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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第一章

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キーランとの出会い

 テントから出た亜里沙はここへどうぞ、と示された焚き火の側に座る。

 見た通りならそのまんま切り株という味のある椅子に、わざわざ用意されたクッションは見た限り高そうな代物だ。


 膝掛けを渡され、それを掛けると少し寒かったのだと気付いた。


 暖かい火の側で気持ちが緩み、思わず涙が出そうになる。亜里沙は人知れず唇を噛んで耐えた。



「あ、帰ってきましたね」


 亜里沙に暖かい飲み物を持って来てくれたロナンが明るい声で言った。

 続いて「あ」とロナンが声を上げたので振り向くと、背後に真っ黒なマントと服に身を包んだ人が立っていて思わず悲鳴を上げる。


 まるで気配がしなかった。というか物音もしなかった。

 こんなに接近されるまで全然気付かなかった。


 反射的に立ち上がってその人物と向き直った亜里沙は息を呑んだ。


 輝くような白髪に、瞳の色はどう見ても金色だ。あまりに綺麗な顔立ちの、恐らく少年。

 少し幼く見える顔は、そこだけを見ると少女と言われても違和感がない。だが身長は亜里沙よりいくらか高く、その背格好を見ると恐らく男性だ。


 見つめられた亜里沙は居心地が悪くなり、視線を落とした。その視線の先に、血を流したふわふわの兎が二羽、ピクリともせず少年の左手からぶら下がっている。


 亜里沙がひゅっと息を飲み込んだ音はロナンの言葉でかき消された。


「キーラン、人の背後に黙って立つものではありませんよ。そんなものを持っている時は尚更」


 固まってしまった亜里沙に優しく呼びかけ、ロナンが少年を紹介した。


「彼はキーラン。我々の旅の護衛をしてくれている傭兵です」


 亜里沙はハッとして顔を上げた。


「あっ、は、初めまして、鈴木亜里沙です!

……ら、来訪者、の」


 キーランと呼ばれた少年が、初めまして、と呟く。

 亜里沙と目が合うと、わずかに首を傾げた。


「スズキ……マリサ?」


「亜里沙です。あ、り、さ」


 思ったより強く言い返してしまった。

 茉利咲(まりさ)は2歳下の妹の名前だ。


 目を丸くした後、少し考え込むように目を伏せたキーランは、再び亜里沙を見つめて頷いた。


「……アリサ。僕はキーラン・セレン・カンドール」


 改めてそう名乗って、キーランは右手を差し出した。

 握手だと思った亜里沙は少々戸惑いながら同じく右手を差し出す。


 確かに握手だった。最初の一瞬だけは。

 そっと握られたと思ったらスッと角度を変えられ、お辞儀をするように手の甲に顔を寄せられる。

 亜里沙は度肝を抜かれた。そのまま唇が触れるかと思ったが、それ以上は何もなく、しぐさだけだと気付く。

 そして握られた時と同じくそっと離される。

 亜里沙は驚きすぎて言葉もなかったが、ロナンも驚いていたようだった。


「……アリサさん、こういう事をされますから、気が乗らなければ差し出さなくていいんですよ」


 亜里沙だって、こういう挨拶があるというのは知っていたが、だからってこうなるとは思っていなかった。


 ロナンがキーランに「手を差し出すよう仕向けるなんて無礼です」と苦言を呈したものの、キーランは聞いていないようだった。




 先ほどのふたりの商人も戻って来て、夕食の準備が始まった。


 特にキーランの手際が見事で、亜里沙はついじっと見入ってしまった──兎を捌く時はどうしても見られなくて目を背けたが。


 夕食が出来上がる頃にはちょうど日が暮れ、食欲なんてないと思っていた亜里沙の腹も控えめに鳴り始めたのだった。



 兎肉は玉ねぎと串焼きとなり、シチューのような物になった。

 調理中、ベーコンの匂いがとてつもなく美味しそうで、本格的にお腹が空いてきた亜里沙は自分も何か手伝うと申し出たが断られてしまった。

 せめてシチューを木製の器によそう役目だけは譲ってもらう。


 パンのような、パンよりは硬く平たい物を渡された後、ロナンが手を組んで女神イーリスという存在に対する感謝の言葉を呟くと、商人ふたりとキーランもそれに倣う。

 四人の短い祈りが済んだ後、勝手が分からなかった亜里沙は小さく手を合わせて頂きます、と呟いた。


 キーランには聞こえていたようで、亜里沙なりの祈りの代わりを真似されてしまい、ロナンと商人たちもそれに続いた。



「アリサさん、お口に合いますか?」


「……美味しい……!」


「それは良かった」


 ロナンの嬉しそうな顔を見て亜里沙の顔にも自然と笑みが浮かぶ。



 ちまちまと食べていたら遠慮しているように見えたのか、キーランが自分の分の兎の串焼きを亜里沙の皿に乗せてくる。


「明日から数日は移動が続くから、しっかり食べておくといい」


「あ、ありがとう……でも、キーランが食べた方がいいんじゃない? その、傭兵で護衛っていう事は、戦ったりするんだよね……?」


 戦う。自分の口から出た言葉だが、恐ろしく馴染みがない。

 この世界を救う、とかあのドラゴンは話していた。どんな脅威があるというのか想像すら出来ないが──あの空間で見た怖い女性たちのようなものが襲って来たりするのだろうか?


「大丈夫ですよ、アリサさん」


 ロナンが言った。


「流石に我々だけなら心許なかったですが、キーランが居れば何の心配もいりません」


 励ましになっているのか微妙な言葉に、ベン何とかいう商人が大きく相槌を打った。


「キーラン様は我々の英雄ですからな! キーラン様に護衛を頼むなんて、商人の中ではマスターくらいしか出来ないでしょう。我々は運が良かった」


 ルイ何とかさんも頷く。


「キーラン様は来訪者様を除けば我々の唯一の希望と言っていいお方ですから」


「……へえ、キーランって凄い人なんだね」


 亜里沙の視線を受けてキーランがこちらを見た。

 その眼差しの強さにたじろいでしまう。

 どう見ても年下だが、生きて来た世界が違うせいか、こんなに強いオーラを感じる人は亜里沙は見た事がない。別に亜里沙はオーラが見える人間ではないが、この空気感は他に言いようがなかった。

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