ソフィー
「大体事情は分かりました」
亜里沙が話し終えると、ロナンが口を開いた。
「ドアの外で待機しているメイドはカケルくんの部屋付きのメイドです。今は彼の体調に配慮して外にいますが、食事の用意と部屋の清掃以外は下がっているよう言いましょうか?」
亜里沙を介してロナンの言葉を聞いた翔はどこかホッとしたように頷いた。
「……お願いします」
ロナンは翔の答えを聞いて「その代わり」と続けた。
「アリサさんには私の方から侍女を付けますね」
「えっ、侍女? 私に?」
侍女は高貴な身分の人が侍らせているイメージだ。
「ええ。アリサさんの部屋はこの隣です。侍女は貴女と寝食を共にしますが大丈夫ですよね?」
有無を言わせない聞き方に亜里沙は小さく呻く。
ロナンは少し可笑しそうに笑った。
「気が利く子を連れて来ますから。カケルくんにも気を配るよう、よく言い付けておきます。それと、おふたりの着替えも私が用意しますね」
「うん……ロナン、ありがとう」
ロナンが微笑んで頷く。
それから、キーランとロナンは部屋を出て行き、再び亜里沙と翔だけが残された。
キーランはまた明日、と若干心配そうにしていたが、ロナンは後で侍女を伴ってまた来るらしい。
ロナンが言っていた通り、メイドは食器を下げた後はそのまま戻って来なかった。
「……私たちの事、このまま黙っておいた方がいいのかな?」
「いや……いつまでも隠せないよ。もう第二王子が疑ってきてるし。でも極力伏せておきたいかな」
しばらく翔は考え込んだ。
「亜里沙ちゃんは誰が一番信用出来ると思う? その人に相談しておいた方がいいと思う」
「信用できる人?」
亜里沙の脳裏に浮かぶのは当然ここまで一緒だったあの四人だ。
ルイとベンはロナンの部下なので、相談するとなると、キーランとロナンという事になるだろう。
「俺たちの状況について、いくらでも言いようはあると思う。だけどここは異世界で、俺たちは外から来た人間で、勝手を知らなすぎる。俺たちだけで抱えていられる事じゃないと思うんだ」
不測の事態が起こった時のためにも、と翔は言った。
ルイとベンから、無茶をさせられそうならナイグラードに逃げてこいと言われた事を思い出し、亜里沙は翔に伝えた。
「本当にそれがロナンさんの意向でもあるなら、相談相手は彼がいいと思う……自信はないけど……」
「キーランは?」
「うーん……」
しばらく迷った様子だったが、翔は首を横に振った。
「良い人そうだけど、王様の息子なんだよね。それに、俺たちはこれを隠そうとしている訳だから、秘密を知る人間は少ない方がいいよ」
亜里沙は表情を曇らせた。
「……よく考えたら、キーランは、私が間違われた事を分かってるから、守ろうとしてくれてるのかも」
「それは、どういう事?」
「キーランが半分アストラムで、来訪者が来る場所についてお告げがあった、って話したよね?
