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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第二章

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聖王の要求

 王への挨拶を習っておけば良かったと内心思いつつ、亜里沙は王に向かってお辞儀した。翔も亜里沙に続く。

 幸い王は気にした様子はなく、楽にしてくれ、と言った。

 室内には亜里沙と翔、王と、王の側に控えた宰相だけがいる。


「話はエドワードから聞いている。ご苦労だった」


 王は亜里沙と翔に順に顔を向ける。


「きみたちの事情も考慮せずに突然リンネアに送ってしまい、申し訳ない事をした」


「い、いえ……! 行くって言ったのは私です」


 王は緊張する亜里沙に微笑みかける。


「あれから九年か……」


 王は誰にともなく言った。

 とても静かな声で、だが何故かその言葉は亜里沙の耳に大きく響いた。


 九年前と言われれば真っ先に浮かぶのは死んだ妹の事だ。

 茉利咲の姿をしたイドルの、あんな夢を見たからか、嫌な胸騒ぎがする。

 何故王はそんな言葉を口にしたのだろうか。


「エドワードから話を聞いた後、私も思い出した事があってな」


「え……?」


「……ああ、よい。気にしないでくれ」


 そう言って、王は深刻な面持ちになる。


「記録に無い事ばかりだ。キョウコの時とも明らかに状況が違う。カケルは我らの言葉を話せないのであったな。アリサ、きみが私に話してくれるか」


 直接話も聞かず判断した事を、王は再び謝ってくれた。


 亜里沙は、はいと答えたが、自分で思ったより声が弱々しかった。

 一度小さく深呼吸して、亜里沙は口を開いた。


「私と翔くんは……来訪者、ですが……その、この世界に穢れが増え過ぎていて、女神様のご加護が弱まってしまって、今までの人たちと比べて……ほとんど、力がありません」


 王の眉間にわずかに皺が寄る。

 亜里沙はもう一度呼吸を整えて続けた。


「ふたり来たのも、力不足だから……です。でも、時間をくだされば、少しは戦えるようになります」


 まだキーランに話せていないし、恐らく、という可能性の話で終わっている事を断言してしまった。その上嘘を吐いた罪悪感がじわじわと胸の内に広がっていく。

 しかし、どのみち決意したのだ。絶対にニーズの力を引き出せるようにすればいい、と思い直す。


 ふむ、と、王は少しの間思案顔で目を伏せた。


「……女神の加護が……だがまだ、来訪者のその存在だけでイドルの活動が沈静化し、世界が安定する可能性は残っている」


「……それ、は……」


 確かにそんな話は聞いていた。

 だが亜里沙も翔も間違われたのだ。間違われた者がいくらこの世界に居続けても、穢れの方が勝手に消えてくれるはずがない。


「酷な事を言っているのは分かっている。だがアリサ、カケル。女神の加護が弱まっているのなら……尚更、どんな力でも、どんな助けでも、私はそれが欲しい」


 顔を上げた亜里沙を、王は再び見つめた。


「我々の世界の為に戦ってくれるか?」


 一瞬、息が詰まって、言葉が出ないのではないかと思った。亜里沙は小さく喉を鳴らす。


「……はい、私が、戦います」


 声も表情も言葉ほどには勇ましいものではなかった。だが亜里沙の決意は伝わったようだ。

 王は感謝する、と頭を下げた。

 翔が戸惑う空気を感じる。亜里沙も、どう返していいのか分からずただ黙って王の礼を受け入れた。


 頭を上げた王は、一瞬躊躇うようにして、口を開いた。


「……実は、きみたちがリンネアに向かった後、沈黙していた聖国から知らせが届いたのだ」


「え?」


「正確には、王太子のパーシヴァルが急ぎの書簡を寄越し、それが到着したのが昨日だ。その書簡が出されたのはアリサたちがこの国に現れた日の夜だった。よほど重要な事だったのだろう」


 一息置いて、王は書簡の内容を口にした。


「来訪者の出現を聖王が感知したらしい。理由は分からぬが、エンフルバルトに現れた来訪者をトランティアまで呼ぶよう、聖王から要求があった。それに応じるならトランティアとの国境で生じているイドルの問題を全て聖王が解決すると記されていた」


