夜中の騒動
夕食を三人で囲んだ。
翔が特に近代っぽいと評した亜里沙の服についてソフィーに聞いてみる。ソフィーによると、それは来訪者の、特にキョウコの影響らしい。
「アリサ様がお召しになっている形の服は特に少ないのですが、旦那様のギルドでしっかり確保していますから心配はいりませんよ!」
もう少し職人組合と仲良くしてくだされば、とソフィーはぼやいた。
確かに手際も良く気が利くが、ソフィーは随分はっきり物を言う性格のようだった。
だが、この屈託のない様子が安心出来て、もしかしたら敢えてこの人選なのかも知れない、と亜里沙は思った。
ソフィーの年齢は17歳。
王都のマクベルド邸で働いていたが、今日ロナンから話があり、すぐに城に上がったという。
話を聞いていた翔がふと質問した。
「商人ギルドか……それはロナンさんが率いている一つだけなの?」
「いえ、他にもいくつかありますよ。旦那様の所が一番大きいですが。王都にギルドは無くて、その代わりそれぞれのギルドから商人たちが集まってきます」
「ロナンさんは、かなり権力を持ってるのかな?」
「王都の議会に旦那様の席がありますからね。他のギルドも旦那様を恐れている程で、商人としても強いお立場です。何か必要な物があれば相談するといいですよ」
ソフィーは誇らしげだ。
他にも翔は興味深げに幾つか質問し、ソフィーはすらすら答えていた。
全て翻訳に徹した亜里沙だが、残念ながら亜里沙にはふたりの話の内容はよく分からなかった。
「基本は絶対王政的な主権国家みたいなのに、ギルドとか普通にいくつもあったり、一部封建制みたいだったり……思ったよりめちゃくちゃだけどどうやって成り立っているんだろう? 宗教かな?」
不思議そうな翔から意見を求められた亜里沙だが、曖昧に呻く事しか出来なかったし、何かを悟った翔から謝られてしまった。
ソフィーの実家は王都にあるという話になり、ソフィーはそこで亜里沙の様子を伺うように申し出た。
「本当ならずっとお側に控えていたいですが、アリサ様がお望みであれば通いでも大丈夫なんですよ」
言いながらソフィーは、本当はお側に居たい、ともう一度繰り返す。
亜里沙は不慣れな生活と翔の事が気掛かりという理由もあったが、何より後からソフィーがロナンに叱られる事が心配だった。
「うん、ソフィーが良ければ一緒にいて」
ソフィーの顔がぱっと明るくなる。
「精一杯尽くします! カケル様も何でも申し付けてくださいね」
言葉は通じなくてもソフィーは翔にも積極的に話しかけた。
このソフィーの明るさに翔も警戒心がだいぶ薄れたようだった。
夕食が終わり、ソフィーのお陰で寝る前の準備も滞りなかった。
流石に入浴の時は恥ずかしかったが、こちらの入浴には慣れないので仕方なく、腹を決めてソフィーの世話を受け入れる。
ソフィーには部屋が与えられておらず、ロナンが言った通り本当に寝食を共にする状態だと知った亜里沙は後悔した。
ソフィーは、ベッドの隣、床で寝ると言い出したのだ。
「や、やめて、私寝相悪くて落ちて踏んじゃうから!」
「あら! アリサ様が落ちてしまわれるなら尚更私は床にいて受け止めて差し上げませんと」
正気だろうか。
「そんな事になったら、ずっと気になって眠れなくなるよ!」
「まあ……では、どういたしましょう」
「せめてソファで……いや、ベッド結構広いし、一緒に寝よう!」
「あら」
ソフィーは嬉しそうに笑う。
「お優しいのですね。旦那様のお話の通り」
ロナンがソフィーにした亜里沙の話というものに一瞬強い興味が湧いたが、もう日は落ちたしそろそろ眠気が限界だ。
ソフィーとふたりでベッドに入る。
少し戸惑いもあったが、伝わってくるソフィーの体温が心地良く、亜里沙はすぐに微睡んだ。
「……様……アリサ様……」
ソフィーの申し訳なさそうな声に意識が浮上する。
「ん……? 何……? もう朝?」
「いえ、まだ夜中です。実は外にカケル様がいらっしゃっています。アリサ様はお休みだとお伝えしようとしましたが、その……」
亜里沙は目を擦りながら頷いた。
「……うん、分かってる。大丈夫だよ」
申し訳なさそうなソフィーに微笑んで、亜里沙は部屋のドアを開けた。
後ろに蝋燭を持ったソフィーが控える。
確かに翔がそこにいて、頼りない蝋燭の灯りでもはっきりと分かるほど、まるで再会した直後のように青ざめている。
「ど、どうしたの?」
驚く亜里沙にチラと目を向け、またバツが悪そうに伏せてしまう。
「ごめん……亜里沙ちゃん……すごく怖い夢を見て……全然落ち着けなくて」
こうして訪ねて来るのだからよほどの事だろう。
「とりあえず入って」
一瞬ソフィーに咎められるかと思ったが、ソフィーは何も言わないでいてくれた。
「何かお持ちしますか?」
翔に聞くと、翔は首を横に振った。
翔をソファに座らせ、隣に腰掛ける。自分の寝巻きが少し薄いかと気になったが、翔はまるで気付いていないようだった。
「どんな夢だったのか聞いていい?」
「それが……思い出せなくて……でも、まるで……」
両手に顔を埋める翔。ややあって、翔はポツリとこぼした。
「もしかしたら俺は、本当はどこにもいなくて……俺はもう、既に死んでるんじゃないかって気がして……」
その声があまりに弱々しく、亜里沙は不安になって翔の背をさすった。
「翔くんは生きてるよ。ほら、ここにいるじゃん」
翔は両手から顔を上げ、亜里沙を見た。
無意識だろうか、そっと手を伸ばして来たので、その手をしっかり握る。
翔も痛いくらい握り返してきた。
「……俺たち、帰れるよな?」
「帰れるよ……私が絶対そうする」
亜里沙はもう何度目かの決意を見せた。
翔の目に涙が滲む。顔を伏せて小さく頷く翔の手を、亜里沙はしばらく握っていた。
少し落ち着きを取り戻した翔は亜里沙に謝ったが、それでも自分の部屋に戻れず、結局亜里沙の部屋のソファに寝る事になった。
亜里沙はソフィーに事情を説明し、ソフィーは黙って受け入れてくれる。
それから後は、亜里沙も翔も朝まで起きる事はなかった。
朝になり、翔は青ざめて謝り倒すと部屋に戻って行った。
「アリサ様とカケル様は恋人でいらっしゃるのですか?」
顔を洗って着替える途中、亜里沙の世話をしながらソフィーがあっけらかんと尋ねてきた。
「えっ!? ち、ちがうよ! 幼馴染なの!」
小学生の頃の初恋の相手ではあるが。
ソフィーはウフフ、と楽しげだ。
「おふたり共見目麗しくていらっしゃるから絵になると思ったのですが」
肖像画を残しませんか、と、背中でスカートの編み上げをしながら冗談みたいな事を口にする。
ふと頭にキーランの姿が浮かんだ。
見目麗しいというのは、ああいう容姿の事を言うのでは?
ソフィーはちょっと、物事に好意的すぎる傾向にあるようだった。
(確かに翔くんは、イケメンだと思うけど……)
着替えが済んだ後、再び現れた翔を招き入れ、三人で朝食を摂る。
この後いよいよ、国王との謁見が待ち受けていた。




