第17話「国王も平伏す極上の海鮮宴会」
海洋国家アクアリアの王都港は、前代未聞の熱狂に包まれていた。
国の海上貿易を寸断し、国家存亡の危機をもたらしていた伝説の巨獣『深淵のリヴァイアサン』が、軍艦の隊列に牽引されて港へと運び込まれたからだ。
「おおお……! あれが、リヴァイアサン……!」
「なんて大きさだ! それをあんな若い商人とお嬢さんが釣り上げたというのか!?」
見物人たちの驚愕の声が響き渡る中、タクミとセレンはアクアリアの国王直々の招待を受け、王宮の巨大な中庭へと案内された。
玉座から立ち上がった国王は、深く頭を下げてタクミたちを歓迎した。
「我が国を救ってくれたこと、心より感謝する。だが……本当にあの恐ろしい化け物を『食べる』つもりなのか? あれは魔法を飲み込む呪われた海獣だぞ」
国王の不安げな言葉に対し、タクミは堂々とした態度で不敵に笑い返した。
「呪いだろうと魔法だろうと、美味ければそれは『最高の食材』です。俺たちにとっては、少しばかり活きのいいデカい魚に過ぎません」
タクミが指を鳴らすと、特注の巨大なまな板台が中庭の中央に用意された。
「さあセレン、腕の見せ所だ。一国の王様の舌を、君の料理で唸らせてこい」
「うんっ! 任せて、タクミ!」
セレンは愛用の包丁セットを広げ、リヴァイアサンの巨大な白身肉に向かって軽やかなステップと共に飛び込んでいった。
いよいよ、一国の王宮を舞台にした、前代未聞の解体ショーと海鮮宴会が幕を開ける。
シャァァァァッ!
鋭い風切り音と共に、セレンの振るう包丁が巨獣の肉を美しく切り裂いていく。
魔力吸収の鱗を剥がされた内側の白身肉は、まるで磨き上げられた真珠のように艶やかな輝きを放っていた。
「まずは、リヴァイアサンのトロのお刺身よ!」
巨大な氷の船を模した器の上に、美しく透き通った切り身が花びらのように並べられていく。
さらに、残った巨大な骨と、魔境で手に入れた様々なスパイスを巨大な鍋に放り込み、強火で一気に煮立たせる。
「次は、リヴァイアサンの極上出汁鍋ね!」
鍋から立ち昇る白煙からは、強烈な磯の香りと、五臓六腑を直接掴まれるような凄まじく濃厚な旨味の匂いが漂ってきた。
「な、なんて恐ろしいほどに食欲をそそる匂いなのだ……」
「国を滅ぼしかけた化け物から、これほど芳醇な香りがするとは……」
最初は及び腰だった国王や貴族たちも、その香りに耐えきれず、無意識のうちにゴクリと喉を鳴らし、前へと身を乗り出していた。
「さあ、国王陛下。まずはこの『トロ』に、俺たちが開発した特製ソイ・ソースとスラムの岩塩をほんの少しだけつけて、食べてみてください」
タクミは一番脂の乗った極上の切り身を小皿に取り分け、恭しく国王の前に差し出した。
毒見役が慌てて前に出ようとするが、国王はそれを手で制止し、自ら箸をとった。
そして、その透き通るような白身肉を口へと運んだ。
「……っ!?」
一口含んだ瞬間。
国王の威厳を保っていた表情が、驚きに変わった。
噛む必要すらなかった。舌の上でトロの脂が瞬時にとろけ、ソイ・ソースの香ばしさと共に、濃厚な海鮮の旨味が怒涛の勢いで押し寄せてくる。
さらに、リヴァイアサンの肉に蓄積されていた莫大な魔力が心地よい熱となって全身を駆け巡り、老齢の身体に若々しい活力が満ち溢れていく。
国王はただの空腹の老人に戻ったかのように、無言で、しかし取り憑かれたような手つきで二切れ目、三切れ目へと箸を伸ばした。
その常軌を逸した食べぶりに、周囲の貴族たちも我先にと刺身や鍋料理に群がり始める。
「タクミ殿! 約束通り、我がアクアリアの『海産物の最優先取引権』は残らず貴方たちの商会に委ねよう! どうかこれからも、この素晴らしい料理を我が国に届けてくれ!」
宴の席で興奮冷めやらぬ国王はすぐさま羊皮紙を取り寄せ、アクアリア王国と海竜亭の間で大型の取引契約を結んだ。
「ええ、喜んで。本日からここアクアリアに、『海竜亭・海外第一号店』を設立させていただきますよ」
タクミは契約書にサインを交わしながら、満面の笑みを浮かべた。
名もなき街の屋台から始まった彼らのビジネスは、ついに国境を越え、他国の王族をも顧客に取り込む巨大な商会へと成長を遂げたのだ。
宴の喧騒から少し離れたバルコニーで、タクミは新大陸と海洋国家が描かれた広大な世界地図を広げた。
「次はもっと遠くの国へ行きましょうね、タクミ!」
「ああ。世界中に眠る未知の食材を俺たちのビジネスルートに乗せ、大衆の胃袋を支配する。俺たちのサクセスストーリーは、いよいよここからが本番だ」
夜空に輝く星々を見上げながら、二人のビジネスとグルメの探求は、新たな次元へと踏み出していった。
◆ ◆ ◆
大盛況のうちに幕を閉じた宴の後、タクミとセレンはアクアリアの美しい夜の砂浜を並んで歩いていた。
穏やかな波の音と、心地よい潮風が二人の火照った身体を優しく撫でていく。
「本当にすごいことになったわね、タクミ。あの街の小さな屋台から始まって、まさか他国の王様にまでお料理を食べてもらえるなんて……夢にも思わなかったわ」
セレンが感慨深そうに呟きながら、そっとタクミの手に自分の手を重ねた。
「ああ。だが、これは俺たち二人の力があったからこそ成し遂げられた結果だ。俺の投資スキルによる確かな食材の確保と、君の天才的な料理の腕……そのどちらが欠けても、ここまで来ることは決してできなかった」
タクミはその手を固く握り返し、セレンの輝く瞳をまっすぐに見つめた。
「これからも頼むぞ、セレン。俺の海竜亭には、君という至高の専属シェフが永遠に必要不可欠なんだ」
「……うんっ! もちろんよ! タクミが世界一の商人になるその日まで、私がずっとずっと、世界一美味しいご飯を作ってあげるんだから!」
満天の星空の下、二人は互いの確かな絆を確かめ合うように、心から微笑み合った。
どれほど商会が巨大になろうとも、どれほどの富と権力を手に入れようとも、二人の根底にある情熱は決して変わらない。
『誰も見たことのない最高の食材を見つけ出し、極上の料理で世界中の人々を驚かせること』
その純粋な野望を胸に深く抱き、タクミとセレンは次なるビジネスの舞台へと力強く歩みを進めるのであった。
未知なる美食の探求は、二人が生きている限り決して終わることはないのだ。




