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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第二章

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謁見の間

 亜里沙は唐突に目を覚ました。


「……っ、はぁ……っ」


 何とか息をして、薄暗い部屋の中、ベッドの上に身を起こす。


(茉利咲が……イドルに……)


 亜里沙は何度も首を横に振る。

 そんなはずがない、そう何度も言い聞かせて。


「大丈夫……夢……夢だから……! 茉利咲はあんなのじゃない……!」



 妹が、家族が亡くなるという到底受け入れられない出来事は、きっと何年経っても忘れられない記憶となるのだろう。

 だが、なぜか亜里沙には当時の記憶が無かった。

 まるで抜け落ちたように、前後の記憶ごと存在しないのだ。


 心因性の記憶障害だと言われたが、あれから九年経った今でも、事実として聞いた事でしか茉利咲の死を知らない。その場には、亜里沙もいたはずだったのに。


 だから、絶対にイドルなどでは有り得ないのに、妹の死を覚えていないからか、こうやって簡単に揺らいでしまうのだ。

 夢でイドルと化した姿を見ても、あの時助けた少女の悲鳴を聞いても──



 亜里沙はベッドの上に頭を抱えて蹲り、しばらくあれは夢だと言い聞かせた。




 亜里沙が落ち着いたのは、部屋の中に朝日が差し込んで来た頃だ。

 馴染みの体操をすると、気持ちが上を向いた気がした。



「アリサ様!」


「えっ、ソフィー!? どうしたの!?」


 案の定寝癖が付いた髪を撫で付けながら、朝食には早いが部屋を出ようとした時、ドアがノックされた。


 出てみると、そこに嬉しそうな笑みを浮かべて立っていたのはソフィーだった。


「私はアリサ様の侍女ですから! 昨晩旦那様が知らせをくださって、それでアリサ様の朝食に間に合うように馬を飛ばして参りました」


 さあさあ、と亜里沙を部屋の中に押し戻し、椅子に座らせる。


 ソフィーが亜里沙の髪に櫛を通し、あっという間に整えてくれる。


「アリサ様、カケル様も、ご無事で良かったです」


 出会った時からこの明るい声だが少し弱々しく、胸がギュッとなった亜里沙は振り返ってソフィーを見上げた。


 櫛を手にしたまま固まるソフィーの目が、少し潤んでいる。


「心配かけてごめんね。でも私は大丈夫だよ。翔くんの事も、私が守ってみせるから!」


「……はい。でも無理なさらないでくださいね」


 ソフィーは目を潤ませたままにっこりした。




 ソフィーのお陰で元気を取り戻した亜里沙は、朝食の為に部屋を出た。


 廊下でロナンと出くわす。


「おはようございます、アリサさん」


「……お、おはよう……」


 亜里沙がもごもご返事をする。


 ロナンは見事にいつも通りだ。やはりただの心配から、つい触っただけだったのだろう。



 亜里沙が再び羞恥心に襲われかけた時、キーランと翔が部屋から出て来たのが見えた。


「あ、キーランおはよう、翔くんおはよう」


 亜里沙はどういう風に言葉が切り替わっているのか全く分からないままだったので、とりあえずそれぞれに顔を見て話すようにしていた。

 キーランも翔も特に問題なく通じたようで、それぞれおはようを返してくれる。



 五人で食堂に降りる。

 ロナンがいるからか、ソフィーは同席を躊躇したが、亜里沙が強引に席に着かせてしまった。

 幸いロナンは亜里沙の行動を咎めなかったし、むしろ亜里沙が言うのだから、とソフィーを促す側だった。


 テーブルに朝食が並ぶ。

 主に亜里沙が他愛のない事をソフィーと話し、翔にも話を共有する。

 キーランもロナンも会話に参加し、昨夜よりは楽しい食事となった。




 朝食の後、集落から砦に戻り、乗って来た馬車に再び乗って城へと帰る。

 残った騎士によると、兵士たちも砦に残るのは一部だけで間もなく移動するが、エドワードは一足先に帰還したという事だった。


