表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/187

ロナンとの出会い


 野営地へと向かう道すがら、亜里沙は周囲を見回してみた。


 先ほど居た場所と比べると木々が生い茂っているが、木漏れ日のお陰で周囲は明るい。

 踏みしめる土も少し湿っているものの、歩きやすい広い道を作り出している。


 流れの穏やかな川に沿って移動しながら、ふたりの男はそれぞれ名乗ると、ギルド所属の商人である事を教えてくれた。


(ギルド……って、商人ギルド? やっぱり中世っぽい)


 商人だから服が上等で金持ちに見えたのか。

 そしてふたりともとても長い名前だった。何とか覚えようとしていた亜里沙は、話の半分ほどしか聞けなかった。




「マスター」


 木々が無く開けた場所に出てすぐ、想像したより大きな、しかも三つもあるテントが目に入って驚く。

 白い布地も丈夫そうで、装飾がいかにも金持ちだ。


 マスター、と呼びかけながら男たちが向かった先に目をやる。

 テントから出てきた人物と思いがけずばっちり目が合った亜里沙は再び硬直した。


(他に人がいるなんて聞いてない!)


「おや」


 穏やかな声と表情。

 亜里沙を見てほんの少し驚いた様子を示したが、すぐに柔和な笑みを浮かべる。


 纏う雰囲気だろうか、何故か不思議とこの人物は受け入れやすく、亜里沙の警戒は少しずつ解けていく。


 亜里沙を見て微笑むその人物は、栗色の長髪を後ろで一つに結い、緑色の瞳が優しそうな青年だった。

 確か今マスターとか呼ばれていたが、男たちより随分若い。


 だが着ているものが段違いに上等で、まるで西洋の貴族のようだ。

 生成りの立襟のシャツの上に、金糸で細かな刺繍がされた茶のベストを着て、黒のパンツに上等そうなブーツを履いている。

 袖のあるタイプの深い緑のマントは旅向きには見えないが丈夫そうだ。


「来訪者様ですね。まさかこんな所でお目にかかることになるとは」


 そう言って青年は優雅に会釈した。


「ロナン・マクベルドと申します。ナイグラードのギルドを預かる商人です」


「商人と言っても伯爵様ですけどね」


 緑マントの、確かルイ──何とかいう男がそっと亜里沙に耳打ちする。


 聞かれなかったからとは言え、今の今まで名乗っていなかったことを思い出した亜里沙は姿勢を正した。


「鈴木、亜里沙です、よろしくお願いします!」


 一瞬、名前が先がよかったかとハッとした。


 伯爵と言えば偉い貴族だろう。貴族とは接したことがないが、何故か真っ先に「不敬罪」という言葉が浮かんだ。


 亜里沙は緊張から勢いよく下げていた頭を、おずおずと戻した。


「えと、はっ、初めまして」


 こんな挨拶でいいのかと不安を感じるが、ロナンと名乗った青年は「初めまして」と返してくれた。



 ふたりから事情を聞いたロナンは、先ほど彼が出てきたテントに亜里沙を通した。


 緊張しつつテントに入った瞬間、独特の、ハーブのような匂いに包まれる。壁が布だったり足元が土である以外は、質素だがまるで部屋だ。

 足元も一部、ベッドの周辺などは床のように木の板のようなものが敷かれており──テントにベッド?


