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うつりぎ  作者: 西季幽司
新作~明治維新編
78/80

池田屋①

 元治元年六月五日、京都三条小橋にある旅籠、池田屋を新選組は急襲した。池田屋で長州藩や土佐藩の尊王攘夷派志士が会合を行っており、「祇園祭の前の風の強い日に、御所に火をかけ、混乱に乗じて中川宮朝彦親王を幽閉し、一橋慶喜、松平容保を暗殺し、孝明天皇を長州へ動座させる」という計画について話し合っているという情報を掴んだからだ。

 真夜中、二十数名の尊攘派志士が集まる池田屋に、近藤勇、沖田総司、永倉新八、藤堂平助の僅か四名で踏み込んだ。

 多勢に無勢、しかも、狭い屋敷の中での暗闇での格闘だ。藤堂平助が負傷、離脱するなど、新選組は苦戦を強いられたが、土方隊が応援にかけつけ、形勢は逆転、多くの尊攘派志士が討ち取られ、捕縛された。

 御所焼き討ちを未然に防いだとして、新選組の評判は上がった。

 平九郎は時尾として洛中の市井で生きていた。事件より数日して時尾のもとを一人の男が訪ねて来た。

「これは、沖田様」

 驚いた。尋ねて来た男は沖田総司だった。

「そこもとと剣を交えてみたい」

「おたわむれを」

「ついて参れ」

 そう言うと沖田はずんずんと歩き始めた。

 どうしようか迷った。こんなところで沖田とやり合うとは思ってもいなかった。沖田に恨みはない。いや、むしろ好感を持っていた。女の身だ。逃げ出したとて、卑怯者の誹りは受けないだろう。だが、相手は沖田だ。凄腕の剣士として沖田は京で名を馳せている。沖田の剣を見てみたい。その思いが強かった。

 時尾は沖田の後をついて歩いた。

 近くを川が流れている。河川敷に着くと、沖田はくるりと振り返った。沖田は腰に差した刀を鞘事引き抜くと、「これを」と言って時尾に渡した。

 そして脇差を抜くと、刀の峰の部分を時尾に向けて構えた。

 どうやら命までは奪う気はないようだ。

「それでは勝負になりますまい」と時尾は刀を返すと、「こちらへ」と沖田を上流の林へと連れて行った。

 そこに時尾が剣の訓練に使っている空き地があった。周囲を木々で囲まれ、他人に見られることなど、ほとんどない。女の身である時尾が剣の訓練を行うには、絶好の場所だった。

「ほほう~これは良い」と沖田は気に入った様子だった。

 木の枝を削った木刀が何本か用意してあった。

「使い勝手の良さそうなものをお選びくだされ」と言うと、沖田は一本、一本、手に取って軽く振り、一本の木刀を選んだ。

 時尾も木刀を手にすると、「さあ」と身構えた。

 女の身だ。どうしても構えが小さくなってしまう。だが、時尾の構えを見て、「風にそよぐススキのようでござるな」と沖田は言った。

 沖田は木刀の切っ先を僅かに上げると、丁と討ち込んで来た。時尾は沖田の木刀を軽く受け流すと、その勢いを借りて懐に潜り込み、木刀を胴に討ちこもうとした。

「おっと、危ない」

 ひらりと交わされる。

「おやっ、流石は沖田様。評判通りの腕前でございますな。今のは入ったと思いました」

「油断も隙もありませぬな」

 沖田が嬉しそうに言う。剣を討ち合うのが、楽しくて仕方が無いのだ。

 こうして、半時ほど二人は剣を討ち合った。

 時尾の息が上がる。やはり女の身では沖田の相手を勤めることは難しかった。それを感じ取ったようで、「今日はこの辺にしておきましょう」と沖田が手を止めた。

「今日は?」

「良い稽古になりました。また参ります」

 そう言い残すと、沖田は踵を返し、颯爽と歩き去って行った。

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