↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
119/187

親愛

 言われたことの意味を考えると強い怒りが湧くのを感じるが、今重要なことは他にある。


 繋がれたキーランの手に力がこもるのを感じて、亜里沙は咄嗟にキーランの腕を引っ張ると「怒らないで」と囁いた。

 そしてヒューゴを見据える。


「具体的に、ロナンの何を調べろっていうの?」


「おや、やってくれるのですか? 予想以上に協力的ですねえ」


「やるかどうかは、聞いてから判断するから」


「アリサ様」


 心配そうなイザベラに向かって首を横に振ってみせる。

 ヒューゴは目を細めて亜里沙を見たが、一度周囲を確認すると声を落とした。


「……十年前、キョウコさんの旅に護衛として選ばれた騎士が四人いたことはご存知ですよね」


「うん。ロナンとあなたと、あとふたりは亡くなったんでしょ」


「そう。死んだふたりのうち、ひとりは死罪によって裁かれました。来訪者、キョウコさんに乱暴を働いた罪で。奴を裁いたのは私です」


 亜里沙は思わず息を呑んだ。

 ヒューゴは一度言葉を切って眉を顰めた。


「だが、もうひとりについてはどうも腑に落ちなくてね。ファルクマン卿……騎士になる前、私は彼のもとでしばらく世話になっていたんです。賢く、善良な人でした」


 亜里沙は目を瞬いてヒューゴを見た。珍しく、苦々しい感情が滲んでいるように見える。


「半年間の旅を終えた後、マクベルド伯爵とキョウコさんがふたりきりで再び旅に出るまでの短い間に、ファルクマン卿は殺された。恐らく殺したのは伯爵だ。しかし、陛下がその事件についての調査を禁じてしまわれた」


 何故だと思います、と、亜里沙を見るヒューゴ。


 遠征でも思い知ったことだが、あえて考えないようにしていた。騎士の立場にあるなら、相手にするのはイドルだけではない。

 騎士や兵だけではなく、王族だって、場合によっては人を相手に戦う。


 今更咎めるつもりはないが、何も感じないほど慣れてしまってもいない。

 だから亜里沙は何事もないように装った。


「もしロナンが殺したんだとしたら、それは、国王様が命じたからじゃないの」


「いいえ、陛下が命じたのではありません。だが陛下がそれを秘匿するとお決めになったのなら従うしかない。とはいえ、理由も知らされず彼の死ごと葬り去られたのでは、忘れようにも忘れられないではないですか」


「じゃあ……その、恩人のために」


「え? 違いますよ」


 亜里沙が一瞬でも気遣いを見せると、ヒューゴは喉を鳴らして嘲笑った。


「私は、彼が殺されなければならなかった理由を知りたいんです。まあ、一応の心当たりはあるので、気になるのはその詳細なんですがね」


「心当たり?」


「簡単なことです。知ってはいけないことを知ってしまったから」


「……どういうこと?」


「旅の終盤、キョウコさんは何か重大なことを伯爵とファルクマン卿に話したそうです。そしてそれを聞いたふたりのうちひとりは殺され、ひとりはその後陛下や王太子殿下から重用される立場となった」


「それを、ヒューゴは聞かなかった?」


 ええ、とヒューゴは口の端に笑みを作った。


「私はたまたまその場にいなかった。だからこうして生きているんでしょう」


「話を聞いただけで、殺された……? じゃあ、ロナンはどうして無事だったの?」


「ファルクマン卿が殺されたのは、恐らくそれを広めようとしたためでしょう。殺害は伯爵の独断だったに違いありませんが、陛下が伯爵を生かし、黙認なさったのですから、英断だったんでしょうねえ」


