池田屋②
それから、ちょくちょく沖田がやって来るようになった。
ふらりと現れては、「時尾殿。お手合わせを願いたい」と言う。林の中にある時尾の訓練場に連れて行くと、木刀を手に討ち合いを始めるのだ。
口数の少ない若者で、余計なことは一切、言わない。
半時、時尾と討ち合うと、「良い稽古になりました。また参ります」と言って、姿を消す。
時尾のことを見張らせているのか、必ず家にいる時に沖田はやって来た。
訓練を重ねる毎に、剣先が鋭くなって来た。もともと腕の立つ男だったが、時尾と訓練を重ねる度に、強さとしなやかさが加わって行った。
珍しく「ここは良いところですな。試衛場で稽古を積んだ日々を思い出します」と無駄口を叩いた。
「このまま稽古を続ければ、あなたの剣は、無敵となるでしょう」
時尾は沖田の剣先が強く、鋭くなったことを伝えた。真剣で斬り合えば、女の身では沖田に勝てないだろう。
「左様でござるか」と沖田は剣を降ろして言った。
――お前の剣は軽い。
池田屋に討ち入った際、腕の立つ沖田は、人斬りと呼ばれた狂犬のような志士の相手をすることになった。沖田のように道場で腕を磨いた剣士と違い、我流で人を斬りながら剣技を磨いた男だった。
沖田の繰り出す剣は、狂犬の剣に、ことごとく弾かれた。そして、狂犬は笑いながら言った。「お前の剣は軽いのだ」と。
それがずっと気になった。沖田は小柄だ。剣に力が無いと言われてことが心に引っかかった。
結局、狂犬は沖田が倒した。だが、自分の剣は軽いのではないかと悩み始めた。そして、時尾のことを思い出した。隊士と相対した際、女の身でありながら、時尾の剣は重く、鋭かった。一体、どうやれば重い剣を振るうことができるのか、そのコツを知りたかった。
「それでこうして・・・」と時尾は納得がいった。
時尾、いや平九郎は女の身でいることが多い。自然、男の体の時と女の体の時で、体の使い方を変えている。非力な女性の場合、力に頼ることが出来ない。剣に重みをもたせるには、剣に体重を乗せなければならない。剣に体重を乗せる為に、どう重心を移動させたら良いか、平九郎は経験から理解していた。
「時尾殿と剣を交えていると、どう体を使えば良いのか分かって参りました」と沖田は既にそのことを悟っている様子だった。
「それは良うございました」
「されど、実際に女の身になってみなければ、本当の体の使い方は分からないでしょう」と沖田が呟く。
その通りだ。平九郎は誰よりもそのことを理解している。
「沖田様。手立てがあると申したら、いかがなされます?」
「是非、やってみとうございます」
「うつりぎの術というのがございます」と時尾が説明する間、沖田は黙って聞いていた。一通り、説明を聞き終えると、「暫く時間をいただきたい」と言った。
「私のような年増はお嫌いか?」と時尾が苦笑いしながら聞くと、沖田は、「そんなことはありません。このまま姿を消せば、脱退したものと見なされ、追手をかけられます。一度、隊に戻って暫く剣術修行で山に籠ると伝え、隊務を片付けてから時尾殿を抱きに参りたいと思います」と真面目な顔で答えた。