その時、茉利咲の名前まで分かってたんじゃないかって思ったの。最初に自己紹介した時、茉利咲かって聞き返されたから」
亜里沙の話を聞いて、翔は少し考え込んだ。
「……その、お告げの事なんだけど」
若干言いにくそうな表情で、翔は続けた。
「てっきり未来視を神からのお告げと言ってるのかと思ったけど、多分違うよね。多分その聖王様はニーズの行動を予知してるんだ。今回のお告げに関しては、キーランもだけど」
「……どういう事?」
「だってその、茉利咲ちゃんは……」
亜里沙は言葉を濁す翔を見て、ハッとした。
「あ……、そっか、未来が分かる系のお告げなら、選ばれるはずだった茉利咲は来れないんだから、来訪者が来るなんて言わないはず……」
「うん。だから、未来視じゃない。ニーズについて、全部ではなくても予知できるって事だと思う。来訪者を連れて来るのはニーズだけって話だし、実際ニーズはこうやって俺たちを連れて来たんだから」
俺のことは予知されなかったみたいだけど、と翔。
「じゃあ、キーランは……」
「名前を聞き返したのは、単に聞き取れなかったからじゃない?」
「そ、そうか……私の事を守るってよく言ってくれるから、理由を色々考えちゃって」
「それは、好意の表れなんじゃないかな」
翔は言いながらまた少し考え込んだ。
「キーランは、話に聞いてると正直そうな人だよね。その点で言うとやっぱり、俺たちの事情を共有するのは酷な気もする」
確かに、と亜里沙は思った。
そもそもあまり人と話すようにも見えないが、隠し事が出来るタイプにも到底見えない。
それに、亜里沙を守ると言ってくれる時のキーランはどこか、思い詰めてしまわないかこちらが心配になるほど切実なものを感じる。
なぜそこまで思ってくれるのかも亜里沙にはまるで分からないのに。
「そうだね……じゃあ、ロナンだけにしておこう」
若干の後ろめたさを感じながら、亜里沙は決断した。
「それにしても、ニーズは忘れられた存在だって言ってたけど、その存在を感じ取れる人がまだいるって事なんだ……」
亜里沙はこの事をニーズに聞いてみたかったが、存在が忘れられたという話になった時のニーズの様子を思い出した。
「聞けそうな時に聞いてみるね」
翔は黙って頷いた。
それから一時間程経った時、ロナンがやって来た。
「……まだここに居たんですね」
ロナンは若干呆れ気味に亜里沙を見る。
「今は仕方ありませんが、私が帰った後は自分の部屋に戻るように」
そして、ロナンは連れて来た侍女に声をかける。
亜里沙と翔の前に進み出たのは、同じ年頃の少女だった。
「初めまして、アリサ様、カケル様。ヴァーロ家のソフィーと申します」
可愛らしくスカートの裾を持ち上げ、膝を折って挨拶をする。
そしてこちらを見て笑みを浮かべた。
長い茶髪を三つ編みにして、茶色のくりっとした瞳はキラキラと輝いている。
白い肌には薄くそばかすがあって、それが彼女を一層可愛らしく見せていた。
「これからこのソフィーがアリサさんのお側に付きます。カケルくんも何かあればソフィーに言うといいでしょう」
「初めまして、亜里沙です。よろしくお願いします」
亜里沙が頭を下げると、隣で翔もおずおずと頭を下げた。
ロナンに指示されてソフィーが亜里沙と翔の着替えの準備を始める。
「それでは、また明日伺います」
去ろうとしたロナンを亜里沙は慌てて引き留めた。
「あの、相談したい事があって」
ロナンは亜里沙の様子を見て何か察したのか、すぐにソフィーに下がるよう命じる。
ソフィーは会釈して速やかに部屋を出た。
「……何かあったんですか?」
亜里沙は翔と顔を見合わせた。
翔はどこか不安げな表情だったが、亜里沙に向かって頷く。
亜里沙はロナンを見上げた。
「実は……」
亜里沙は、自分が死んだ妹の茉利咲と間違われた事、翔も恐らく間違ってこちらに来た事を話した。
ただ、どうしてもニーズの事は話せず、相談したいと言いつつ肝心な所があやふやになってしまった。
しばらくロナンは何か考えている様子だったが、おもむろに口を開いた。
「間違われた……ですか。ではお告げが間違っていたと?」
「あ、えと、それは……」
ニーズの事を話せず慌てる亜里沙をしばらく眺めていたが、ロナンは分かりました、と、その疑問については流した。
「……それでは、おふたりは異界から来たけれど“来訪者”ではないと仰るんですね。間違われたかも知れないという確証はどちらで得たのでしょうか?」
「それは……えっと」
ロナンは穏やかに亜里沙を見下ろしているが、亜里沙はひどく緊張してきた。
「……ごめんなさい、話せないの。世界の理に触れてしまうから」
亜里沙はニーズが言っていた事を真似て誤魔化した。そんな亜里沙の苦しい言い訳にロナンが苦笑する。
「まるで聖国の司祭のような口振りですね。
……まあいいでしょう。その話を信じます」
座りましょうか、と促して、ロナンは、並んで座る亜里沙と翔の向かいのソファに腰掛けた。
「カケルくんの事はまだ分かりませんが、アリサさんには、常人では考えられない回復力があるのをお忘れではないですよね? それについてはどうお考えなんですか?」
「それは」
口を開いて、亜里沙はそのまま固まった。
これも、ニーズが関係するから話せないではないか。
ニーズにもう一度お伺いを立てようにも、起きる気配は感じられない。