 宰相が王の言葉を聞いて顔をしかめた。

 王も深くため息を吐く。


「え……それって、私……?」


「……あの方には困ったものだ。だが我々にとっては女神の代弁者とも言える方だ。トランティアの問題はもう民の知るところとなっている。聖王が沈黙している事実は民にとって、これ以上なく不安で恐ろしい事なのだ」


 私も恐ろしい、と王は呟き額を押さえる。

 宰相が「陛下」と静かに呼びかける。王を気遣う宰相を手で制し、王は亜里沙を見つめた。


「アリサには、トランティアへと向かってもらいたい」


「そ、それは……どこにあるんですか?」


「王都から西、聖国アドアストラと、我が国カンドルヴィアの国境にある城塞都市だ。ブレストル伯爵が治めている。二週間程かかるだろう」


「翔くんは……?」


「城に居てもらってもよい。アリサに同行するのでも構わない」


 ただ、と王は続ける。


「砦は各地への補給線も兼ねているのだが、書簡を届けた者からの報告で、ある砦の状況を確認せねばならない。この際、その砦から伸びる道の一つの視察も兼ねたいと思っている」


 王は一度言葉を切って亜里沙の表情を窺ったようだった。


「イドルの出現に備える為にどんな環境であろうと砦を建てねばならなかった。今回最も険しい途上にある各砦にエドワードが騎士と兵を連れて向かう事となった。アリサにはその遠征に同行してもらう」


 亜里沙の顔が強張る。

 心なしか王の口調が和らいだ。


「……先程の話からすると、カケルは戦えないのであろう?」


「あ……は、はい。今のところは、ですが……」


 ふむ、と王は顎に手を当てる。


「私としては城に残って貰い、他の可能性を探ってもらいたい所ではあるが、互いの力不足を補う為の“ふたりの来訪者”なのだとしたら、その判断は私ではなくきみたちに任せた方がよいだろう」


「……少し……翔くんと話していいですか?」


 ああ、と王が頷くと、亜里沙はこれまでの話を翔に聞かせた。


 翔はずっと深刻な表情で聞いていたが、亜里沙が話し終わると、静かに口を開いた。


「亜里沙ちゃんと行くよ。きみと一緒にいるって約束したから」


「……うん」


 亜里沙は小さく答えると、王に向き直った。


「行きます……翔くんも一緒に」


「分かった。準備に二日程かかるだろう。ロナンにももう伝わっているはずだから、後は彼に任せるといい」




 亜里沙と翔は謁見の間を出た。

 とにかく一度状況を整理したくて、翔と話したかったのだが、まるで亜里沙たちを待ち構えていたかのようにひとりの侍従がやって来た。


「アリサ様、カケル様。第二王子殿下がお呼びです」


 この侍従はリンネア砦に聖水を運んで来た、あの時の農民の格好をしていた侍従だ。

 今は普通に侍従だと納得出来る格好をしている。


 断れるはずもなく、ふたりは侍従の後に続いた。



 しばらく歩いた後、騎士とも兵士とも違う格好の軍人がふたり立つドアが見えて来た。亜里沙と翔はそのドアの向こう、王の執務室によく似た部屋に通された。


「来たか。掛けてくれ」


 亜里沙は翔を促し、エドワードが座っているソファの向かいに腰を下ろした。


 相変わらず眼差しが強い。というより、やっぱり睨まれている気がする。


「トランティア方面で今回我々が通る道は、砦の数が少なく河川からも水場からも離れている。よって移動に馬は使わない。夜は野営になるし、イドルだけでなく獣と賊の危険もある」


 前置きも何もかもを省いて一方的に話し始めたエドワードは、そこで言葉を切った。

 亜里沙はエドワードが何を言いたいのか分からず困惑した。単に脅かそうとしている訳ではなさそうだが。

 亜里沙が真意を測っていると、エドワードが答えをくれた。


「もう陛下がお決めになったからアリサのトランティア行きは覆せない。だがせめてもう少し安全な行程で向かえるように陛下に掛け合う事は出来る」


 だから、とエドワードは続けた。


「無理して僕の遠征にくっついて来る事はない」


 亜里沙はポカンとした。その微妙に嫌な言い方は、ついて来て欲しくないという事だろうか。

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