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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第二章

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温室の中で

 ロナンは亜里沙がトランティアへ向かわないといけないと聞き、新たに服を用意してくれたのだという。


 服をソフィーに預けたロナンはイザベラと旅の間の事について話し込んでいる。若干刺々しい雰囲気だが、ふたりとも大人なので亜里沙は気にしない事にした。


 ソフィーが亜里沙と翔に服を見せてくれた。


 立襟のシャツとズボンは黒い。袖のない黒のオーバーチュニックのような上着は膝辺りまで長く、前面と側面にスリットが入っている。この上着に入っている装飾とベルトがまた格好良く、少しキーランの服装に似ていた。

 亜里沙はわあ、と声を上げる。


「サーコートだ、かっこいいね」


 翔がまじまじと自分の分を見て呟いた。


 亜里沙と翔の服はほとんど同じような形で、まるで制服のようだ。

 亜里沙は用意されたマントを広げた。黒っぽいが、よく見ると緑だ。


「ね、こっちもカッコいいよ。丈夫そうだね」


「うん。装飾とか凝ってるね」


 二日後から始まる旅の事を考えると不安が大きいが、見た目の良い服を眺めるのは楽しい。

 ソフィーが試着を勧めたので、翔は部屋に戻り、ロナンとイザベラはソフィーに追い立てられるように退出した。



「アリサ様は何でもお似合いですね」


「そ、そうかな」


 鏡で確認した限りではきちんと着こなせているようだ。自分が格好よく見えて嬉しい。

 翔が戻って来て、いつかのようにぎこちなくお互いを褒め合うのだった。



 その後、ロナンはサイズや着心地などを確認すると、イザベラに睨まれて居心地が悪いのか亜里沙たちとあまり言葉を交わさないまま去ってしまった。


「今日はもう大丈夫そうですが、伯爵が明日も来るといけませんから、私は明日もこちらに伺いますね」


 冗談なのか本気なのか分かりにくい言葉だ。


「えっと……イザベラはロナンと仲が悪いの?」


 イザベラは亜里沙を見てハッとしたように、笑みを見せた。


「あ……いえ、昔からの癖でつい伯爵に厳しくしてしまいますが、それは仲が悪いからではありません」


 でも、と付け加える。


「先程用心するように言ったのは本心です。伯爵は計算高く強引で、一見穏やかな人物ですが、それは相手の懐に潜り込む為の見せかけですから充分注意なさってください」


(やっぱり仲悪いんじゃ……)


