※人生の精算 娼婦マーガレットの人生
次の章までしばらくジョーンは休みますねー
私、マーガレットこと、マーレーは普通の庶民の家に生まれた。
思い返しても、我ながら良い子だったと思う。
私が16歳時、13歳だった弟は近所の男の子をナイフで斬りつけるという暴力事件を起こした。
それまでにも、喧嘩で怪我を負わせたとか、女の子を追い回してその家の親に怒鳴り込まれたとかあったけれど。
両親は、家のことを手伝ったり、問題を起こさなかった私を、娼館に売って慰謝料を払うことにした。
そうしないと、弟が殺されてしまうから、と。
一番高く売れるからと、子供に身を売らせ、殺していると噂の娼館に連れて行かれた。
偉い人はにこにこと笑いながら。
「お嬢さん、もう大きいので、この金額を出すなら、三ヶ月も生きていられない壊し娼婦扱いになりますが、よろしいですか」
怖いことを言った。
親は説明を聞いていたが、息子のためだから仕方ないと呟いて私を売り払った。
親が帰り、私は残され。
副支配人、のちのち暴食のモグラだよと教えられた彼は、言った。
「あれらとの付き合いは今日絶つべきだね。マーレー。うん、マーガレットに名前を変えようか。明るく元気な花だ。君はここで変態客の相手をさせられて三ヶ月で死んだことにする。普通の娼館と、お屋敷での使用人、仕事をどちらか選べるけれど」
私は悩んだが、普通の娼館にした。父の年収3年分ぐらい私に支払われていて、普通の稼ぎでは、この人は元が取れないのではないかと思ったから。
「使用人でも生活費抜くと、だいたい9年ぐらいまじめに働いてくれれば、返済できるけれどもね。本当にこっちでいいの?」
心配してくれたけれども、偉い人の屋敷で、何か壊したり粗相したら、借金が増えてしまう。
この仕事を選んだのは、親から酷い殺され方をしてもかまわないと売られたための、自暴自棄だったのかもしれない。
まあそれでも、普通の大人の人ばかりの娼館で、最初の処女好き客が、大枚をはたいてくれて、借金の2割分が返済できて、ほっとした。
その後、似たような境遇の女の子達と暇なときにお喋りしたり、迷い込んでくる黒い子猫をとりあったりした。
初回はともかく、その後の料金はまあそんな多くもなかったけれど、最初の1年半ぐらいは客が多めについて、借金はほとんどなくなった。変な客が付いて怪我をさせられて、その後、一ヶ月客をとれなかったのが、痛かったけれど。ご主人様に綺麗になおして貰った、無料で。
まあそんなこんなで、怪我したときに猫が支配人より偉いご主人様で、たまーにくる旦那様も偉い人でと、知った。
休んだせいもあったけれど、このころになると、初々しさがないとか言われ、目新しさを求めて新人に客の大半は移りゆき、私はまあ、新人さんが早く借金を返せますように、と祈った。ここにきて二年になる前に、借金がなくなったので心も広くなっていた。
借金も返済したから自由になれるよとこちらの娼館の支配人さんに言われたが、家に帰っても、また何かあったら売り飛ばされるだろうし。
稼ぎを積み立ててくれるこちらにいるほうがまし。
客が減ったので、出入りの業者さんとお話ししたり、待合室にいるお客さんと世間話しにいったり、暇している姐さんやお嬢たちとうわさ話をしたり聴いたり。
そんなことをしているうちに、情報通になっていた。
客が減ったと言っても、7日間に12・3人はやってくるので、赤字ではない。
週に一度、絶対客は取らない日を作っているから、実際、一日二人ぐらいはきている感じ。
月の物は止めて貰っている。
赤ん坊が出来たら、買うよと言われたけれど、それは嫌だった。
親のように、仕方ないと、生かす子供を選別する、未来。
それは怖い。
常連のお客が身請けする話を持ってきたとき、私は娼館では年増になっていた。
悪い話ではないだろう。
でも、良い話でもなかった。
「お前みたいな年増、馴染みのよしみで引き受けてやるんだから、俺の優しさに感謝しろ」
冗談めかして言う。
でも、それが本音だろう。
私は
親にたたき売られて
それがようやく終わっても
どこにも息をつく場のない次の場所へ
ゆかされるような
そんな人間だろうか
「ずーっと、疲れて休みたいとき、病気で体が辛いとき、あの人、言うんでしょう。わざわざお前なんか買い取ってやったのに、地獄から連れ出してやったのに、さぼりやがる。そう親戚とかにぐちぐちと。死ぬまでそんなしんどい目に合うほど、私は悪いことしてませんよね」
ご主人様がたまたま来ていて、客を見て。
「あの男がお前のこと、愛しているのは本当だよ。ただし、あの口は直らない。親愛の情のつもりで、お前を貶め続けるだろう。マーガレット。お前は、お前の尊厳を優先していい」
私は泣いた。
尊厳。
そうか、尊厳っ!
