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そして私は、救済の聖女になった。  作者: 五乃ふゆ
第六章

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ソルサニア

 翌日、ソフィーが小さな巾着を用意してくれた。

 可愛らしい見た目で、丈夫なものだ。


 装飾が綺麗な細めのベルトに巾着を吊り下げられるようになっている。マントを付けない時は、亜里沙がここにブローチを入れられるようにしてくれたのだ。


 そしてソフィーは、元々亜里沙が使っていた、留め具が縫い付けられて首元で留めるタイプのマントではなく、前面の布地を肩に巻きつけるものに変えてくれた。

 これであれば、あのブローチの留め具を正しく使えるそうだ。



 午後、仕事の合間を縫って早速ロナンがマントの破損について確認しにきた。


 なぜかロナンを見て固まるソフィーに代わって、亜里沙は事情を説明した。

 そして留め具を手で引きちぎった件を聞いたロナンは、おかしそうに笑っていた。


「……あれ、でもおかしいですね」


 ひとしきり笑った後、ロナンはソフィーを見た。


「留め具の破損に備えて確かソフィーも」


「旦那様、ライアン様に叱られますから早くお戻りください」


「え? ソフィーもブローチ持ってたの?」


「あ、いえ!」


 申し訳なさそうな亜里沙にソフィーは首を横に振った。


「昨日は忘れていたので……」


 尻窄みになるソフィーを見て、なるほど、とロナンが微笑む。


「殿下がせっかく下賜してくださるから黙っていたのか。だが恐らく殿下も、何気なくそれを下さったのだろうから、そこまで気を遣わなくていい」


「……ですが」


「次からは留め具の破損程度でも隠さずに言いなさい」


 ソフィーは縮こまって、小さく「はい」と答えた。



 ロナンが退室した後、「どうして分かったのかしら」と呟くソフィーに亜里沙は抱きついた。

 無性にそうしたくなったからだが、ソフィーは驚きつつも、亜里沙の好意を受け入れてくれた。




 夜。この日、キーランは朝からどこかへ出かけていた。

 日も暮れて、そろそろ心配を通り越して不安を覚えた頃、キーランが亜里沙の部屋を訪ねてきた。


「どこ行ってたの?」


 部屋に招き入れて開口一番そう問い詰める。

 イザベラはドアの近くに立っているが、ソフィーは少し離れた位置で空気と化した。


 キーランは亜里沙の手を取ってそこに何かを乗せてきた。

 亜里沙が手を近付けて見ると、それは繊細な装飾の、上品なペンダントだった。


 ガラスとも宝石ともつかない指の先ほどの輝くそれが、何かの花を模して八重咲きの花びらを見事に表現している。こんなに小さく上品なのに豪華で、値が張りそうだ。


「……えっ」


 突然、それが自分の手のひらに乗っている事を思い出す。これは、くれる、という事だろうか?


 驚愕の眼差しでキーランを見ると、キーランは不安げに眉を下げた。


「気に入らない?」


 こんな高価そうなものにそんな事を言ったらばちが当たる。


「そういう事じゃなくて! 突然どうしたの?」


 亜里沙の顔が強張るとキーランの表情は分かりやすく曇った。


「……エドワードから貰った物なら受け取るのに」


 あんなに嬉しそうに、と呟く。

 それは、確かに嬉しかったが何か誤解があるようだ。

 亜里沙は慌てて首を横に振った。


「あれは、留め具が壊れたからっていう理由があって、そういう意味の物じゃないの」


「これも、理由ならあるよ」


 キーランがほんの少しむっとした。


「アリサがフロースを外したみたいだったから。それは、僕のためだったんだろ?」


「で、でも、こんなに高い物……」


「フロースより高い物なんかない」


 そう言われると反論できない。


 だがどう考えても、先ほどの発言といい、エドワードがくれたブローチがきっかけだろう。

 そんな風に贈られる物を受け取るのは、寂しいと亜里沙は思ってしまった。


 キーランを見上げる。

 気落ちした表情を見ると、罪悪感に苛まれる。

 自分も似たようなものだと苦い思いを感じながら、亜里沙はペンダントを両手に包んだ。


「……ありがとう。付けられるか分からないけど」


「うん……それでいいよ」


 キーランがこれで引き下がってくれた事にほっとする。

 もしかしたら、一日かけてこれを探してくれたのかも知れない。そう思うと、何とも言えない感情で胸が締めつけられた。




 翌日、再び朝からキーランがいなかった。


 朝食時にロナンから出かけたと聞いた時は、嫌な予感で食事の味も分からなかった。


(どこに行ったのかな……まさかまた昨日みたいに)


