪者様ご無事で」だとか「我々をお救いください」などと聞こえてくる。

 それに混じって「エドワード様」「第二王子殿下」という声も聞こえる。


 亜里沙は恐る恐る人々の列の方を向いた。

 見える限り、皆、期待と喜びに溢れた顔でこちらを見ていた。




 亜里沙が初めてこの王都に足を踏み入れた時とは別の道から城門を出る。


 エドワードは城門で馬から降りた。

 本当ならエドワードは馬に乗るべきだが、馬の飼料や水の問題があるので本人が歩く事にしたのだとイザベラが教えてくれる。


「確か、川が遠いんだっけ?」


「はい。トランティアまでの道はいくつかありますが、我々は今回は最も砦が少ないこの道を進まねばなりません」


「……砦の一つがおかしいって言ってた?」


「ええ……有事の際のトランティアや近隣の各領地と王都を繋ぐ補給線としても機能している砦ですが、この方面はイドルの害が多く、土地が痩せています。イドルが増えると馬の確保も簡単ではなくなるので……ただ馬が行ける道もあり、殿下はアリサ様がそちらを通る事を望んでおいでだったようです」


「そっか……もしかして、そっちの方が早かったりしたのかな」


「いえ、その道は遠回りなので日数についてはほとんど変わりありません。快適さがまるで違いますけどね」


 安全面については、私がいるので、とイザベラは自分の胸を叩いた。

 自信満々のイザベラに亜里沙は小さく笑った。




 イザベラが言った通り、王都を離れる程草木が少なくなっていった。道とその他の土地の境目が分かりにくい所が多々ある。

 かと言って平坦な道ではないので、遮る物がなく遠くまで見えるという訳でもない。

 丘や崖がいくつもあって、この道自体が谷底のようになっている箇所もある。

 それはどこまでも灰色に包まれた景色だった。



 亜里沙はイザベラと翔に挟まれる形で歩いていた。

 少し後ろにソフィーがついて来ており、時折体調を確認してくれる。ソフィーより少し遅れてロナンがいる。

 振り返っても王都が見えなくなった頃、少し前を歩いていたキーランがペースを落として亜里沙の近くに来た。


「昨夜は眠れた?」


「うん。キーランはどう?」


「ちゃんとベッドに寝た」


「良かった……今は、体は大丈夫?」


「どんなに力を使ってもアリサよりは大丈夫だよ」


 少し棘のある言い方に目を丸くする。キーランの笑みに亜里沙をからかうような含みがあるのに気付いて亜里沙は少しムッとした。


「私だってそんなに弱くないもん」


「ああ、そうだな」


 ふっと笑うキーランを、イザベラが不思議そうに見た。


「キーラン様がこんなにお話しになるなんて。おふたりは仲がよろしいのですね」


「え?」


「……イザベラ、余計な事を言うな」


 キーランは何となくバツが悪そうに前を向く。


「イザベラとキーランは知り合いなんだね」


「昔の話ですが、少しの間剣の訓練のお相手をさせて頂いていました」


「イザベラ!」


 キーランが慌てたようにイザベラを振り向く。


「えっ、じゃあ、キーランの先生って事?」


「そこまで大層なものではございません。キーラン様は剣については天才でいらしたので」


 言い方に引っかかった亜里沙は興味を引かれてイザベラを見上げた。


「他の事は? キーランはどんな子供だったの?」


「アリサ……それ以上聞かないで」


 焦るキーランの顔を見て、亜里沙はほんの少し悪い気がしたが、それでも先程の仕返しが出来て満足だった。

 イザベラは「許可を頂けたらお話しします」と笑っていた。

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