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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第一章

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フロース

 本当に通過するだけだった。

 だがエストランはロナンを非常に警戒し、側に控えていた茶髪の男に命じて“お見送り”と言う名の監視を付けた。

 監視だと分かったのはルイがこっそり教えてくれたからだ。


 ただこの男は、名をアイスナーとだけ名乗って、亜里沙たち一行の誰とも目を合わせられないと言った風に、荷馬車の横を俯き加減で歩くだけだった。


「私は商人なので言える立場ではありませんが、貴方たちの徒弟制度もなかなか厄介ですね」


「あ……」


 荷台を降りたまま歩いていたロナンがアイスナーに近付いてそう声をかけると、アイスナーはビクリと肩を震わせた。


「まだ職人と認められていないのでしょう?」


「私は……未熟ですから……」


「失礼ですがご年齢は?」


「……33になります……」


「弟子入りは?」


「15歳で……遅かったんです……」


 ふむ、と思案顔になったロナンは、しばらくして、小声でアイスナーに何か囁いていた。


 アイスナーは動揺した様子だったがそれ以上は会話もなく、こうして、アウルマルクとはお別れとなった。



 再びのどかな街道の景色が戻って来た頃、ロナンは亜里沙と同じ荷台に戻り、亜里沙に謝った。


「結果として嘘をついた事になりましたね」


 一瞬意味が分からなかった亜里沙だが、すぐに思い当たる。


「あ、本当は私を迎えに来てたっていう話?」


「ええ」


 ロナンは申し訳なさそうに亜里沙を見ている。


「えっと……聖王様が私が現れる事を予言していたんですよね?

何で分かったんでしょう?」


 別の人だったかも、という言葉は飲み込んだ。


「あの方は……」


 どう答えようか迷うロナンの代わりにキーランが答えた。


「今の聖王は在位が100年を超える人で」


「えっ」


「誤魔化していなければ、100年。でも僕はもっと長く生きてると思ってる」


 聖国は秘匿されている事柄が多いので、とロナンが補足する。

 それは飲み込むのがかなり難しいが、誰も亜里沙の理解を待ってはくれなかった。


「聖王のお告げは以前から度々あった。大半は来訪者に関するもので、大体は当たった。それもアストラムの力の一種だろう」


 キーランによると、お告げの内容は来訪者が来るという予告から、その時期、現れる場所やその来訪者の役目など様々だったらしい。


 特に来訪者が来るというお告げがあった時は、確認できる限り、全て三ヶ月以内に実現したとロナン。


「キョウコさんの時のようにお告げ自体が無い事もありましたが、来訪のお告げだけは間違った事はないんですよ」


 今回は二ヶ月前にお告げがあり、そして現れたのが亜里沙だった。


「まさかその場所がエンフルバルトだなんて思いもしませんでしたよ。どうりでマスターがやけに視察に乗り気だったわけですね」


「新たな鉱脈の報告があったからと言って、あのマスターがね」


 ルイとベンが口々に言い合って、さすがにロナンも言い返せないようだ。


「場所まで予言されてたんですか?」


 亜里沙が聞くと、いえ、とロナン。


「私も半信半疑だったんですが……キーランが間違いないと言うもので。それで、視察と銘打ってアリサさんがいらしたあの場所、エンフルバルトへ二回、足を向ける事になったわけです」


 二回目に会えましたからやはり幸運でした、とロナン。

 亜里沙が振り向くと、キーランはチラと亜里沙を見上げた。


「……今回は僕にもお告げがあったんだ。僕もアストラムの血を引いてるからな。聖王の予言ではないから、目立たないようにする必要があった」


「……そうなの?」


 キーランはああ、と頷いた。

 では、自分は間違われたわけではなかった?

 それともお告げの場所に出た事が本物の証拠というわけでも無いのだろうか。


「それにしてもマスター、あんな事仰ってましたけど、良かったんですか?

あれだけの野次馬の前で……流石に反故には出来ませんよ?」


 さっきのエストランとのやり取りの事だろう。

 ロナンはどこか投げやりな様子だ。


「どうしても諦めてくれないのだから仕方ないだろう。自治権については方法を話し合うと言ったに過ぎないし、話し合いの結果組合が参政権を得たところで、別に大した問題ではないさ」


「……マスターがそう仰るなら」


 ルイは諦めたように話を終わらせた。




 アウルマルクを出て初めての休憩で、街道がどんどんぬかるんで来た頃、再び酔った亜里沙は街道沿いにまばらに生えた木の根元に、二頭の馬が草を食む傍に座っていた。

 そこへロナンがやって来る。


「隣に座っても?」


 亜里沙が頷くと、ロナンが隣に腰を下ろす。


 少し先ではぬかるみに車輪を取られたルイの荷車がある。

 キーランが荷台を浮かせて、その間にルイが馬を操って何とか脱しようとしていた。あの怪力は何だろう。



 キーランにお礼を言うルイの大声を聞きながら、亜里沙はふと先程のロナンの投げやりな態度が気になった。


「あの、フロースって何ですか?」


 何であんなに仲が悪いのか直接聞きたかったが、その勇気はなかった。


「ああ……これですよ」


 ロナンは懐からペンダントを取り出し、それを亜里沙の手に乗せてくれた。


「えっ……! わあっ、綺麗!」


 フロースは宝石だったのか。

 繊細な白銀のチェーンの先に、2cmに満たない程の小さな雫型のペンダントトップ。これがフロースなのだろう。

 雫の周囲を支えるように白銀で飾りが施されているが、それがまた小さいのに見事だ。

 ただ、肝心のフロースの部分は少し荒削りのように見える。ちょっとごついのだ。

 それでも充分美しかった。自分の目が輝いているのが自分で分かるくらいに。


 本物は見た事がないが、例えるならダイヤのようだった。

 光の当たり具合で虹色に見え、また、フロース自体もほのかに発光して見える。──何だか既視感があるが、やはりダイヤに似ているとしか思い付かなかった。


「フロースは加工がとても難しいんですよ。通常用いられる、硬度が高い宝石を削る方法がまるで通じない」


 ロナンは水筒の中身を一口飲んで、続けた。


「そもそも生成の過程から異質で、他の鉱物や岩石の中に含まれる事がありません。純粋にフロースだけの結晶で生成されるので、周りを削る事で取り出すという方法が使えない。そして」


 こんな風に、と亜里沙とロナンの間に落ちていた細い木の枝を拾い上げると、ロナンはそれを草地に刺した。


「上から地中に向かって伸びてるんですよ、恐らく。フロースが生成された地は変質して硬くなるので、掘り返そうとしても上手くいかないんです。

……これが農家の畑の近くに生成されるような代物じゃなくて良かった」


 亜里沙の表情を見て、不思議でしょと笑う。


「まあそんな風ですから、地道に採掘するしかないのですが、硬すぎてままならない。これで商売をしようとすると実はとても面倒な宝石なんです」


 そして微笑んで、亜里沙の手の中のフロースを指す。


「それ、一般的な平民の家族四人が三年は生活できる値が付いたんですよ」


 亜里沙はギョッとしてロナンを振り向いた。

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