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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第二章

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リンネア砦

 朝食を食べ終わって一度翔が部屋に戻った頃、キーランとロナンが亜里沙の部屋にやって来た。

 挨拶が済むと早速服装を褒められる。


「思った通り、よくお似合いです」


「そうかな?」


 微笑んで頷くロナンに照れ臭さを感じながら、亜里沙はキーランを見た。


 目が合うとキーランは微妙に視線をずらした。

 何だか頬に赤味がさしている気がする。


「……すごく似合ってる」


「ありがとう……」


 亜里沙は隠れてしまいたい程恥ずかしくなったので、話題を変えた。


「そうだ、王様にはいつ会うの?」


「その件でお迎えに上がりました。カケルくんは起きていますよね?」


 亜里沙は隣の翔を呼んで、そしてふたりはロナンの案内で国王のもとへと向かった。




 たどり着いた両開きの扉。左右に兵が立っており、亜里沙の緊張は一気に高まった。

 翔を見ると、やはり彼も緊張しているようで表情が暗い。


 中に通されて、亜里沙は少し拍子抜けした。



 そこは、一般的には執務室と呼ばれていそうな部屋だった。亜里沙たちの部屋より広いが、想像したような玉座みたいなものはない。

 重厚な色の事務机と、その上に広げた巻物がいくつか、壁際には本棚が並ぶ。


 椅子に座って巻物に目を通していた人物が顔を上げ、立ち上がった。



 初老の男性。側に控えている昨日の宰相よりは若く見える。

 金髪に青い瞳で、髭を蓄えていて、顔立ちはエドワードに良く似ている。

 想像していたような煌びやかな王冠や豪華なマントは無く、翔と似たような格好だ。

 こちらの方が上に着ている服に袖があり、丈が長く、より上等な生地だったが。


 この男性──国王は眼鏡を外すと机の前に、亜里沙たちの近くに歩み寄った。


 キーランとロナンが丁寧な会釈と共に挨拶し、亜里沙と翔は顔を見合わせて固まる。


「そのままでよい」


 王は亜里沙と翔にそう声をかけた。


「ユリウス・カンドールだ。形式に則って挨拶したかったのだが、今は危急の時でな。このような所に呼び立ててすまない」


 亜里沙はハッとして頭を下げた。


「い、いえ! 鈴木亜里沙です。こちらは」


「秋原翔……です」


 翔は亜里沙にならい、自分で発言した。恐らく名前なら通じると思ったのだろう。


 宰相が王に何やら囁いて、王は頷いた。


「アリサ。そしてカケルか。会えて光栄だ。……どうか、この世界をよろしく頼む」


 王は机から巻物を取るともう一度目を通し、小さくため息を吐く。


「出現しているイドルの数に、我が兵では太刀打ち出来なくなってきている。早速で申し訳ないが、カリドバレスにあるリンネア砦に行ってもらえないか」


「陛下……」


「ロナン、分かっている」


 ぐっと片手で目頭を押さえて、王は亜里沙を見た。

 よく見ると、目の下にうっすらと隈が見える。


「アリサ。報告はエドワードから受けている。どうやら今までとは状況が異なるようだ。こんな時でなければきみたちの事情をよく聞いて判断したい所だったが、今はそうも言っていられない」


 王はそう言って亜里沙と翔に向き直り頭を下げた。

 一瞬驚いた様子を見せたが、宰相も王に倣って頭を下げる。


「リンネアに赴いたエドワードを助けてくれ。この国を……我が民を助けてくれ」


 覚悟はしたつもりだったし、自分で決めた事だ。

 だが──

 エドワードからどう報告を受けてどう判断したのかは分からないが、今まさしく王が頼りにしている事について、亜里沙は自信を持って答える事が出来ない。


「今どんな状況ですか?」


 亜里沙が答えられないでいるとキーランが口を挟んだ。


 王は頭を上げ、キーランを見た。


「深夜、出来た巣がこれまでより大きく、周辺の瘴気の濃さが暗闇でも分かる程であった事から知らせが入り、エドワードがリンネアに向かった」


 そして、亜里沙に向けて説明する。


「カリドバレスには繰り返し発生するイドルの巣があり、リンネアはそれを抑える為に建造された。巣の周囲の土地は穢れと浄化を繰り返した為か不毛の地と化している。穢れとイドルによる被害を抑える為、周囲には堀が作られた」


