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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第二章

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力の顕現

 亜里沙は色々飲み込むのに一時を要した。


 まず、真っ先にこれに言及せねばならない。


「これ……」


 かけられた長めのチェーンを持ち上げる。

 その先にガラスの器が下がっていて、中にはやはり聖水が入っている。


「持っていてくれ。少ししかないけど、でも何も無いよりはいい」


「い、いや、ダメでしょ? だって法律が」


「誰もアリサを咎めないよ。責められるとしたら僕だけだ」


「いや、ダメでしょ! すぐそうやって、自分だけ危ない目に遭おうとするんだから」


 亜里沙はチェーンを外したが、キーランはそれを受け取らず、チェーンを持つ亜里沙の手を握った。


「力の使い方を教える条件として、これを持っていて」


「それは……ズルくない?」


 先程は普通に教えてくれるような雰囲気だったのに。


 キーランは微笑んだが、亜里沙の問いには答えなかった。


 渋々チェーンを首に戻すと、上着の隙間からフロースと共に服の中に隠す。


「……バレないように気を付ける」


 キーランは頷くと、亜里沙を促して樹に触れられる距離まで近付いた。


「神木に触れてみて」


「え、こ、こう……?」


 亜里沙は右手をそっと幹に沿わせた。


 ほんのりと温かい。


「何か感じる?」


「温かい、かな……?」


 キーランはそれには何も反応しなかった。何か間違ったのだろうか。


 振り向くとキーランと目が合う。


 しばらく見つめ合うも、キーランは亜里沙が正解を導き出す事を待っているかのように何も言わなかった。


 もしかしたら、キーランは教えるのが下手なのかも知れない。


「どうしたらいいの……?」


「神木はアストラムの力と相性がいいから、アリサが力を引き出したいなら、ここで練習するのが一番いい。他でやるにしても、まずこの感覚が分かるようにならないと」


 きみはアストラムじゃないけど、と付け加えるキーラン。


「そうね……私はアストラムじゃないけど、来訪者だから、同じような力が使えるかもっていうか」


 亜里沙は咄嗟に言い訳した。考えてみたらあんな筋の通らない言い分で、よく疑わずに教えてくれようとしたものだ。

 もしかしたら、からかわれていたりするだろうか?


 もう一度キーランを見るが、亜里沙をからかうような雰囲気ではない。


 亜里沙は樹に向き直り、ふう、と息を整えた。


 幹に触れた右手に集中する。



 しばらく雑念を振り払っていたら、不意に小さく澄んだ音がした。


(ん……?)


 その音に意識を集中させる。


「……水の音がする」


「神木の中を水が移動しているんだ。その流れが分かる?」


 どこかで聞いたような話だ。幹に耳を当てると水の音がするとか、そういう類の。

 でも確かあれは、水の音ではなく他の音だったという話ではなかっただろうか。


 そう考えつつ、亜里沙は無意識に神木の幹に顔を寄せて耳を当てていた。

 子供の頃、茉利咲と、今と同じようにして遊んだ事がある。



 水の音がする。上に、下に、巡るように移動している。聞いていると、それは段々せせらぎのような音から人の囁き声のように聞こえてくる。


 背筋にゾクっと冷たいものが走って、亜里沙は幹から離れた。


「アリサ?」


「大丈夫……」


 亜里沙は呼吸を整えてキーランを見た。

 キーランは亜里沙の顔色を確認すると、もう一度右手に青白い光を纏わせて、それを亜里沙に見せた。


「アストラムの力は体中を巡っていて、その流れは、神木が水を巡らせる流れとすごく似てる。だから力を使う時は、この神木が地の底から水を吸い出す様子をイメージするんだ。自分の体よりイメージしやすいだろ?」


 つい足元を見ると、キーランが小さく笑った。


「別に地面に足が着いていなくてもいいよ。自分が神木になったように想像してみて」


 そんな無茶な。

 とは思ったものの、亜里沙は目を閉じて、もう一度あの音と、音の流れを思い出し、強くイメージしてみた。


(水が下から上に移動した時……)



 どのくらいそうしていたのか、何度目かのイメージの時、亜里沙の中を何かが走り抜けるような感覚がした。


 驚いて目を開ける。


 咄嗟に両手を広げて見てみると、静電気のような、とても小さいが、そんな光が指の間を走っているように見える。


「わっ……」


 体がよろめくが、キーランが亜里沙を支えて、亜里沙の震える右手に手を添えてくれる。


 キーランが触れた右手から、小さいままだがはっきりとした光が弾けて、亜里沙は悲鳴を上げた。


「落ち着いて」


 耳元で優しい声がして、亜里沙は必死で深呼吸を繰り返した。


「こ、これ、力、使えてる?」


「うん。まだ弱いけど、今はこの感覚さえ分かれば上出来だ」


「どっ、どうやって止めるの」


 パチパチパチパチ帯電したままの手のひらを見つめる。


「水の流れを止める想像をしてみて」


 気が付けば、いつの間にか亜里沙の耳には、樹の幹から感じた囁き声に似たあのせせらぎの音がずっと大きく鳴り続けている。


 水を止める、と言われて咄嗟に想像したのは蛇口を捻るあの行為だ。

 目をギュッと瞑って、頭の中で思い切り蛇口を捻る。と同時に音が止んだ。


「上手いね」


 キーランにそっと肩を叩かれて目を開けると、もうあの静電気は消えていた。


(うそ……ほんとに、こんなんで出来たわけ?)


 亜里沙はまた目を閉じてあの音を思い出す。


「アリサ」


 キーランが制止するように名前を呼ぶが、亜里沙の手からは先程より大きな光が迸った。


 今度こそ目の前が大きく傾いて、ふっと意識が遠のく。

 咄嗟に蛇口を閉める様子を思い浮かべた時にはキーランの腕に抱きとめられて、ふたりして樹の絡まった根の間に座り込むように倒れていた。


「ご、ごめん……」


 起きようとするが、力が入らない。


「いや、僕が油断した。体は大丈夫?」


「うん……」


「慣れるまでは連続で使わないこと。それから、いざという時にしか使わないこと」


「……はい……気を付けます……」


 そう答えた後、遅れて視界が回り出す。吐き気が襲って来て、亜里沙は呻いた。


「は、……吐きそう……」


「目を閉じて、ゆっくり呼吸して。僕が連れて帰るから」



 リンネアでグラに乗せられた時もこんな風に横抱きされたが、今のこの状態はまさしく、本当の“お姫様抱っこ”というものだろう。

 だが残念ながら亜里沙にはこの状態を申し訳なく思ったり恥じらったりする余裕はなかった。


 閉じていても目って回る事があるんだ、とぼんやりと考えているとソフィーの泣きそうな声で名前を呼ばれる。

 辛うじて「大丈夫」と呟いたが、聞こえたかは分からなかった。



 しばらくして、どうやら部屋に着いたらしい事は、音と肌を撫でる空気の暖かさで分かった。


 ベッドの上にそっと寝かされる。

 亜里沙は目を閉じたまま、キーランにお礼を言った。


「ありがとう……あと、誰にも言わないから」


 主に聖水の事だったが、何となく、神木のあるあの部屋に立ち入ったのも、本当は許可なんて降りていないんじゃないかという気がした。


 分かってる、とキーランの声がして、目蓋に優しく触れられる。


「……おやすみ、アリサ。また明日」


 その声と目蓋に触れるキーランの手が心地良く、亜里沙はすぐに眠りに落ちていった。

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