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大学時代の友達に会いに行くと、妻は言った。僕も知っている友人なのか、尋ねようとする前に、「修は会ったことない子なんだけど」と、さらりと身をかわすように言った。
僕も、なるべく重い空気にならないように、「気をつけて」と、笑顔を作る。
カーペットに座りながら、取り込んだ洗濯物を二人で畳んだ。何か作業をしながらの方が話しやすい。
それはきっと、嘘をついている妻も同じだった。
妻が会う約束をしているのは僕、正確に言うと、妻に隠れて作ったSNSのアカウントだ。
隣で作業をしながら、妻の方を見る。
日が沈んでから随分経ってから取り込んだので、ひんやりと冷たい。
バネの強いステンレスの洗濯バサミをハンガーから取り外そうとするが、弾かれたように、指から離れた。指先に上手く力が入らないようだった。
僕の方だけ早く作業が終わってしまい、急かしてしまわないように、わざとゆっくり、丁寧にTシャツを折りたたむ。
だが、そうしている間にも、妻は何度かバスタオルを落としては、ぎゅっと唇を結んで、ただ黙ってそれを拾い上げた。
今になって思うと、妻に起こった最初の異変は、物を落とすことが増えたことだった。
上手く力が入らない、重い物を長時間持ったあとのように、手がプルプルと震えて、しばらく使い物にならなくなるような状態だ。
診断が下りてから、専門書や資料をかき集めた。知り合いの制作会社から取り寄せた動画の中で、この病気は人類の想像力のはるか上をいくものだと、壇上の医師は語っていた。
決して大袈裟な表現ではないと、会場に集まった人たちも感じているだろう。
僕が見ていたのは、ALSフォーラムの映像だった。
ALSー筋萎縮性側索硬化症、運動神経が徐々に壊れていき、少しずつ身体が動かなくなる難病だ。
さらに残酷なのは、多くの場合、知覚神経と自律神経は保たれたままであるという点だ。
意識、痛みや痒みなどの感覚はそのまま残りながら、身体だけが動きを止めてしまう。
やがて歩けなくなり、言葉も失い、食事さえ飲み込めなくなる。
そして、ベッドに横たわったまま、最後には呼吸筋が力を無くし、窒息の恐怖に怯えながら過ごす。
生きたまま、地中深くに埋められた棺の中にいるようだと、当事者の男性が例えていた。
積み上がったタオルを受け取ると、冬の風に長くさらされたせいか、ひんやりと冷たい感触が伝わってきた。
膝下に置いていた、スマートフォンの通知が点滅していた。タオル類を脱衣所に運ぶついでに、スマートフォンを手に取って立ち上がる。
「明日」
妻を見下ろしながら、切り出した。
「夕方には帰れると思うから、待ち合わせ場所まで送って行こうか?」
「大丈夫」
妻は顔を上げず、即答した。
「最近、あんまり転んでないし」
あんまりって、よく考えたらやばいけど、と声だけで笑い、顔を伏せたまま、Vサインを自分の頭の上に作って見せた。
転ばずに歩くコツを覚えたから大丈夫、少し前にそう言っていたが、Vサインを作ろうとしながらも、力無く震える人差し指と中指が悲しかった。
それには気付かないフリをして、「もし何かできることがあれば言って」と、普段、自分がどのように振る舞っていたのか、思い出しながら、できるだけ自然に振る舞った。
『今度、直接会えませんか』、妻からDMが届いた時には、当然、理由をつけて断ろうとした。
だが続けて、メッセージが届いた時、返信を書く手が止まった。
仕事の癖で、問い詰めるような聞き方にならないように、何度か推敲して、返信を送った。
脱衣所の衣装ケースに、折り畳んだバスタオルを重ねて収納する。ケースからはみ出したタオルを、引き出しに入れ直した。
なぜだろうか、その瞬間、不意に全てが虚しくなった。
こんなことをしている場合なのか、自分でも分からない。普段通り仕事に行って、家事をして、いつもと同じような時間に眠る。
もっと、やるべきことがあるのではないかという焦りが、頭の中から離れない。
これまでの人生について語り合って、最後の時を分かち合う。もっと相応しい時間の使い方があるのではないか。
一番大切な人が、もうすぐいなくなるのに、僕は今、洗濯物を畳んでいる。
考えることから逃げるために、スマートフォンを確認した。
仕事のメールが数件、未読で溜まっていたが、その中にディレクターの遠藤さんからのものがあった。
電話は、母親が安楽死をしたいと希望する、田所さん家族への取材の件だった。
母親が希望していた、スイスの安楽死団体から、渡航の許可が下りたと書かれていた。