親ですら、私の尊厳どころか生命も守ってくれなかったのに。
私は店の裏方、シーツなどを洗濯する仕事に移り、あの客の前から消えた。
だいぶ長いことあの男は私を捜してうろうろしていた。
貴方の愛の表現は私にはただの暴力でしかない。大半の女にもそうだろう。
「愛してるんだ、側にいてくれ」
ただこれだけを告げてくれたなら、一緒に生きる道もあっただろうけれど。いや、まあ、客として来ていた時も、私を下げることばかり言うから、毎度辟易していた。身請け話のときだけそんなことをされても、ただただ信用ならないだけね。
客とは会話は減ったけれど、業者や他のお仲間と情報交換はしたし、お屋敷のメイド服を着て外に出ると、馴染み客とすれ違っても、ばれなくておもしろい。
ちゃんと良いところのメイドに見えるように、お屋敷で礼儀作法を少し学ばされたおかげ。元伯爵夫人の先生からは感謝された。
「私の噂をご主人様に伝えてくれたおかげで、今こうしていられるのですから」
とのこと。
この年で読み書きも習い。
新聞が読めるようになった。時間はかかるけれど。
売られてから12年。姪っ子1歳が売られてきた。副支配人が一度だけ、私に顔を見せに来た。
弟は自分の不始末を、落ち度のない家族を犠牲にして処理できることを学んでいた。
親の失態だろう。反省させられなかったのだから。
素行の悪い息子に、なんとか嫁を見つけてきて。
結果、子供を酒代と賭け事のために売り払う。
私の、前の家族はこの結果、妻の家族親戚一同から責め立てられて、町を出て行った。治安が悪い町ぐらいしか、行き場がないだろうから、父母は早晩亡くなるだろう。弟はそちらの空気が合いそうだから生きてそう。
姪はとある村の子なし夫婦の養女になった。そこも悪魔支配下の村らしく、彼女は立派な悪魔崇拝者になることだろう。
だって、天使様や神様と違って、死んでからじゃなくて、今、手助けしてくれるんだもの。拝むわよね。
60歳ぐらいまで洗濯女を続けて、年を取らない副支配人がちょくちょく様子を見に来てくれていた。
娼館の名前も場所も違うんだけれど、所有者は同じ。
情報屋と洗濯女を引退したあと、屋敷に移って、積み立てたお金を週に一回お小遣いに貰いながら、相談役とか仲裁役として暮らし。
79歳になるちょっと前に、ご主人と副支配人がわざわざやってきたから、「ああ、死ぬんですね、私」と悟った。
振り返って。
うん、まあ、そうね。
79歳のお祝いケーキを食べ損ねたけれど、それ以外悔いはないかな。
☆ ★
マーガレットは眠りについて、そのまま起きなかった。
苦しまなかったし、なんなら自分が死んだのも気が付かなかっただろう。
悪魔達は彼女を惜しんだ。
生きながらえさせる術はあったけれど、彼女はしたいことを終えていたから、その気にならなかった。
副支配人、暴食のモグラは、
「最後まで良い子だったけれど、ここまでしてくれなくてもねぇ。世話させてよ。このまま棺に入れられる完璧さだよ」
と、文句を言った。
死後、体液が垂れないように、綿であちこち自分で栓をして、死化粧を自分でやり、気に入りのちょっといいよそ行き服を着て、ベッドでまっすぐ仰向けになって亡くなった。
「情報組織も後任作ってくれたし、本当に、親にさえ恵まれたら、表社会で幸せになれただろうに」
彼女は、裏切った家族を恨まなかったし、呪わなかった。
カイγーンが引っ張ってきた天使は彼女の魂を導いていった。
★ ☆
無夜「マーガレット、王侯貴族編ではまだ死んでないが暴食のモグラの話も少し欲しいなと」
私「副支配人。テーマ曲がポルノグラフティの『アゲハ蝶』か」
無夜「ダリアに惚れて、ダリアを看取った。今回も、マーガレットをすくい上げて、看取っていく」
私「カイγーンがジョーンを逃がさないから、対極かな」




