ふたごの恋
ひとつですね、「澤口」せんせいと「沢口」せんせいの呼びかたについてですが、勿論なんの違いもありません。ただ、学校の授業なんかで音読することになったりしたら、それこそ「せんせい」が、あー、「沢」のほうは軽やかでのびのびと歯切れよく、「澤」のほうは重々しく威厳をこめてゆっくりとーーなんて、ね。無論無いけどね。だいたいが、こんな詩(この『こんな』は同性愛に対してのものではなく、この程度のレベルの詩、という意味の『こんな』です)が学校の授業で扱われるわけもないしね。
「あした 先生はお休みします」
そういって いらい さわぐち先生は
学校に来ない
さわぐち先生ってみんな「沢口先生」って呼ぶけど
ほんとうは「澤口先生」って呼んでほしいらしい
そんなありえないうわさがガヤガヤと
一組と三組と四組と六組に広まって
二組の保健委員のマリアってあだ名の沢田さんだけ
ホームルームでどうどうと挙手をし
そんなデマにまどわされないようにと
りっぱにうわさの流布をくい止めた
ふたごでナンシーってあだ名の妹がいる五組も
こっちはもっと即物的な方法で
さわぐち先生のめいよを守ったのだった
ふたりは学校では不仲説がほぼ信じられていたが
ほんとうはお互いを理解し尊重し合う
世にも珍しい以心伝心の仲良しふたごだったのだ
ふたりはさわぐち先生のことが大好きで
同性だけどふたりともさわぐち先生と
結婚するのが将来の夢で
もし相手がさわぐち先生と先に結婚し
先生と義理の姉妹になれることでさえ
ほんとうは嬉しいと思っていた
ただその時こそ今ちまたで信じられている不仲説が
はじめて現実味をおびてしまうけねんは否定できない
とも想定はしている
最後までお読み頂きありがとうございました。あたしは同性愛者じゃないけれど、その(女性の女性に対する)愛の有り様にそこはかとない愛おしさを感じるものであります。




