第四章「陽はまた昇る①」
「さてこれからどうすればいいんだろう」
早朝の涼やかな微風を肌に受けながら、空海は呟いた。
生まれ育った町は、一夜にして死に絶えた。
それは決して珍しいことではなかった。
今や、この世界は未曾有の方向に変化していた。
それは6年前の町そのものが消える神隠し事件から端を発する。
口火が切られたのは、多数の島から構成されるインドネシアからであった。
その後、インド洋や大西洋岸を横切って、コンゴ・ウガンダ・コスタリカ・コロンビア、そして次には、アメリカ・カナダ・ロシア・フランス・イタリア・イギリス・中国・北インド・東部および中部ドイツの全域へと飛び広がっていた。
まるでインフルエンザなどの感染病のように、とどまるところを知らぬ勢いで、世界を形骸化させていく。
つい先だって公表された統計によると、この世界の人口は6年前に比べて、ざっと6億人は少なくなったとのことだった。
今、自分は世界が崩れ落ちていく瞬間を見ているのだろう…
そんなことを思いながら、空海は三日月墓地の中でも、特にお気に入りの場所へと歩を進めていった。
いつもの墓石に腰を下ろし、空を見上げる。
すると青白い輝きを放つ死霊達が近づいてきた。
今日は空海の傍らに顔を揃えても、皆無言であった。
皆、死人のように静かに、傍で空海を見守るだけであった。
時間は経過し、青い静謐が続いていた。
ふと空海が思いついたように口を開いた。
「そうだ。良いものをもらってきたよ。これは虹のマグカップなんだって。これを割ってみようよ。きっと最高の虹が架かるはずなんだから」
空海は持っていた虹のマグカップを惜しげもなく地面へと叩きつけた。
するとどうだろう。
これまで空海が見たこともないほどの大きくて綺麗な虹が、朝焼けの空へと鮮やかに架かった。
虹色の絹が華麗に刺繍を施したかのようである。
「うわー綺麗だね…」
空海の頬から涙が伝った。
蛇の死霊がスッと身体を、空海の顔のそばまで引き伸ばし、空海の頬に伝い落ちる涙をチロッと舐めた。
頭巾を被った三人の小人たちが、空海を励ますように躍り跳ねた。
空海は微笑し、涙を拭った。
「いつかエドガーさんやキケロさんにお礼を言わなきゃね。こんなきれいな虹を見せてもらったんだし」
「僕もお礼を言いに行っていいかな…?」
それは死霊たちの声ではなかった。
空海は驚く。
そして声のする方に首を向けた。
陸であった。
陸が少し恥ずかしそうな顔で、空海の方へと近づいてきた。
「なんで…?」
空海は思わず、そう尋ねずにはいられなかった。
陸が死んだことは、帰りの道中にエドガーから話を聞いていた。
陸は答える。
「僕にも分かんない。車が向かってきたところまでは覚えているんだけど…」
すると、この墓地の最古参の死霊が言った。
「もしかすると町は生き返ったのかもしれない」
二番目に古い死霊が言った。
「さぁ空海、早く家に帰ってみて」
それを聞いた瞬間、空海は家へと思い切り駆け出した。
午前6時。
息を切らしながら、玄関のドアを開ける。
「お帰りなさい」
母親の声がした。
空海は泣きながら、母親の胸に飛び込んでいった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時刻は茜さす午前6時。
陸は空海の走っていく後ろ姿を見送った。
軽く目を閉じる。
そしてゆっくりとその瞼を持ち上げた時には、思わず会心の笑みをこぼしていた。
まさかこんなに上手くいくとは思わなかった。
いくら生身の身体があったからといって、こんなに容易く蘇ることができるなんて。
運命の神の悪戯か?
それは陸ではなかった。
陸の身体を媒体にして新たに蘇った、この墓地の死霊の一人。
鎖蛇の死霊が身体をくねらせて、シュウシュウと歓喜の声を発す。
黒い頭巾を被った三人の小人たちが、墓石の上で狂い喚く。
「私は再びこの生の陸路を歩んでみようと思う。まあこんな世の中では、いつまで生きることができるかも分からないがね」
と、陸(死霊)は言った。
蓮華座を組んで空中に浮揚している、この墓地の最古参の死霊が言った。
「これから先、お前がどんなに闇の曲がり角を曲がろうと、我々、三日月の月影はいつまでもお前を照らし続ける」
二番目に古い死霊が、頑丈な腕で陸の行くべき方向を指差しながら言った。
「さぁ早く行って」
陸(死霊)は自分の胸に軽く手を置いて、その場にいる死霊皆に礼を述べた。




