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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第二章

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リンネア防衛戦

 砦に入り、亜里沙たちは騎士から、外が見渡せる歩廊に通された。

 小壁体に寄り添うようにずらりと並ぶ兵士は全員弓を持っている。

 妙に空気が暖かく、鼻をつく匂いがするのはいくつも置かれた篝火のせいだろうか。

 兵士は亜里沙たちには目もくれず、黙々と弓矢をいじっている。兵士が持つ矢の先に布が巻かれており、それをそれぞれ脇に置かれた小さな壺に浸すと木製の小さな筒のような物を被せている。


「やはり火の勢いが足りませんね」


 声のした方を向くと、少し先に弓を持ったエドワードと、側に控える中年の騎士の姿がある。

 エドワードもロナンに届きそうな程背が高いが、騎士はそのエドワードより頭ひとつ分大きかった。

 そのゴツゴツした姿で振り向かれた亜里沙は思わず足を止める。


「何しに来たんだ」


 しかし発言したのはエドワードだ。

 そしてその返答を待たず、騎士に何事か命じた。


「用意……放て!」


 騎士の轟くような声に合わせて、篝火で矢の先に火を付けた兵たちは一斉にそれを空へと放った。


 火矢が向かうのは先程遠目に見た火の壁だ。

 弓兵がいない隙間から少し背伸びして覗き見ると、火の壁となっているそこが、深く幅広く掘られた、弧を描く堀なのだと分かる。

 堀から上がる火は燃え盛り、しかしすぐに勢いが弱まって、代わりに禍々しい黒い何かが火を覆うように立ち上る。一見煙のようだが、それとは異質であった。


 堀の手前には草木も枯れ果てた黒々とした大地があり、その中心に大きな沼があった。周りを縁取るように火が燃えているが、堀と比べると弱々しい。

 そしてそこから、先程見たイドルと、時々人の形のイドルが這い上がって来る。堀の方からは炎から逃れたものが時々登って来ているようだ。

 川を渡れるのはドラゴン型の方で、人型のイドルは歩いて川を渡ろうとして、水深が深い中央辺りで水没し、こちらには上がって来れないようだ。


 川の手前に沢山の兵士が横に広がるように配されており、そこから一匹たりとも逃すまいと奮戦する姿が見て取れた。



「もう一度火球を撃ち込む」


「殿下……このままでは消耗戦です」


 何やら言いたげにこちらを見る騎士。

 エドワードは小さく舌打ちした。そして眼下で戦う兵たちを見る。

 亜里沙もつられてもう一度下を見た。


 もう一度見てみて分かった。皆、疲れている。

 よく見ると鰐のようなイドルに噛まれて倒れる兵士も少なくない。

 負傷した兵士は砦の中に避難しているようだが自力で立てない者が取り残される姿があちこちで見て取れる。動けない者を抱えて逃がす程の余裕がなくなって来ているようだ。


 たまたま視線をやった先で、倒れたままもがく兵を抱えようとして後ろから襲われ、一緒に倒れ込んだ兵を見た亜里沙は「あっ」と声を上げた。思わず小壁に駆け寄ろうとした所をロナンに制される。


「……火球の準備」


 エドワードは繰り返した。


「殿下……」


「ああ、分かってる」


 騎士は言葉を飲み込み、側防塔を見上げて「火球、準備!」と声を張り上げた。


「それで、何をしに来たんだ?」


 今度こそエドワードはこちらを見て言った。


「王命です」


 ロナンが答える。

 エドワードはため息を吐いた。


「父上は何をお考えか……」


 小さく呟いて、亜里沙と翔を見る。


「何も出来ないんだよな?」


 言葉もなかった。エドワードの発言を聞いた弓兵の一部が動揺し、騎士のいかつい顔にも微妙に困惑が混ざる。


「エドワード!」


 亜里沙の前に出るキーランにエドワードは眉を顰めた。


「この状況で、隠す意味なんかないでしょう。兄上こそいくら陛下の命だからと、己を守る事さえ出来ない者を何故連れて来たんです?

