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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第二章

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イザベラ

 事あるごとに亜里沙や翔を忌避する様な言動をするエドワード。一見するとそう見えないし、考えすぎているだけかも知れない。亜里沙もこんな特殊な状況じゃなきゃ気にしなかっただろう。

 だが、ここにいる今、自分の立場、やらなければならない事についてとても敏感になっているからこそ、どうしても引っかかってしまうのだ。


 亜里沙はムッとして、つい「お気遣いなく」と言いそうになったが、これは翔にも聞くべき内容だ。


「翔くんと相談してもいいですか?」


「ああ」


 亜里沙は翔に今しがた言われた事を話した。


「……ですって。どうする、翔くん?」


 翔は目を丸くして亜里沙を見ていたが、何か察したのか小さく首を横に振った。


「俺は、王様に言われた通りにするべきだと思うよ」


 亜里沙は早速エドワードに向き直る。


「王様に言われた事ですし、その通りにすべきだと思います。私も翔くんも王様に従います」


 少し狡い言い方をしてしまった。

 エドワードは眉間に皺を寄せたが、分かった、と答えた。


「ふたりに騎士を付けよう。連れて行くのは常備軍だから普段から統率されている。僕もいる。とは言え、万が一の事もある。特にアリサは常に用心して行動するように」


 言外の意味に気付いた亜里沙は辛うじて「はい」と頷いた。



 考えてみれば、今まで見かけた騎士や兵士に女性はいなかった。

 つまり、()()()()()()も心配すべきなのだろう。


 もしかしたらエドワードは単に心配してくれただけだったのだろうか。嫌いだと物語るような目線も、単に目付きが悪いだけかも知れない。

 亜里沙は恥じ入ったが、エドワードに感謝すべきか謝るべきか迷っている間に気付いたら翔と共に執務室から追い出されてしまっていた。

 亜里沙たちが出ると、あの侍従がこちらに会釈をして室内に入って行った。


 外にメイドが控えていて、部屋に送り届けられた亜里沙は翔を招き入れて先程の話をした。


 ソフィーが三人分の昼食を用意してくれる。


「じゃあ、付けてくれる騎士はよほど信頼出来る人なんだね」


 翔は若干居心地悪そうに亜里沙を見た。


「あの……俺も男だし、あんまり信用出来ないかも知れないけど、出来る限り気にかけるようにするよ」


 亜里沙は今更ながらストレートにものを言い過ぎたと気付いた。若干申し訳なく思いつつ、頷く。


「ありがとう。翔くんも気を付けてね」


「それは……分かってて言ってる?」


 翔の驚愕したような表情に首を傾げる。


「え?」


「ああ、いや……いいんだ。キーランも同行するのかな?」


「うん……多分、来ると思う」


 これは自惚れではない。亜里沙を守る事に一種の使命感のようなものを抱いていそうなキーランが来ないのは考え辛かった。


「じゃあ俺よりキーランが用心すべきだろうな」


 翔が呟く。


「? キーランは強いから、私たちより安全そうだけどね」


「……やっぱり分かってて言ってる?」


「え?」


 不思議な問答は、苦笑した翔の「もういい」で打ち切られた。

 とにかく自分自身でも用心するよう翔からも釘を刺される。



 昼食が運ばれ、三人で食卓を囲む。


「……という訳で、ソフィー。二週間くらいかかるけど、行ってくるね」


「まあ、アリサ様。私も同行しますよ?」


 亜里沙がソフィーに事情を話すと、ソフィーは当然のように笑った。


「え!? 本当に? 来てくれるの?