 考え込む亜里沙を観察するように眺め、ヒューゴは再び周囲を確認した。

 そして亜里沙に問いかける。


「アリサさん。伯爵がフロースを溜め込んでいるのはご存知で?」


「えっ?」


 突然の質問に眉間が寄った。


「あんなに硬いものを溜め込めるほどの量を、どうやって掘り出しているのかも不思議ですが……何故溜め込んでいるのでしょう?」


 何故、と問われても亜里沙に分かるわけがない。


 フロースは女神の力が溢れて結晶化したものだ。

 小さいものなら、クルスの死骸だ。

 それはどちらも同じ、大樹の根に向かって伸びていき、やがてそれに接すると、女神に還元されて消えてしまう。

 女神の力を内包しているが、それを人間が取り出したり取り込んだり、使ったりはできないはずだ。


 結局のところ普通の人間には、とんでもなく硬い宝石で、加工が成功すれば途方もない値段がつく高級品という存在でしかない。


 もしかしたらロナンなら、フロースの正体くらいは知っているのかもしれないが。


「それは、お金儲けのためでしょ?」


「まあ、そういう発想になると思いましたがね」


「じゃあ、他には何があるっていうの?」


「私も分からないから聞いたんですが。金儲けにしたって、何故あんなに溜め込むのか不思議でね。先代のマクベルド伯爵は、フロースの採掘と加工がいずれは禁止となるよう動いていただけのはずなんですよ」


(でもロナンは、商人ギルドが独占できるようにしたって、確か言ってた)


「それを知ってどうするんだ?」


 今まで黙っていたキーランが口を挟んだ。


「お前も、フロースが女神の力が宿った結晶であることは知っているんだろ?」


 イザベラが目を見開いてキーランを振り向く。


「おおっと……いけませんね、キーラン様」


 ヒューゴは軽く言いながら、わずかに動揺したようだった。


「あれはあくまで女神がもたらした、奇跡の創造物の一つという扱いでしょう。というか、やはりキーラン様はご存知だったんですねえ」


「触れ回る意味もないから話さなかった。あれが何であろうと、普通はどうすることもできない。使い道なんか装飾品にするくらいしかないだろ」


 ヒューゴはふむ、と唸って考え込んだ。


「アリサ、こいつのことはもう気にしてやらなくていい。帰ろう」


「ええ、もうお帰りくださって結構ですよ」


 鼻で笑ったヒューゴを、キーランが鋭く見やった。

 しかしヒューゴはそれには構わず、最後に、とばかりに亜里沙に語りかける。


「アリサさんが伯爵から掴んだものであれば、どんな情報だってありがたく頂戴します。伯爵はあなたには弱いので、揺さぶりをかけるだけでも構いません。隙さえ作ってくれたら、私でもそれを突くことはできる」


