準備期間
戦争するからしばらく音信不通になると、同盟村ないし集落に伝えたところ、元奴隷50人が駆けつけてきた。
あと、長の祖父時代から同盟を組んでいたらしい毒の森北西統合村の住民も。
カイγーン領が負けると、自分たちでは太刀打ちできないため、ここで新興勢力を食い止めねばならないと、悲壮な覚悟で。
馳せ参じた元奴隷たちの他の150人ぐらいはもっと砂漠の深いところに移動したという。
「毒の森も生命力削ぎまくるけれど、砂漠も生きるの難しそうなのに」
と、カイγーンは呟いた。
悪魔は暴食と強欲以外は基本的に水分だけで生きていける。だが、砂漠にはその『水』がない。
結果的には、移動した連中は二度と姿を見せなかったし、音信も絶たれた。
生き抜いたとしても、元奴隷は男しか居なかったので、50年で完全に消えてしまう。
参戦の表明はシルヴァーからもあった。
最後の領民、最後の眷属ミディーはおだやかに苦痛なく命を終わらせ、薄い板のような角の根本部分だけ残して消えていった。
戦争前に72人+元からいたシルヴァーが完全に領民となったものの、基本的にただ殴り合うような戦闘力があったのが、シルヴァーのみだった。
感傷気味の、男性の姿のままの彼女にあれこれ聞かない出来たが、苛烈な拷問やら陵辱を受けた理由は、なんとなくわかった。
百合の楽園
女悪魔しかいない領地で、王子様(女)であったシルヴァー、という。矢面に立つ立場でもあった。
生める女が足りなくて領民が減り行き、焦っていた連中にとっては腹立たしいだろう。
生ませないなら寄こせ、と。
それも乱暴な話だが、拒否して戦い、負けて見せしめ的に痛めつけられ続けた、と。
あとは、シルヴァー領の服に関しては、セパレートだった。上半身分一枚布(長方形。長め)を巻き付け、下半身は巻きスカート風。
「こんなに複雑な服は着てませんでした。そもそもが、針がありませんし。糸は魔法で出せたり、繊維質な草や木から採れたり、造ったり出来たので、織りはしたのですが」
カイγーンの庇護下に入って「刺繍、なにそれ?」「え、服縫う???」という感じで、初めて縫製に触れたらしい。
女性のみの領地でもそんなのである。
毛糸を編むような感じも出来るので、被服はただ、『編む』『織る』して、巻き付ける、という。
で、その服に『強化』『保護』な魔法をかけて、子や知り合いに譲っていく。
服のことはともかく、領民が増員されても後方支援ばかり増えたが、はそれ。
「とりあえず、全員、魔力過多起こしていこうか」
カイγーンが通貨をぶん撒いた。
領民になったばかりの者は暴れる者も出たが、魔法無効の広場に集められていたので、鹿とオオアリクイの二匹の対応で、どうとでもなり。
シルヴァーは殴り書きでやたらと書式を生み出した。
いくつかは、帳簿に採用された。
帳簿を見ていて「ここをこうすればいいのに」と思っていたけれども、新参者だからと遠慮していたのが、理性が眠ったので、思いつくままに、書類定型文や書きやすい帳簿などなど作っていき。
半日で戻ってきて。
二日休んで。
また上銀貨を食べて、ヒャッハーと書き殴っていた。
「ああ、清書がいる」
「傲慢の、字だよねえ」
脱字と潰れ字の多いそれを、ボルタと暴食が整えていった。魔力過多で理性がなくなった傲慢は、本当に書くのは早い。ただ、他の人たちがそれ、読めないんだよねえ。
同時に、カイγーンと何人かの悪魔の体に影響を与えられる肉体改造魔法持ちは、新規領民の足を治していった。
獣性が足に出やすく、そして鳥獣は4本指が多い。
されど人間は5本指。
結果、変な位置に親指がぶら下がっているので、切り落としてしまうことが多い。
人間の足で言うと、踝の上ぐらいの位置が出やすい。
普通に走って、引っかけたり、歩いていて何かにぶつけたり、親指の爪で、自分の足を傷つけてしまったりするので、邪魔すぎるのだ。
それを復元する。
生後7週間目に与えられる姿は当人にとって、最高スペックを生むための形であるので、2本も指を切断すると1割ぐらい力を失う。
足の内側に生えた、邪魔な親指をぴたっと足に添わせて、中に沈め込ませる。見た目的には爪の真珠光沢が覗いているぐらいで、指は完全に同化している。
多少は世界が与えた完璧な形から離れて力が失われるが、切り落とすよりは断然、力の削減量が違う。
そうやって、地味に整える。
そんなことをやっている間に、ジョーンは礼儀作法の夫人と屋敷の庭を歩いていた。
デートっぽいが、そんなに甘くない。
戦争前で屋敷の空気も浮き足立っていて、ジョーンもつられてそわそわしているので、夫人から
「背筋が伸びてません。ああ、いけません。それでは反らしすぎ。顎が上がっています。正面を見て」
と、注意が飛ぶ。
ジョーンの全体が把握できるように夫人は5歩以上後ろをついていく。
並んでは歩かない。
多少の障害物。タイルの段差。ちょっとした小石。
それらをよけるために、動く目に対しても。
「視線が揺らいでます。いけません。それは頼りなさ、自信のなさを相手に与えてしまいますよ」
「なぜ、真後ろにいるのに、視線まで分かるんですか?」
「私を誰だと思ってるんです」
「先生です」
「だからです」
着実にジョーンは変わった。
身長はある。最初は荷運び、その後農夫と、肉体を使う職であったので、腕も肩も背筋も腰付きも頑強だった。
それでも、気弱そうな自信のなさは、相手から侮らせた。
今、彼は寛容な紳士である。
気弱と寛容では、まったく違う。
『鬱蒼なる青』というこの世にありえぬ濃紺の紳士服を纏い、それを着こなせるようになった今、貫禄ある紳士が、鷹揚で寛容そうな表情をして、歩いてくる。
絡んでくる者はいなくなった。
たまに、教育係の夫人の調整が必要だが、生まれながらの洗練された貴族と見劣りしない。
「ジョーンっ」
と、紳士服を着たカイγーンが跳ねるようにくる。
今はもう年齢差的に、親子ぐらい離れて見える。それでも、ぴたっと噛み合う。
「準備は整ったから。しばらく一緒にいようよ」
夫人は数歩下がり、二人を見守る。
旦那様の前だとご主人は借りてきた猫みたいにかわいらしいが、旦那様が居ないときはチンピラである。いや、チンピラどころか裏社会のボスっぽい。
旦那様はそれも可愛いらしい。
そうですか、可愛いんですか、そうですか。
旦那様は心が広いですね、と思った。
★ ☆
無夜「そういえば、明記してなかった。『眷属』とは、主君と戴いた爵位持ちの悪魔の通貨を定期的に食べて、その影響下にあること。『領民』とは、爵位持ち悪魔の領地に住んでいること」
私「カイγーン領だと、生後7週間以降の悪魔はみんな『眷属』かな」
無夜「一年ぐらいは食べないといけないから、ティリクム嬢たちは『見なし眷属』かな。銀貨を直に食べさせられない(魔力過多が酷すぎて正気に戻れない)から、リムとかが両替したの食べてる。両替すると、だいたい『元主70%』『両替主25%』ぐらいの影響になるになる」
私「5%はどこへ?」
無夜「なんか、消えちゃうんだよ」