“大事な来訪者様”が巻き込まれたらどうする?」


「……そんな事にはならない。ここは僕が片付ける」


 キーランは言って踵を返した。

 エドワードは驚いて「おい!」と声を上げるが、それとほぼ同時に上がった咆哮に気を取られる。


「殿下、あれは……!」


 騎士が唸る。エドワードはそれを睨んだまま、苛つきを含んだため息を吐いた。


「あ、亜里沙ちゃん……あれ……」


 ここまで静かだった翔も、流石に驚愕の声を上げる。


 亜里沙の脳裏に初めて見たイドルの姿が蘇る。

 燃え上がる堀の中から這い出て来たそれは、あの時のイドルより更に大きく見えた。


 その巨大な一体がゆっくりと、堀の上の石壁の向こうに向かって首を伸ばす、その脇を二体のイドルが石壁に向かって這い上がった。この二体は他の鰐のようなイドルより更に大きく速く、途中で落ちる事なく石壁を越えようとしている。


 すかさず、エドワードは持っていた弓に矢をつがえ、弦を引いた。ビュンッと鋭い音がして、即座に次の矢が放たれ、また鋭い音が鳴る。矢は一瞬で見えなくなった。

 亜里沙には矢の行方は追えなかったが、エドワードの放った矢は遠く離れた二体に確実に刺さったのだ。二体は続けざまに堀の中に落ちた。

 遅れて悍ましい悲鳴が轟く。


「火球! 撃て!」


 エドワードが声を張り上げると、またギギィと大きな音がして、巨大な何かが空気を裂くような音と共にあの火の塊が側防塔の上から吐き出された。


 それは巨大なイドルの首に当たり、背を転げて堀に落ちる。イドルが悲鳴を上げて堀の中にひっくり返ると、少ししてその場で爆発が起こった。


 巨大なイドルは何かが支えになったのかすぐに体勢を整えたようだった。今度はこちらに向かって堀から這い上がり始める。


「何故止めなかった!」


 エドワードは弓を騎士に押し付けながらロナンに怒鳴った。


「私ではあの方を止められません」


 ロナンの返答にエドワードは苛々した様子だったが、それ以上言い返さず、騎士を振り向く。


「神木製の矢は、石壁を越えられる個体に使え。堀の火は絶やすな」


「え……? 殿下どちらへ!?」


 何かを悟った騎士が吠える。


「キーランを連れ戻す。何の考えも無しに突っ込んだところで、あの規模の巣を無傷で浄化出来るはずがない」


「ですが殿下に何かあっては!」


「では見殺しにしろと?」


「そ、それは……」


「待ち望んだ来訪者に力がなかった以上、最後の頼みの綱はあの人、だろう?」


「……ですから、他の者を……」


「伯爵の言葉が聞こえなかったのか? この者でも無理なのに、誰が言う事を聞かせられるって言うんだ?」


 騎士はもはや何も言えなかった。

 だが、エドワードはふと考え込む。


 少しの思案の後、エドワードは亜里沙を見た。


「アリサ、お前も来い」


「殿下、いけません!」


 今度はロナンがエドワードに声を上げる。


「僕の名にかけて無傷で連れて帰る。マクベルドはカケルと砦にいろ」


「……いいえ、承服出来ません」


「何だと?」


 エドワードの声が一際低くなり、居た堪れなくなった亜里沙はふたりの間に割って入った。


「ロナン、行かせて! 私なら大丈夫だから!」


「アリサさん……」


「知ってるでしょ、ロナン」


 それ以上は言えなかったが、ロナンには伝わったようだった。

 無言で道を開けたロナンに、翔が不安な表情で亜里沙を見る。


「行って来るね。絶対戻ってくる」


 翔は不安な顔のまま、分かったと呟いた。

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