 亜里沙は床よりも何よりもベッドを二度見する勢いで見つめた。キャンピングベッドのようなもの、にしては豪華すぎる。


「化膿するといけませんから、傷の手当てをさせてください」


 意識を引き戻された亜里沙を、柔らかい木目の簡素な組み立て式のテーブルのそばに、同じ材質の椅子へと導く。


 促されるまま座ると、ロナンは救急箱と言っても差し支えなさそうな木の箱を持ち出した。

 そして入口の幕を捲って顔を出したルイから、小さな木桶に入ったお湯を受け取る。

 瓶の中身をお湯に混ぜると、亜里沙の前に跪いた。


 その間見入っていた亜里沙はハッとした。そんなことをしたら土で汚れるのでは。


「足に触れますね」


 あの、ともごもご言っている間に手際良く手当てをしてくれる。

 丁重に扱ってくれているのが分かり、途端に亜里沙は恥ずかしくなった。


 見れば、膝はいつの間にか思ったより広範囲に血が滲んでいた。どうりで痛みが増していると思った。


 何かを混ぜたお湯で洗い、清潔な布で優しく拭うと、軟膏を塗ってくれる。

 仕上げに包帯まで巻いてくれて、しかもその処置が両膝だったので亜里沙は居た堪れなかった。


 膝を洗うので脱がされていた靴と靴下まで履かせて貰った亜里沙は、左手まで診ようとするロナンを慌てて止めた。


「もうっ、大丈夫です! 赤くなってるだけで、血は出てませんから!」


 そうですか、とあっさり引き下がってくれたのでほっとする。


 ロナンは亜里沙の向かいの椅子に腰掛けた。

 両膝の包帯が見知った質感とは全然違うので、亜里沙は少しの間まじまじと眺めた。


 ふと視線を感じて顔を上げると、亜里沙と目が合ったロナンは話を切り出した。


「来訪者様は」


「あ、あの、様とか要らないです。亜里沙でいいですよ」


 何故かロナンが答えるまで間が空いた。

 何か考えるような表情に、亜里沙の胸を不安がよぎる。


「あの……?」


 亜里沙の強張った顔を見たロナンはハッとした。


「では、アリサさん」


「あ、はい」


 ロナンは先ほどのように穏やかに微笑んだ。

 この優しい笑みを見ると落ち着く。

 商人だから人当たりもいいのだろうか。


「アリサさんは、ご自分が置かれた状況をどこまで把握していますか?」


「え……状況、ですか?」


 そう言われて真っ先に浮かぶのは“帰れない”ことだ。


 亜里沙はどうやら選ばれたらしくて、何か役目がある。

 それが何なのかも知らないが──それを果たさない限り帰れないと、あのドラゴンは言っていた。


「ここが私のいた世界じゃなくて……突然連れて来られて……私には役目があって、それをやらないと帰れない、っていうことは分かってます」


 思い出したら胃がもやもやして、少し棘のある口調だったかも知れない。


 亜里沙をこの世界に連れて来たのはロナンではない。

 優しく気遣ってくれた人に当たりたくはなかったが、態度を取り繕う余裕がなかった。


「そうですか……」


 再びロナンは何やら考え込んだ。


「それは恐らく間違ってはいませんが」


「ん……? どういう意味ですか?」


 ロナンは亜里沙を見つめたまま口を閉じる。


(え、何?)


 先ほどのあのふたりと言い、どこか様子がおかしい。

 三人とも悪い人間には見えないが、亜里沙は少し警戒を示した。


「警戒しないで、危害は加えません」


 ロナンは穏やかな語気で言った。


「貴女には少し、私たちの世界のことや、来訪者様との関係を知っていただく必要がありそうですね」


 それはそうだろうが、何か言い方が引っかかる。


「あの、だったら……私の役目って、何なんですか?」


 そう聞くと、ロナンは少し困ったように眉を下げた。


「そのことに関しては、私からお教えすることはできません」


 そして「他のことでしたら」とつけ加える。


(やっぱりあのドラゴンに聞かないとだめなのかな)


「……わかりました」


 そう呟くと、ロナンは気遣わしげに亜里沙を見た。


「アリサさんの前にいらっしゃった来訪者様ですが、私はその方の救世の旅に同行しておりました」


「え」


「今から十年ほど前です」


「どんな人が来たんですか? その人は帰れたんですか?」


 前のめりに聞くと、一瞬ロナンの表情が曇ったように見えた。

 亜里沙が目を瞬く間に、ロナンは元の穏やかな表情に戻っていた。


「詳しい話は追い追いいたしましょう。ともかくその時の経験がありますから、私ならアリサさんのお手伝いもできるでしょう」


「あ……ありがとう、ございます」


 いいえ、とロナンは目を細めた。


「知りたいことは何でも聞いてください。私で答えられることでしたら、いつでもお答えしますよ」


「あの、じゃあ、さっき言ってた私が知らないといけないことは……」


「それは貴女が落ち着いたらお話しします」


 今日は疲れたでしょうから、とロナンは話を切り上げた。



 来訪者というものは、最初に降り立つ場所に違いはあれど、皆必ず王都に招かれるのだそうだ。


 亜里沙も例に漏れず王都へ行かなければならない。

 ロナンたち一行が送り届けてくれることになり、そして出発は明日の朝だ。


「今まで誰も逃げなかったんですか?」


 ロナンは目を丸くした。


「アリサさんは逃げたいんですか?」


「え? はい」


 普通はそうではないだろうか。

 だがあまりに素直に認めてしまったと気づいて慌てた時には、ロナンはふっと小さく吹き出していた。


「まあ、逃がしませんけどね」


 その穏やかな顔が言ったとは思えない不穏な言葉に亜里沙は思わず口を引き結んだ。


「冗談です」


 すぐにそう言ったロナンは、亜里沙の顔を見て再び小さく笑っていた。

 もしかしてからかわれた?


 会って間もない相手をごく自然にからかうとは、このロナンという青年はこの優しそうな見た目で、ひと癖ある人物かもしれない。



 話が終わってテントから出ると、もう日が陰り始めていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