『……ないとは言えないな』


 ニーズの同意で、更に味が分からなくなった。



 午前中は翔と図書室で勉強した。


 翔は本を読みながら難しい顔で、時々何やら呟いている。


「あんまり根詰め過ぎないでね」


 翔は本から目を上げて、向かいに座った亜里沙を見ると、肩の力を抜くようにため息を吐いた。


「……確かに、そうだね」


「何を調べてるの?」


「この世界の経済とか、文明とか」


 苦手な分野の話に身構える。

 俺も詳しくないよ、と翔が苦笑した。


「あとは穢れ以外の災害、病気の歴史と、農業とか資源についても少し。こういう、自然からもたらされる事に関しては、女神の加護って本当にあるんだなって思えたよ」


 資源はオルマが特に豊かだね、と翔。


「この世界は、貨幣はちゃんとそれぞれの国ごとに統一されて流通してるんだよね。でも」


 翔はまた本に目を落として眉を顰めた。


「それにしては成長が、遅いんだ。一部が突出して進んでて、全体的には遅い。遅いというより、ある一定の状態を保とうとしているように見えるんだ」


 ページを捲りながら続ける。


「経済も文明も、意図的に抑えられてる。だから来訪者がもたらした知識もどんなに良くても時間をかけて吟味して、取捨選択してるんじゃないかって。でもそんな事考えられる?」


 翔の話を聞きながら、奥底から緊張が伝わってくる。


「こんなに貨幣でのやり取りがしっかりしてるのに、ある階層の人たちは荘園制のようなシステムの元に自らおさまって生活を続けてる。それはイドルのせいで庇護を求める必要があるからだとは思うんだけど……でも」


 再び本から目を上げて亜里沙を見る。


「何より俺が一番気になったのは、娯楽だとか、上流階級の生活面では進んでるのに、軍事技術は遅れてる点だ。この世界では特に重要だろ。だってあんな化け物……イドルがいるんだから、娯楽よりも何よりも先に発展するものなんじゃないのかな」


 亜里沙は戦いや武器には詳しくないが、それについてはヒューゴも遠征中に似たような事を言っていた。

 翔が、そして、と声を低くする。


「そういう、外部の人間でも違和感を覚えることを、この世界の大半の人たちが何も疑問に思っていないんだ。……一部の支配階級の人たちが、何かを隠そうとしているみたいな」


 それを聞いて、なぜかエドワードの顔が浮かんだ。


「あとは、航海術がどこまで進んでるのかも気になってる」


 そう言うと、翔は亜里沙を見つめた。


「あのさ……もしもの話だけど、この世界が本当は、ものすごく」


 言いかけた翔は一度口を閉じた。背もたれに体を預けながら、ふう、と息を吐く。


「……俺、何やってるんだろ……一番大事なのは亜里沙ちゃんと帰る事だよな」


 翔は静かに本を閉じた。


「あっ、ちゃんと聞くよ?」


「いや、いいんだ。こんな事聞かせたって……俺たちには背負えない事だから」


 そして翔は、別の本を広げた。


「一緒に北方の文字の勉強しようか?」


「うん……」


 亜里沙は頷いたが、集中できなかった。


 控えめに語りかけてみるも、ニーズは黙り込んでいる。だが翔の話を聞いて緊張したのはニーズだ。

 この世界の成り立ちに関係する話。以前ルチアが口にした時、パーシヴァルがそれを制止しようとした。

 あの時は触れないようにしたが、ニーズもこんなに緊張するのなら、そこには何かがあるのではないか。


『カケルの言う通り、お前が気にする事ではない。お前たちは帰る事だけ考えていればいい』


 ニーズの言葉を聞いてか、ほんの一瞬、翔の表情が歪んだ。




 昼過ぎにはキーランが帰ってきて、その時ちょうどロナンに呼ばれた。


 どうやらエドワードから連絡が来たらしい。手紙は再び亜里沙宛てに届いた。

 砦に関する事だろうから、とキーランも呼ばれ、執務室に集まった。


 手紙の中身はロナンが言っていた通りで、三つの砦の視察をいつにするかという内容だった。

 この手紙が届いた二日後から、三日かけて砦を一つずつ視察する。


 その途中で少しでも問題があれば視察を中断し、必ず報告するように、と書かれていた。


 急げば一日で全部見て回れそうだと思っていたが、そういうわけにはいかないらしい。


『もし巣ができていれば対処に時間がかかるだろうからな。恐らくそこまで大きいものはできないが、それでもお前の体には負担になるはずだ』


 つまりこれは亜里沙の力の程度を考慮しての事なのだろう。


(もう少しニーズの力を上手く引き出せれば……)