 ふう、と息をついて、王は再度目頭を押さえた。


「堀と堀の上に築かれた石壁、そして川とリンネア砦のお陰でイドルを巣の周りに長く留めておける。だが……穢れが蓄積したせいなのか、堀が巣と化したようなのだ」


 堀が巣と化した、というのが今朝早く入った知らせだと王が言った。


「石壁のお陰でイドルは川を渡ってリンネアの方に侵攻する。ただ、巣が広がった以上イドルの出現は当然増加し、そしてそれを抑えられるだけの兵力が無い」


「聖水は?」


 ロナンでさえ険しい顔で口をつぐんだが、キーランはいつもの冷静な様子で王に問う。


「……お前も知っていると思うが、我が国の聖水はもう枯渇したも同然だと言ってよい。アドアストラとオルマからの助力に頼っていたがアドアストラはトランティアの件にさえ沈黙し、このところオルマも聖水を分け与える事に難色を示している」


 アドアストラは聖国で、トランティアは確か王太子が今いる所だが、オルマは初めて聞く。


「私が行きます、父上」


 キーランがそう言うと、国王は何やら言いたげにキーランを見ていたが、すぐに分かった、と呟いた。


「頼む、キーラン。……アリサ、カケル、キーランを支えてくれないか」


 キーランは何か言いかけたが、亜里沙は反射的に返事をしてしまった。


「はい。一緒に行きます」


 王はほっとしたように、微笑を浮かべた。


「ありがとう……すまない」


 その謝罪にはどんな意味があったのか、リンネア砦に到着した亜里沙はその光景を見て思い知ったのだった。




 カリドバレス。ここには豊かな森があった。

 森の深い所、あまり日が差さない場所にいつしかイドルの巣が出来た。

 国は幾度も巣を焼き、時には聖水を流したが、その地が穢れてしまっていた為か、森を失っても巣を永遠に葬る事は出来なかった。

 国は人々を守る為リンネア砦を建て、周囲を掘って石壁を立てた。時には氾濫した川がイドルを押し流し、海に流されたイドルはそのまま海底に沈んだ。


 だが現在、思ってもみなかった事が起こった。

 長い間人々を守って来た堀から穢れが立ち上り、そして、そこからイドルが沸き出したのだ。



 出発前、ソフィーが亜里沙と翔にマントを着せてくれた。心配そうなソフィーに見送られて、馬車が走り出す。

 亜里沙たち四人は城から出された馬車に乗って二時間走った所で砦に到着した。

 


 遠目に海が見える砦。

 砦の先、亜里沙の目の前に現れたのは、沢山の兵士が入り乱れて戦う姿だった。

 ここからだと全部は把握出来ないが、足元を這う、小さめの鰐に似たドラゴン型のイドルが複数いて、兵たちが剣や槍を次々と突き刺さしている。怒号と化物の悲鳴のようなものが空気を震わせていた。


 そして、遠く離れた先ではまるで壁のように炎が立ち昇っている。


 ただでさえ辺りが激しい音に包まれていたが、不意に側防塔の上から轟音がし、咄嗟に上を見た亜里沙の頭上を何か火の塊みたいな黒いものが横切る。

 塊は火の壁の方に飛んでいく。

 砦の上方から沢山の火矢が追従するように空に弧を描いた。


 ロナンに促され、亜里沙たち四人は砦の中に入った。

 亜里沙たちが砦の中に入った時、遠くで爆発音が鳴った。

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