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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第二章

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聖水

 午後。

 堀の巣からはまだイドルが出て来るが、ずっと燃やし続けている為か、兵士たちが交代で休憩を取れるほどには落ち着いていた。


 近くの集落から農民たちがやって来て手伝いを申し出た為、エドワードはそれを受け入れた。

 農民に混じって負傷兵の手当をした亜里沙と翔。

 農民は来訪者の存在が嬉しいらしく、翔の言葉が通じないと分かっても何も疑う様子がない。

 そして亜里沙にはもちろん翔にも好意的に接してくれた。


 だが、一部の兵が時々訝しげにふたりを──特に翔を見ては何やら囁き合っていた。


 亜里沙に出来た事はさり気なく翔の盾になる事くらいで、翔の表情にはずっと陰りが見えていた。




「何故受け入れたんですか」


 強い語気でロナンが言った。


 亜里沙と翔が騎士に案内してもらった部屋に着いた時、中から聞こえたのだ。


 騎士がノックを躊躇うと、ドアが開いた。


「兄上……確認もせず開けないでください」


 苛々するエドワードに対してキーランは冷静だ。


「確認はした。足音がアリサだった」


 確かに武術の達人だとか、そういった人が感覚が鋭くなって気配を感じたり足音が判別出来たりするとか、聞いた事があるようなないような話だが、だが亜里沙はギョッとした。

 亜里沙のせいじゃないのに、エドワードの無言の視線が突き刺さる。



 騎士が下がり、ロナンは亜里沙と翔が入って来ると口をつぐむ。


「どうした伯爵」


 しかしエドワードは見逃さないとばかりに鋭くロナンを見た。


「発言を続けるといい。まだ巨大な巣と化したあの堀をどうするか具体的な解決方法が見つかっていないこんな時に、来訪者の身の安全のみを考えて僕を非難する姿はなかなか滑稽だから止める事はないぞ」


「……殿下」


「エドワード、そんな言い方をするな」


 キーランが割って入ると、エドワードは呆れたようにため息を吐く。


「この面々では僕ひとりが悪者のようですね」


 エドワードは持っていた巻物を側の机に置くと、寄りかかって腕を組んだ。


「何度も言うが今回の来訪者に力が無い事を隠したって意味は無い」


「わざわざ触れ回る事でもないでしょう」


「いいや、むしろ触れ回るくらいがいいんじゃないか? このままずっと兄上や来訪者に頼って生きていく事は出来ないだろう。まさにこの現状が物語っているじゃないか、この手厚い保護は永遠に続くものではないと。

……皆が夢から醒めるいい機会だ」


「以前から殿下の理想は知っていましたよ。それは私にとっても賛同出来るものです。ですが夢から醒めた結果失望した者がアリサさんやカケルくんに害を成さない保証がどこにあります?」


「何のために国があって、それを王族と貴族が預かっていると思ってる? お前に指摘されなくてもそれくらいの事は考えて行動している」


 しんとなった。

 だがお互い納得した様子ではない。


 ややあって、ロナンが静かに口を開いた。


「……エドワード様。貴方はまだ15歳で、成人の儀も迎えられていない」


「だから何だ? 未熟だから信用出来ないと?」


「まだ貴方は何も知らない、と言っているのです。

それに、いくら王家が策を講じた所で全てを思い通りに動かす事など出来ないという事は、お分かりでしょうか?」


「……お前こそ」


 エドワードが眉を顰める。


「今の発言がいかに危険かは、もちろん分かっているんだよな? 伯爵」


 ロナンは目を伏せた。


「……失礼しました。ただ、アリサさんとカケルくんを守る為に私の判断で動く事と、それが殿下の意にそぐわない場合がある事を申し上げたかったのです」


 再び訪れた静寂。しかしすぐにエドワードのため息がそれを破った。


「まあ、僕が未熟だとしてもパーシヴァルがいる。心配しなくてもアリサとカケルは王家が守るさ」


 キーランがパーシヴァルは王太子の名前だと教えてくれたが、亜里沙はそれどころではなかった。



 亜里沙は今更ながらに、怖くなった。

 今までも散々怖い思いをしたが、それとはまた別の恐怖だ。


 望んで連れて来られた訳じゃない。この認識は今でも変わっていない。

 だが自分たちの存在は、それだけで多くの事を歪ませる程に影響してしまうのではないか。


 翔が気にしているようだったが、これをどう説明していいのか亜里沙には分からなかった。



 亜里沙が青ざめている事に気付いたキーランが、話題を変えた。


「それで、あの堀はどうするんだ?」


 ロナンとエドワードがキーランを振り向く。


「あれほど大きいものは浄化した事がない。ただ、それでもやってみる事は出来る」


「また何の考えも無しに突っ込むつもりか?」


 エドワードが即座に却下する。


「……確かあの堀には水門がありましたよね?

水で満たせば少しは動きを制限出来ませんか?」


 ロナンの言葉に、エドワードは首を横に振った。


「それはここに到着してすぐ異変に気付いた時に、真っ先に試したさ。だがイドルを抑え込むには弱かった。それに堀が満ちる前に水位が下がり始め、それで川と分離する為に水門を閉じたが、残った水は巣に吸い込まれて、元の空堀に戻ってしまったんだ」


「ロナンは聖水を持っていただろ」


「元々そんなに多くはなかったですし、負傷兵の治療でほぼ使い切りました」


「……お前たち、よくも王子である僕の前で罪を自白したな」


 エドワードの険しい表情には大いに呆れが混じっている。

 ポカンとする亜里沙にキーランが「聖水は王室が管理し、使い道も決まっているから個人は所有しただけで罪なんだ」と教えてくれる。


するとそれを聞いたロナンがため息を吐いた。


「……キーラン。それを分かっていながら私が所有する聖水に言及したんですか?」


 そしてロナンはエドワードに説明する。


「あれは南の国、オルマに聖水を無尽蔵に生み出す泉があると知ってから」


「それはただの噂だ」


「知ってますよ」


 口を挟むエドワードに答えて、ロナンは続けた。


「……何にしてもオルマが他国に、有事の際に聖水を分け与えて来たのは事実ですから。それでギルドマスターを継いだ後に商談でオルマを訪問した際、王室の方から取引によって頂いたものです」


「やっぱり違法じゃないか」


「この国の聖水ではありませんし、私を裁くならオルマの王室の罪を明らかにしないといけませんけど」


 エドワードが黙ると、ロナンは「冗談です」と苦笑した。


「王室の者が個人的に譲渡する行為が法で明確に禁止となる前に手に入れたものなので、ご安心ください。聖水は腐りませんからね」


「……もしも」


 キーランが呟いた。


「聖水で少しでも巣を弱らせる事が出来れば、後は僕の力で浄化出来ると思う。問題は、その聖水が無い事だけど」



 再三訪れた静寂。

 今度は三人がそれぞれ思案していて、口を開く者はいなかった。



 亜里沙は翔を連れて部屋の隅に移動し、これまでの話を頑張って伝えた。

 ひそひそと日本語で話すふたりを眺めていたエドワードが机に向き合ってもう一度巻物に目を通す。


「……火ですら飲み込まれるようでは、このまま燃やし続ける事も出来ない」


 エドワードの呟きに全員が彼を振り向いた時、ドアをノックする者があった。


「殿下、侍従のテオドールが来ています」


「……来たか!」


 エドワードの表情がパッと明るくなった。

 そういう顔をすると年相応に見えるのだと亜里沙は思った。

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