……あ、いや、危ないんじゃ……色々」


「こう見えて少々心得がございます。父も兄たちも伯父も叔父も騎士でして、そういう家系ですから」


 ソフィーは得意げだ。

 だが亜里沙には剣を振り回すソフィーを想像出来ない。

 ソフィーはご心配なく、と笑った。


「いざとなったら私もおりますからね。絶対におふたりに手は出させません」


 そう言って意気込む。

 亜里沙はふふっと笑って、翔に共有した。


 翔は少し心配そうにソフィーを見ていたが、結局何も言わなかった。



 昼食が終わって少し経った頃、亜里沙の部屋を訪ねる者があった。


 亜里沙の了解を得てソフィーがドアを開けると、入って来たのはがたいがいい人物だった。

 失礼します、と言った声は女性のようだが、顔は中性的。オレンジがかった茶髪に灰色の目。翔の格好とよく似た服を着ている。

 胸があるようだが、発達した胸筋かも知れない。


 自分がセクハラな思考をしていると気付いた亜里沙はハッとして首を振った。

 その人物は亜里沙の不審な行動など気にする事なく、三人の前でピシッと立ってきっちりした会釈をした。


「イザベラ・ランドストルと申します。エドワード王子殿下からアリサ様とカケル様の護衛を拝命しました」


「ランドストル卿」


 ソフィーが挨拶すると、イザベラは笑みを浮かべて挨拶を返した。


「ソフィーさん、ご無沙汰しております」


「アリサ様、カケル様、ランドストル卿は私の憧れの騎士様なんですよ! この方が護衛に付いてくださるなら野営も獣どもも心配要りません」


 ソフィーの含みのある言い方にイザベラが小さく笑った。


「初めまして、亜里沙です。よろしくお願いします」


 振り向くと、翔も自ら名乗って会釈した。


「本日はご挨拶に伺いました。明後日からお側に付かせて頂きます。身命を賭してお守りします」


「あ……、よ、よろしくお願いします」


 重たい事を言われた気がして亜里沙が固まると、イザベラはおもむろに口を開いた。


「私が他の騎士や兵たちから、陰で何と呼ばれているかご存知ですか?」


 何だろう。

 ポカンとする亜里沙に、イザベラは微笑んだ。


「熊、です。または熊女」


「熊……」


 これはどう反応すべきなのだろうか。


「ですから、安心してくださいね。この私がお側にいる限りイドルであろうと不逞の輩であろうと、おふたりに指一本たりとも触れさせませんから」


 にっこりするイザベラを見て、熊のくだりは笑うところだったのだと悟る。

 遅れて亜里沙は笑みを浮かべた。



 亜里沙とソフィーの熱心な誘いに、少しなら、とお茶の席に参加するイザベラ。


 イザベラは28歳で独身。騎士になった件についてなど、自分のこれまでの経緯を簡単に話してくれた。

 ソフィーの話も聞く限り、イザベラは腕が立つ騎士のようだ。

 ふたりの話し振りだとやはり女の騎士は非常に珍しく、現在ではイザベラしかいないようだった。


 興味を持った亜里沙がイザベラにあれこれ質問しようとした時、再び亜里沙の部屋を訪れる者があった。



 ソフィーがドアを開ける。


 顔を出したロナンは、部屋の中の存在に驚いて開口一番言った。


「イザベラ? ここで何をしているんだ?」


 イザベラは立ち上がり会釈する。


「ご無沙汰しております、マクベルド伯爵」


 ロナンは小さく「あ」と声を上げ、姿勢を正した。


「ランドストル卿」


 不思議そうな亜里沙を振り向いて、イザベラが説明してくれる。


「私とマクベルド伯爵は同じ年に生まれた幼馴染でして、騎士を拝命したのも同じ年だったんですよ」


 伯爵はすぐに騎士を辞めてしまいましたけど、と言われて、ロナンはどこかバツが悪そうだ。

 こんなロナンは初めて見る。亜里沙の興味深そうな視線から逃れるようにロナンは小さく咳払いした。


「それで、ランドストル卿は何故こちらに?」


「エドワード王子殿下からアリサ様とカケル様の護衛を仰せつかったので、ご挨拶に参りました」


 なるほど、と言いながら亜里沙の方に一歩踏み出したロナンに、そこまで、とイザベラが手を上げる。


「それ以上アリサ様に近付かないでください」


 ロナンが眉を顰める。


「まさか……冗談だろ?」


「いいや、ロナン。お前が一番信用ならない」


 ふたりの関係性が掴めなかった亜里沙と、言葉がわからないながらも雰囲気で何となく察した様子の翔は緊張したが、ソフィーはにこにこしている。


 ロナンは、はあ、とあからさまにため息を吐いた。


「まさかまだあの事を根に持っているとは……」


「お前のした事はそれだけじゃないだろう。……いいですか、アリサ様。この男にだけは絶対に騙されてはいけませんからね。一番用心すべき相手です」


 何て事を、と、ロナンが慌てて亜里沙に弁解を始める。

 見た事のないロナンの慌てように、亜里沙は翔と目を合わせて小さく笑った。

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