胃袋掴めば大丈夫
戦争への人事変更。
怠惰の数の少なさに頭を悩ませ、娼館と屋敷の厨に送り出し、村の実家には嫉妬を置いた。
「ふふふふっ。食材さん、食材さん、おいしくなーあれ」
くるくるくるっと回りながら、嫉妬が食材を一つ一つ手に取り、おいしくなる魔法をかけている。魔法というかまじないのはず。
いや、なんかよくわからないが、本当に美味しくなるので、やめさせられない。
こんなのをするから、鍋をたまに焦がすが、怠惰をのぞけば、安心して厨房管理を任せられる属性、それが嫉妬である。
ボルタ(強欲)は、モグラの肉をまるっきりの善意で厚切りにしたりするので、カイγーンは信用していない。強欲とは、そういう連中である。
悪魔の配置を戦闘できる者を領地へとゆっくり戻し、引き継ぎをさせる。
領民の大半はどんな仕事であれ、少しはやったことがあるので、人事異動パズルに混乱は少ない。
配置はジョーンと現場責任者が相談しながら行う。
ペド用以外の娼館と屋敷と村は、極論ジョーンがなんとでもできるので、医療系や書記系の悪魔が各部署数人いてくれればよい。
「久々に僕が作ったよ」
と、煮魚をメインに食卓に並べる。
実家。山の上の農家である。
よく馴染んだ木のテーブル。傷の一つ一つがいとおしい。
「ああ、いい匂いだ。港町の屋台街を思い出す」
「いつもアラを煮込む甘い匂いがしてたね」
カイγーンはせいぜい一口分しか食べない。
それ以上は胃もたれする。水分はいくらでもとれるが、こればかりは属性の持つ性。
魚から丁寧に身を剥がして、ジョーンへと差し出す。
自分の分はスープだけ椀に取る。
カイγーンは悪魔だが、問題なくジョーンと、神へ糧を与えてくださった感謝の祈りを唱和して、食事をした。
この家の持ち主だった、ヨハン・イライザ夫婦は敬虔な信者であったし、ジョーンも一応まだ、神への感謝を止めていない。
料理は変わらないが、二人はとても綺麗にナイフとフォークを使った。
カトラリーを音を立てずに操りながら、シャッキとしたサラダや、やや堅いパンをジョーンは食べていく。
カイγーンはあちこち、味の出来を確認するだけ、口に入れて頷き、お茶で口の中をさっぱりさせたあと、魚を切り分けている間に、ジョーンが絞ってくれた林檎のジュースをゆっくり飲んだ。
対面にいる者が何も食べていないのは、ジョーンも居心地が悪い。馴れたけれど。
カイγーンや食事のいらない悪魔達は、人間と会食するときや宴や祭りでは汁物やジュース、なければアルコール類を飲むことにしている。
「おいしい?」
と、カイγーンが尋ねる。
「ああ。魚のタレの甘さが丁度良い。あのころ、港町で一番の魚料理はリラ(ジョーンの仕事仲間の妻)だったが、まったく遜色ない」
「教わったからね、彼女から。次は何が食べたい?」
「漁が合えば、カレイのスープ、かな」
わざと煮とかし、カレイの味をふんだんに味わえるスープである。これもリラ直伝だ。
リラが、というより、彼女は港町で生まれ育って母親になった女で、何よりもその地の料理に精通していた。
「わかった、カレイだね」
にこにことカイγーンはジョーンが食べ終わるのを見ていた。
カレイのスープはカイγーンも一皿分飲める。一緒に食べている感じがするから、ジョーンがよくリクエストする。
ふっと、ジョーンはテーブルを見て、
「広い、な」
と、呟いた。
「6人用だからね。詰めれば8人いけるし」
老夫婦と自分たちと娘の、5人で食事をしていたから、あのころはテーブルにたくさんの皿がところ狭しと並んだ。
失ったというよりは、指の隙間からすり抜けていったような、過去の感傷。
忙しくしていると気にならないが、こんな静かで二人きりだと、記憶が蘇ってくる。
幻灯影のように。声までも。
あのころは、本当に若かった。
一度目の人生の濃厚さ、深さは、鮮明に記憶に刻まれていく。
悪魔さえ、寿命が尽きていく。
永遠なのは子爵以上の爵位持ちだけ。それとて、常に杖を奪い合う。
対面にいたカイγーンが静かにジョーンの横の席に座った。
「僕はずっと一緒だから」
カトラリーを持っていない方のジョーンの手に、自分の手を重ねた。
二人は寄り添い、食事を終え、そわそわするカイγーンに、
「寝室に行こうか」
と、ジョーンが誘った。
「にゃんにゃんにゃん♪」
黒い尾が左右にせわしなく揺れて、立ち上がったジョーンの腕に抱きつくようにしがみついて、ついていった。
無夜「もぐらはねぇ、昆虫食(みみず主食)なので、不味いのです」
私「レシピ検索すると、薄切りにして香味強い野菜類で臭み消す感じの料理が多い」
無夜「ちなみに傲慢は善意でカラフル毒茸を添えたりする。彩りほしさに。最悪なのは、タイル工場とかから塗料持ってきて入れるから。悪意ではなく、気を利かせたつもりで」
私「害虫呼ばわりされるだけあるね」
無夜「嫉妬は失敗してもだいたい食べられる。強欲は面倒だけれどリカバーできる。傲慢は、もう食べられない(泣)」
私「カイγーン、苦労してそう」
無夜「失敗作の味をなんとか立て直せるのが、長いことカイγーンだけだったから。彼は竈仲間の奥様と、イライザからレクチャーされてる。どれも、人間も食べるから、毒は駄目(ペンキとか塗料とか鉛入ってたりして猛毒)」
私「それにしても、なぜにもぐら食べてるのか? まずいのに」
無夜「畑を荒らす害獣で、わりと捕獲するけれど、ただ殺すのは可哀想だと、ジョーンが」
私「ジョーンは慈悲深いけど、面倒だねえ」