『我も協力するから、焦って突っ込むんじゃないぞ』


(わ、分かってるよ)


 亜里沙は手紙を丁寧に折り畳んだ。


「……聖王から返事が来たようですね」


「そうなの?」


「ええ。砦とはいえ、噂の影響を考慮しないわけにはいきませんから。恐らく聖王が訪問すると御触れが出されたはずです」


「あ、では私が確認しに行きますよ」


 ライアンが名乗りを上げる。


「お前は忙しいだろうから私が行こうと思ったが」


 ロナンが訝しげに見ると、ライアンは首を横に振った。


「馬を飛ばせばすぐです。出店の件でどうせ行かなければなりませんし」


 こうして明日、ライアンが王都の状況を確認しに行くこととなった。



 ロナンと少し話した後、執務室を出る。

 そこでキーランに呼び止められた。


「一緒に来てくれる?」


 振り返ると、昨夜の事が尾を引いているのか、浮かない表情のキーランがこちらを見つめていた。




 キーランに連れて来られたのは、あのガゼボだった。


「個人的な話をするから少し離れていてくれ」


 キーランにそう言われたイザベラは一瞬迷ったようだったが、結局その場から下がった。


 この空間の入り口に立つイザベラを確認して、ため息を吐くと、キーランは亜里沙を窺うように見た。


「ラティファに話したら怒られた」


 朝からラティファの所に行っていたのか。最初にラティファと会った時はそんなに親しげには見えなかった。


「ペンダントのことで。あれは、ラティファに相談したら教えてくれたことだったのに」


「そ、相談? 何の……?」


「……それは」


 言いにくそうに視線を泳がせるキーラン。亜里沙も聞きにくくなって黙った。


 キーランは再び亜里沙の表情を窺う。


「それで、アリサは花が好きだから……これを」


 確かに花は好きだが。

 キーランはマントの内側から一輪の花を取り出した。

 そんな風に持ち運んでよく傷まなかったものだが、それより気になったのはその花そのものだった。


「これ……ペンダントの花に似てる。綺麗」


 白い花。だが花びらは、その中心に向けて透き通っている。先や根元、花びら同士が集まった部分を見ると白だと分かるが。


「これは、ソルサニアという花だ。アルデスペランの花で、春になるとこっちで売られるようになる。強い花だけど、でもいずれは枯れるから……ずっと残る物の方がいいと思って」


 それで、あのペンダントだったのか。

 恐る恐る差し出された花は、一言では表現出来ないほど美しく、心が洗われるとはこういうことなのだと教えてくれる。


 亜里沙はその花、ソルサニアを、目を細めて眺める。昨夜とは違って素直に受け取ることができた。


「ありがとう……嬉しい」


 キーランを見ると、不安が溶けるように、その顔に美しい笑みが広がる。


「アリサ」


 名を呼んだまま亜里沙に見入る。


「ん?」


 先を促すと、キーランの目が眩しそうに細められた。


「きみが好きだ。あの時より、ずっと」


 亜里沙は目を見開いた。キーランの瞳から目が逸らせない。


「好きだよ、アリサ」


 泣いているような、だが花よりも綺麗な笑顔で、再びキーランが想いを告げる。

 その瞳の奥に何かが見える。小さな違和感に体が震えて身を引きそうになる。

 一瞬キーランの手がそれを阻んだような気がしたが、キーランはその場から少しも動いていなかった。

 ただ、亜里沙を見つめている。


 茎を握る手に無意識に力がこもって、我に返った。焦って目を落とすと、ソルサニアは依然として美しくそこにあった。


「……ありがとう……好きになってくれて」


 亜里沙の言葉を待つキーランに言えたのは、その表情を見ることもなく放った、ただこれだけだった。


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