 亜里沙は小さく呼吸を整えて、ヒューゴを睨んだ。


「話を聞いて判断した。やるわけないでしょ」


 ヒューゴは亜里沙の予想に反して、それを分かっていたような笑みを浮かべた。


「でしょうねえ。ですが、私とここでこうして会って言葉を交わしたことは、なかったことにはなりませんよ」


「え?」


「ああ、それと、私がどういう立場からこんなことを話しているのかは、ご存知ですか?」


「立場って……騎士じゃないの?」


 ヒューゴは思わずといった風に鼻で笑った。


「ではそれはイザベラに聞いてください」


 亜里沙は目を見開いてイザベラを振り向いた。

 イザベラと目が合い、困ったように眉を下げる顔を見つめる。


「責めないでやってくださいね。彼女は多くを知らされておりませんから。ただアリサさんとカケルくんを守ることに集中するよう命じられたにすぎません」


「ヒューゴ、アリサ様を惑わせるようなことを言うな!」


 ヒューゴは肩をすくめると、踵を返した。


「またどこかでお会いできるといいですね」


 顔を半分こちらに向けてそう言いながら、ヒューゴは路地の奥へと消えていった。



「イザベラ?」


「あ……」


 イザベラが焦ったように亜里沙を見つめる。


「アリサ様、私は偽りなくあなたの騎士です。ただ、お話ししていないことは確かにありました。お望みならお話しします。ですが、アリサ様にのみです」


 イザベラがキーランに目をやる。


 キーランは小さく息を吐くと、繋いだ亜里沙の手をしっかり握り直した。


「アリサ、ひとまず帰ろう」


 亜里沙は一度イザベラを見て、ただ頷いた。




 ナイグラードの屋敷に帰り着いたのは夕刻を過ぎた頃だ。


 亜里沙たちより先に帰ってきていたようで、自ら出迎えたロナンは険しい表情を隠さなかった。


「アリサさん。話があります」


 馬車を降りるとそう言ったロナンの声色にも、いつになく怒りを感じる。

 キーランが亜里沙を隠すように立つが、ロナンは譲らなかった。


「キーラン、邪魔をしないでくれ。必要なことなんだ」


 キーランは一度ちらと亜里沙を振り向いて、分かった、と呟いた。


「アリサを傷つけるな」


「そんなことはしない」


 ため息混じりに言って、ロナンは先に屋敷に入った。



 キーランと別れ、イザベラと共にロナンの後について執務室に向かう。


 執務室に入るも、イザベラの隣から離れたくなかった。だがロナンが無言で睨んでくるので仕方なく前に進み出る。


 この様子なら、勝手に王都に行っただけではなくヒューゴと接触したこともばれているのだろう。

 監視でもつけられているのだろうか。だとしたらヒューゴと呑気に話している間に報告されたに違いない。

 思うところはあるが、監視は亜里沙の身の安全のためなのだろう。だが問題はヒューゴがそれを知っていたことだ。

 「なかったことにならない」と言ったのはそういう意味だったのだ。



 ロナンの怒りが思う以上で、亜里沙の足は自然と止まった。それ以上動かない亜里沙に眉を顰めたロナンが、その距離を詰めてくる。


 亜里沙は驚いて、目の前まで来たロナンに身構える。


「あの男には関わるなと言ったはずだ」


 やはり、ロナンが怒っているのはヒューゴのことのようだ。いつもの言葉遣いもできないほどに。


「ご、ごめん……気をつけるから」


「あの男と何を話した?」


「た、頼みごとをしてきたけど、断った」


「何を話したんだ」


 まっすぐ見つめてくる眼差しに怯んで考えがまとまらない。


「アリサ」


 いつまでも答えない亜里沙に業を煮やしたのか、荒々しく名を呼ばれた。びくりと肩を揺らして、亜里沙は咄嗟に訴える。


「そんなに怒ってたら話せないよ」


 ロナンは我に返ったように、険しい表情が若干緩んだ。


「ああ……そうだな」


 その場で少し下がって亜里沙から距離を取ると、ため息を吐く。


「すみません、心配が過ぎたようです」


 亜里沙が心配をかけたせいで、丁寧な言動ができないほど怒らせてしまったのか。


「あの、楽な話し方をしてもいいよ」


 ロナンに申し訳なく思うと、つい口にしていた。怒っているときにまで取り繕って話すのは大変だと思ったのだ。


 いつかロナンが同じように言ってくれたことをぼんやりと思い出す。


 ロナンは不意をつかれた顔をした。そして、苦いものではあったが、小さく笑みを見せてくれる。


「……そうか。じゃあ、今はそうさせてもらおう」



 ロナンに促されて、対面でソファに腰掛ける。


「それで、ヒューゴは何を頼んできたんだ?」


