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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第二章

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水門へ

 エドワードが部屋を出ると当然のようにキーランとロナンもその後に続いたので、亜里沙も翔を連れて後を追った。



 砦の門の近くに大きめで頑丈そうな荷馬車があり、とても大きい木製樽が四つ積まれている。頑張れば人も入れそうなサイズだ。

 その近くに立つ、農民のような格好をした中年の男と、その後ろに全身をマントですっぽり包み隠した人が見えた。

 マントでほぼ隠れているが、見た感じは女性だ。


「エドワード様、申し訳ございません。どうしてもと仰るので……」


「いい。その話は後だ」


 エドワードはマントの女性に近付いて、声を落として何か言葉を交わしているようだ。

 亜里沙は少し離れた所に他の三人と立っていたので、話の内容は聞こえなかった。


「まさかここまで、あのふたりだけで来たのでしょうか」


 ロナンが疑問を口にする。


「何を運んで来たのか察しはつきますが、護衛も無しに不用心ですね」


「護衛を付ける方が目立つ。それに多分、必要ない」


 キーランがマントの女性を見ながら答える。

 それはつまり、あの女性が護衛の役割が出来るという事だろうか。キーランは足音だけでなくそんな事まで分かるのか。



 エドワードは話を終え、兵士に命じて四頭の馬から外した荷台に大きめの布を掛けさせた。

 ふと、亜里沙は視線を感じて振り向く。

 あのマントの女性がこちらを見ているようだった。

 しかし亜里沙が女性を見ると体の向きを変えてしまう。


 女性はすぐに侍従らしき男と馬二頭と共に砦を去って行った。



「私には違法だ何だと言っておきながら、殿下は聖水をこんなに入手出来るルートをお持ちだったのですね」


 荷台の側に立って何やら考えているエドワードに亜里沙たちは近付いた。早速ロナンがにこやかに声をかける。

 樽の中身が聖水だと聞いた亜里沙は驚いて翔に共有した。


「何を言っているんだ?」


 エドワードは冷静に言葉を返す。


「商人上がりの伯爵が取引出来るのに、僕が出来ない理由がどこにある? それを万が一の時の為に貯め込んでいただけだ」


 聖水は腐らないからな、と笑みを浮かべるエドワード。


「……オルマに私的な譲渡禁止の法が出来た頃、殿下は10歳でいらっしゃいましたけど」


「何かおかしいか? それにその法だって、オルマの王女と婚約している僕に適用されなかったとしても不思議はないだろう?」


 堂々としているエドワードにロナンはため息を吐いた。


「……なるほど、分かりました。ですがこの量で何をなさるおつもりです? あの大きさの巣には足りないと思うのですが」


「一部でも消す事が出来れば勝機はある」


 そこで再びエドワードは考え込んだ。

 亜里沙はここまでの話を翔に伝える。すると翔はおずおずと口を開いた。


「聖水の成分とか、どんな風に作用してどういう効果があるとか、そういうのは分からないけど……水門を開けて川の水と一緒に流せば行き渡らせる事は出来そうだよね。攪拌する方法が無ければ隅々まで、とは行かないだろうけど」


 亜里沙は翔に了承を得てそれをそのまま伝えてみた。


「良い方法かも知れませんね」


 ロナンが翔の考えに賛成した。


「ある負傷兵の治療に使った際、広範囲に及ぶイドルの傷が膿んで、水で洗う時に少し聖水を加えたところ、水が触れた箇所全てに効果が現れました。巣に同じ反応が起こるかは断言出来ませんが」


