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「注文はどうしますか?」
目が見えない蛍さんの代わりに、何か注文しようと、タブレットを操作しながら尋ねた。
「いろいろありますけど・・・」
僕が言いかけると、蛍さんは即座に「ハンバーグでいいです、ソースはデミグラスで」と言って、リュックを膝の上に置いて、大事そうに抱いた。
僕はそれを聞いて、タブレットをスクロールしながら、ハンバーグのページを探す。
「たぶん、ありますよね、ハンバーグ」
すぐには見当たらず、「えっと・・・」と声を漏らしながらページを探した。
すると、蛍さんは、少し気まずそうな顔になって言った。
「最近って、どこもタブレットとかばっかりじゃないですか、店員さんも来てくれないし。目が見えないやつにとって、けっこう致命的なんですよね」
まるで他人事のように、自分を突き放すような喋り方をする。
「だから、ファミレスに入ったら、だいたいどこのお店にもあるハンバーグを注文するようにしてるんです」
諦めたように投げやりで、自嘲するような笑顔を浮かべる。
でも、その笑顔が悲しく見えた。泣き顔をおどけた笑顔でごまかす。そうしていると、いつのまにか笑顔が泣き顔になってしまった、そんな寂しさを感じずにはいられなかった。
僕は、テーブルに立てかけてあるメニューを拾い上げた。
「ピザ、ご飯もの、パスタ、ハンバーグ、ステーキ、あとお鍋なんかもあるらしいです」
メニューの目次を声に出して羅列すると、
蛍さんは、一瞬首を傾けたが、すぐに僕の意図を察して、申し訳なさそうな顔を浮かべた。
「すみません、お気遣い頂いて」
蛍さんの罪悪感をこれ以上刺激しないように、早口で応える。
「食べたいジャンルがあれば、そのページのメニューを全部読み上げるので遠慮なく言ってください」
「じゃあ・・・」
「ペペロンチーノ、ボロネーゼ、ミートソース、きのこのクリーム・・・」
瞬間、蛍さんの眉が、ピクンと上に動いたように見えた。
「きのこはしめじを使っています。中央に卵黄が落としてあって、具材はベーコン、ほうれんそう、全体にブラックペッパーが・・・」
写真を見ながら、具材や特徴を読み上げていると、蛍さんは遠慮がちに右手を挙げて、
「それで」と、か細い声を出した。
タブレットに蛍さんの注文と、自分用にエビピラフ、二人分のドリンクバーを注文する。
広げたメニューを整理していると、蛍さんは少しテーブルに身を乗り出して、こっそり秘密を打ち明けるように教えてくれた。
「本当は、朝から食べたかったんです、クリーム系のパスタ」
蛍さんの口元が緩む。初めて、本当に笑っているように見えた。
お腹空いたと、背伸びをしながらつぶやいた蛍さんは、面白い話を突然思い出したかのような言い方で、話し始めた。
「餓死って、どんな死に方だと思います?」
蛍さんは唐突にそう尋ねた。
僕は質問に面食らいながらも、当たり障りのないように、「さあ、想像できないですけど」と曖昧な返事を返す。
「お腹が減って、だんだん衰弱していくって思うじゃないですか? でもそれ、たぶん違うんですよ」
「何が違うんですか?」
窓から、駅前を行き交う人々が見える。
ここに入る前には曇り空だったが、外からは、また雨音が聞こえ始めた。
蛍さんも、外の雨に気付いたようで、一度窓の方に顔を向けたあと、話を始めた。
「部屋にこもって、ずっと何も食べないでいると、このまま死ねるかなって思ったんですけど」
でもダメでしたと、たくらみが失敗した子どものように、残念そうに漏らす。
「空腹って、最後は痛いんですよ。一分おきに、お腹をズドーンって思い切り殴られる感じで」
だから、餓死ってめちゃくちゃ痛い死に方だと思います。
たぶん、と早口で言い終えると、自分で自分の話にオチをつけるように、息だけで笑った。表情を作る時の癖なのか、笑顔を作ると、右側の唇だけ、引きつったように歪む。
蛍さんは、安楽死を受けたいと、SNSで発信していた。同じようなアカウントはいくらでもあるだろう。だが、蛍さんはスイスにある安楽死の団体に連絡を取って、具体的な手続きまで進めようとしていた。
「だから蛍さんは、安楽死を希望するんですか?」
少し重々しい言い方になってしまったが、蛍さんは笑い飛ばすように、「はい」とだけ快活に答えた。
「安楽死という手段があると知った時、すごく」
一瞬、口ごもった蛍さんは、ふと店の壁の方を向いて、何やら考え込む仕草をした。彼女には、見えていないはずだが、そこには天使が楽園で過ごす風景が、古い西洋画のようなタッチで描かれていた。
「心の底からホッとしたんです、お守りっていうか」
ぼそっと、独り言が漏れ出たように言う。
「お守り、ですか?」