 ロナンが御者台に移動して、馬車の中は残りの四人が座った。

 キーランは目を閉じており、熱でも出しているのでは、と亜里沙は心配だったがまた体を掴む訳にもいかない。


 結局城に着くまでキーランは目を覚まさなかった。




 城へ着くと、早速宰相が亜里沙たちを出迎えた。

 準備をした後、昼前には王に謁見するらしい。

 亜里沙と翔は一度自室に戻って着替え、少し時間が空いたので翔を呼んで部屋で話し合う事にした。



 ソフィーは室内を整えたりお茶を用意したり、服を持ってどこかへ行ったり忙しそうにしていて、翔がそんなソフィーを興味深げに眺める。


「侍女と言っても、メイドがするような事までやるんだね」


「うん、申し訳ないくらいお世話してくれるよ」


 そして亜里沙は、昨晩ニーズと話した内容を翔に聞かせる。

 亜里沙の話の後、翔は難しい顔になった。


「女神か……そんなの、神話や伝説の中だけの存在って思ってたから、こうして異世界に来たとは言っても、いまいち実感が湧かないというか……」


「まあ……確かに」


 亜里沙はニーズのドラゴンの姿を見ているし、頭の中で会話出来るので、多少は受け入れやすい。

 翔は、そうは言いつつ、「女神はどんな人なんだろう」と色々考えているようだった。


「神様だから、人のように考えるのも違うのかも知れないけど……でも、人間がした事に歪んでしまうくらい傷付くなんてさ、ある意味情け深い神様なんだなって」


「そっか、そういう見方もあるか」


「ほら、俺たちの世界にも神様が居るとしたら、俺たちの神様はあんまり人間に関心がなさそうじゃない?」


「確かに……そう言われたらそうかも」


 亜里沙が難しい顔で考え込むと、翔がくすっと笑う声がした。

 目が合って、小さく笑い合う。


「……俺も出来る事はしたいと思ってるし、亜里沙ちゃんだけに負担をかけたくない。でも……女神が苦しんでイドルが生まれるのなら、女神を癒さないといけないって事なんだよな」


「あ、そっか……」


「そんな事、出来るのかな……」


 亜里沙は考えて、慎重に口を開いた。


「とにかく、ニーズの力を借りて、少しでもこの世界の穢れを取り除けるようにがんばる。絶対、帰れるようにしてみせる……時間は、かかるかもだけど」


 翔は居た堪れないような表情になったが、静かに頷いた。



 それからしばらくお互いの体調を気遣ったり、亜里沙の力の訓練の話をする。


 キーランにいつ訓練の事を頼むかという話になって、ふと、翔が表情を曇らせた。


「……キーランのその、声の事は、俺が聞いても良かったのかな……」


 それは亜里沙も悩んだ事だった。

 だが、もし万が一自分が側にいない時にまたあんな風に苦しんだり熱を出したりしたら、と考えると、気遣ってくれる人がもっといて欲しいと思ったのだ。


「キーランはなんて言うか、自分の事に無頓着なんだよね。だから、その……」


 翔にも、支えてくれたり気遣ってくれる人が必要だ。

 そんな状態の友人に頼んでもいいのかと今更ながら亜里沙が躊躇すると、翔は分かった、と呟いた。


「亜里沙ちゃん、大丈夫だよ。俺も、力になれるかは分からないけど、出来るだけ気にかけるようにする」


「翔くん……ありがとう」


 亜里沙の言葉に、翔は薄く笑みを浮かべた。




 戻って来たソフィーから声をかけられた亜里沙と翔は、ソフィーに連れられてホールに戻った。

 ホールには宰相がひとりで待っていた。


 ソフィーとはホールで別れ、宰相の後について歩く。

 宰相は昨日とは違う道を通って、大きな両開きの扉の前へと亜里沙と翔を案内した。



 中へ通された亜里沙は驚いた。

 ここは恐らく謁見の間と呼ばれるような部屋なのではないか。

 イメージよりは小さかったが亜里沙を充分圧倒出来る広さであり、内装も一際豪華だ。


 床から三段上に丁寧に装飾が施された椅子が置かれていて、あれが玉座なのだろう、王が座してふたりを迎え入れた。


 王はまさしく、亜里沙がイメージする王に近い格好でこちらを見ていた。


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