「……そうか、巣が川の水を吸い込むのを利用するんだな」


 エドワードの言葉にキーランが頷いた。


「少しでも聖水の力が加わればいい。後は僕がやる」


 最終的にキーランが巣を消すという事に難色を示したエドワードだが、それを言葉にする事はなかった。

 ロナンが翔に「お手柄ですね」と笑いかける。

 亜里沙がそれを伝えると翔はほんの少し安堵したようだった。



 その後は聖水をどうやって向こうに運ぶかの話し合いになり、ここから川を少し遡った場所にかかっている橋を渡るという事になった。まずは橋の様子を確かめに行くという。

 引き続き巣の火が途絶えないようにしながら、早速騎士と兵士のふたりが砦を出る。


 樽を降ろすのはキーラン、荷台を引くのはあの特別な黒い馬一頭になるそうだ。



 負傷兵の治療もおおかた終わり、エドワードを筆頭に皆それぞれ忙しそうにしていたので亜里沙と翔は邪魔にならないよう厩舎で馬たちを眺めた。


「この一頭だけ大きい黒い馬、名前はグラって言うんだって」


「へぇ……三人乗せて帰って来た時は驚いたよ。でも本当に一頭でこれを牽引出来るのかな」


 言って、翔は側にある布がかかった荷台を見やる。確かにとても重そうだが、グラを見ていると当然運べそうな気がして来る。


「それに、キーランが樽を降ろすって話だけど……」


 あまりに現実味が無かったのか、翔はそのまま黙ってしまった。亜里沙も荷台をひとりで持ち上げる所を見ていなければ信じられなかっただろう。


「それにしても翔くん、すごいね。あんな事思い付くなんて」


 心からの褒め言葉だったが、翔は居心地悪そうにした。


「俺が黙ってても誰かは思い付いたよ……」


「そ、そっか……」


 翔はハッとして亜里沙を見る。


「……あ、でも……少しは役に立てたなら嬉しいっていうか……」


「う、うん……! 自信持って! 翔くんはすごいよ」


 これも心からの褒め言葉だ。言葉も通じないのに率先して何かをしようとする姿は素直にすごいと思えるものだった。


「きみの方がだいぶ凄いけどね」


 翔は困ったように微笑んだ。



 一時間後、兵士だけが戻って来て問題なく渡れる事を確認したエドワードは早速準備に取り掛かった。


 エドワードが指揮を取り、厳つい騎士──名前はエンリクというらしい──と、キーランが向かう事になった。



「アリサ、お前も来い」


 後は出発するだけとなった時、エドワードが亜里沙に声をかける。


(デジャヴ……?)


 キーランが心配だったので、置いて行かれるなら頼もうと思っていたところだ。

 亜里沙が頷くと、ロナンがエドワードの前に進み出た。


「私の同行も許可してください」


 エドワードは眉を顰めた。


「エドワード。ロナンならアリサを守れるし、僕も安心出来る」


 キーランがロナンの加勢に入るとエドワードは早々に諦めた。


「……分かりましたよ。伯爵、同行を許可する」


「あ、じゃあ翔くんもお願いします」


 エドワードはとても苛々した様子だったが、ロナンも砦を出るのに、翔をひとりで置いて行けない亜里沙は食い下がった。


 絶対に勝手な行動はしないと約束して、結局六人で向かう事となった。

 エドワードは出発前に堀への火での攻撃を止めさせ、それに伴って再び兵士を砦の外に配置した。




 御者台でグラの手綱を握るのはエンリク。

 キーラン、ロナン、エドワードはそれぞれ馬に乗り、荷台の空いた所に亜里沙と翔が座る。


 翔は気分が悪そうだったが、最初の頃の亜里沙よりは耐えられそうだ。

 亜里沙は酔わなくなっていたので、道中はもっぱら翔を気遣って過ごした。



 一時間かけて橋にたどり着くと、待機していた騎士が一行に合流した。


 橋を渡り、四十分かけて水門までやって来る。


 川から2m程の幅で分岐した水路があり、その少し先に大きな木製の二枚の扉がV字の形で閉じ、水を堰き止めている。その水路を追うと、予定通りほとんど火が消えてしまい、禍々しい黒い煙を上げる大きな堀が見える。

 少し先まで馬を駆って様子を見て来た騎士が戻ると、荷台から聖水を取り出して水門の内側に、堀へ繋がる水路に沿って二つずつ置き並べ、短剣を差し込んで蓋を開ける。中に入っているはずの聖水は、ここから見ただけでもただの水のように見える。

 ひとりで樽を運んだキーランを翔が驚いて見つめていた。



 そしてついに、エドワードの指示で騎士ふたりが水門を開いた。

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