 亜里沙はどう話したものか迷いに迷った。だが話す姿勢を見せたからか、ロナンは責めずに待ってくれる。


 言葉を選びながら、まずファルクマン卿のことを話した。

 話し終わると、ロナンはため息を吐いた。


「アリサはどう思う? 俺が彼を殺したことを」


「え……み、認めるの……?」


「ああ、まあな」


「何で殺したの?」


「そうする必要があったからだ。それ以上は話せない」


 亜里沙が口を引き結ぶと、ロナンは小さく息を吐く。


「カケルくんが知っているからきみにも伝わっていると思うが、俺は秘匿された議会を構成する者のひとりだ。それに関わる話だと言えば納得してくれるかな?」


「あ……詳しく話せないのは、分かった」


 落ち着かない気持ちを、膝の上で手を握って抑える。

 だとしたら、ファルクマン卿が知ったのはこの世界の秘密だろう。ロナンはもしかしたら、彼を殺したから議会のメンバーになったのだろうか。


「でもだからって、あっさり認めていいの? 私がヒューゴに話すかもしれないのに」


「いや、そんなことはしないだろ? きみは」


 どこか挑発するような言い方だ。

 亜里沙はイザベラが耳を傾けている気がして肝を冷やした。だがロナンは冷静だ。


「誰に知られたとしても問題はない。その件については実質、俺に正当性があると陛下が証明してくれたようなものだから」


「でも……」


「アリサ、今重要なのはそれじゃないんだ。きみたちを預かる身として、不信感を抱かれることの方が問題だ」


 亜里沙はロナンを見つめ返した。

 いくら考えても正しい答えは分かりそうにない。きっとそれは、仕方のないことだったのだ。


 そしてファルクマン卿が何を知ってしまったのかも、亜里沙自身が全く気にならないとは言えないが、だがそれ以上に関わってはいけないと思った。


 そして何より、出会ってからずっと助けてくれている目の前の人を、過去が原因で否定することなどできない。


 警戒を怠るなというエドワードの言葉が不意によみがえる。

 それでも、このことに関してだけは。


「不信感なんか抱いてないよ。だから、調べてって言われたことも断ったんだから」


 すると、ロナンの顔にうっすらと皮肉まじりの笑みが浮かぶ。


「あの男のことだ、俺がアリサに弱いから、きみにしかできないとでも言ったんだろ?」


 お互いのことをよく知っているようなのに、ここまで仲が拗れてしまったのか。


 返答に迷う亜里沙にふっと笑って、ロナンは話題を変えた。


「他に話したことは?」


「あ……あと一つだけ。フロースのことで、ロナンがなぜそんなに溜め込んでいるのか聞かれた」


「なぜ溜め込んでいるのか?」


 おうむ返しに呟いて、ロナンは眉を顰める。


「そんなもの、金儲け以外に何がある?」


「私もそう言ったよ。ロナンは商人なんだし」


 金儲けが好きそう、という言葉は飲み込んだが、ロナンは察したように苦笑した。


「ああ、それでいいよ」


 そして、ロナンは「さて」と言って立ち上がった。


「もう一度言いますが、もうヒューゴとは関わらないようにしてください。それから、そろそろ夕食なので着替えてくるといいでしょう」


「あれ、言葉」


「こちらもこの九年で染みついてしまっているので、先ほどのように力を抜いて話すなら」


 言いながら亜里沙のそばに立つ。


「今度ふたりきりのときにでも」


 亜里沙は条件反射で警戒した。


「もう口説くのはやめるって言ったのに」


「……そんなことをしているように見えるのか?」


 呆れたように言われて、ハッとする。

 確かにそんな雰囲気はないし、何より距離がある。


「それと、やめたんじゃなくて控えているんだ」


 差し伸べられた手を取って立ち上がると、ロナンは亜里沙に微笑んだ。


「だが、俺が今アリサに抱いているのは親しみだよ。だからそんなに身構えないで欲しい」


 そう言って、亜里沙の手を離す。



 執務室を出るとロナンはすっかりいつもの調子に戻っていた。


 ロナンと別れて部屋に上がる際、イザベラが深刻な様子で声をかけてきた。


「あ、もういいよ、イザベラ。無理に話さなくても」


「いいえ……やはり、話すべきだと思います」


 思いのほか強めに言い切られる。

 イザベラはそれきり口をつぐんだので、部屋で話すのだろう。

 亜里沙は不安を感じながらも頷いた。



 着替えのために部屋に戻る。

 そこで亜里沙は、予想だにしなかったことをイザベラから聞かされたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。