 亜里沙は「私がお側にいる間はご安心を」とにこにこするイザベラに頷く事しか出来なかった。



 イザベラが去って、それぞれの部屋で元の服に着替えた後、亜里沙は再び部屋に翔を呼んだ。


 どことなく落ち着かないふたりの様子を見てか、ソフィーがある提案をした。


「庭園? 行ってもいいの?」


「はい! 温室がありますし、中で過ごせるようにもなっているんですよ」


 聞けばソフィーが亜里沙と翔の為に宰相に掛け合って、温室に出入りする許可を取ってくれたらしい。

 亜里沙はソフィーのその気持ちが嬉しかった。


「行く! 翔くんも行こ?」


「うん、行こう」


 亜里沙は喜んでいるし翔も快く頷いてくれたので、ソフィーも嬉しそうだ。


 早速ソフィーの案内で温室へと向かう。



 この城に初めて足を踏み入れた時、遠くから見えた庭園。

 美しい生垣と水路に囲まれ、ちょうど春になってもう少しすれば花々も見頃だという。


 神秘的な雰囲気のガゼボ、美しい噴水を通るだけでも楽しかったが、ガラス張りの温室に入った亜里沙の気持ちは高揚した。


 中はハーブに似た植物が植えられ、それよりも果樹が多かった。実を見るにどうもレモンやオレンジのようで、とても美味しそうだ。


「綺麗……」


 亜里沙が感嘆のため息を吐くと、ソフィーが亜里沙に耳打ちした。


「誰もいなくて良かったです。庭園は時々恋人たちの逢瀬に使われるんです」


 これは翔には言いづらい。不思議そうにこちらを見た翔に、恋人のくだりを省いて伝えた。


「確かにゆっくり過ごせそうだね」


 本でもあれば、と言いかけて翔は口を閉じた。


「あ……そっか、言葉……」


「亜里沙ちゃんなら読めるのかな?」


「どうだろう……そう言えばこの世界の文字に注目してみた事ないかも……」


 亜里沙はソフィーに事情を話した。


「城には大きな図書館もございますよ。何か本をお持ちしましょうか?」


「うん、お願い」


 温室の中でお待ちください、と言ってソフィーは城に引き返した。



 亜里沙と翔はソフィーが戻るまでそれぞれ温室の中を見て回る事にした。


 亜里沙がひとりでハーブが沢山植えられている場所に来た時、突然後ろから腕を掴まれて、情けない悲鳴が漏れた。


 振り向くと、そこにいたのはキーランだった。


「び、びっくりした……どうしたの、キーラン」


 キーランはどこか怒っているように見える。


「……どうして国王に行くって言ったんだ」


「え? 行くって、トランティアの事?」


 キーランは答えなかったが、眉間に皺が寄ったので間違いないだろう。

 腕を掴まれたまま向き直る。距離がとても近い事に気付くが、そこに言及出来るような雰囲気ではなかった。


「えっと、心配してくれてるんだよね?」


「アリサをトランティアには行かせない」


「え? でも……私が行けば、トランティアのイドルの問題を解決してくれるって」


「トランティアにはパーシヴァルがいる。ブレストルも強いし、アリサが行かなくてもその内解決する」


「だけどそれが難しいって話なんじゃないの? 王太子が戻って来れないって、エドワード様も言ってたでしょ」


 再び、キーランは黙り込んだ。目線だけで怒りを伝えてくる。だが残念ながら、心配するにしたってキーランが何故こんなに怒るのか亜里沙には分からなかった。

 そこまで強く掴まれている訳ではなさそうだが、腕が痛むような気がした。


「……キーラン、放して」


 亜里沙がやんわり振り解こうとすると、逆に両腕を掴まれてしまった。

 ぐっとキーランの顔が近付いて息を呑む。


「……僕が行ってトランティアの問題を全部片付けて来るから、もう一度国王に会ってここに残るって言うんだ」


「え? そんな事出来ないよ!」


「聖王より僕の方が力が強い」


「そ、そうだとしても……聖王様はほら、聖水とか使えるんじゃないの? キーランは無茶するじゃない。ひとりで片付けようだなんて、ダメだよ」


「アリサ……」


 今度は縋るように見つめてくる。

 確かに年下だが、その表情は子供のようだ。


「トランティアには行かせない」


 キーランはもう一度繰り返した。


「あの女にアリサは渡さない」


「あの女?」


「聖王の事だ」


 ああ、そう、と流しかけて亜里沙は目を見開いた。


「聖王様って女性なの!?」


「そうだ……あの女は魔女だ」


 ──魔女。この世界で初めて聞く言葉だ。


「魔女……?」


「魔女というのは、怪しい術を使って人を惑わしたり悪い事をする女の事だ」


 確かにそんなイメージもあるだろう。だが問題はそこではない。


「この世界に魔女がいるの?」


 キーランは一瞬言葉に詰まったが、いない、と呟いた。お話の中の存在だと聞いて、そこは同じなのかとホッとする。


「だけどあの女は魔女と言っても問題ない」


「だったら尚更、私が行かないと。報復とか、されるかもだし」


「アリサ……!」


 懇願するような瞳を見つめ返して、亜里沙は首を横に振った。


「私は行く。だから、キーランも一緒に来て」


 そして、亜里沙はあの事を思い出す。


「……そうだ、旅の途中アストラムの力の使い方を教えて欲しい!」


 キーランは、唐突な亜里沙の言葉に目を丸くした。

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