第16話「伝説の海獣リヴァイアサンの大捕獲」
王都の食文化をすっかり掌握し、『海竜亭』の名が新大陸の全土に知れ渡るようになった頃。
タクミたちの商会本部に、海の向こうから予期せぬ来訪者が現れた。
「我が国を……どうか、貴方たちの力で救っていただけないでしょうか」
深々と頭を下げたのは、新大陸の東方に位置する海洋国家『アクアリア』から極秘裏に派遣された特使であった。
彼の話によれば、現在アクアリアの主要な海上貿易ルートに、伝承にしか存在しないはずの伝説の巨獣『深淵のリヴァイアサン』が居座り、国の経済が麻痺状態に陥っているという。
「我が国の誇る精鋭艦隊も出撃しましたが、奴の皮膚はあらゆる魔術を吸収し、大砲の弾すらも弾き返してしまいます。もはや為す術がありません……。ですが、魔境の災害級モンスターすら『食材』として狩る貴方たちの商会ならばと、藁にもすがる思いで参ったのです」
特使は悲痛な面持ちで訴えかけた。
これまではギルドとの対立や未知の食材探しが中心だったが、ついに一国の命運を懸けた国家レベルの依頼がタクミの元に舞い込んだのだ。
「ふむ。つまり、そのデカい海獣を退治してくれという依頼だな」
タクミは腕を組み、特使が持ち込んだリヴァイアサンの『剥がれ落ちた鱗』の一つを手に取った。
鋼鉄よりも重く、魔力を吸い込む不気味な蒼色をしたその鱗を見つめ、タクミは静かに『真贋鑑定』を発動させる。
次の瞬間、彼の紫色の瞳が、獲物を定めた投資家のように鋭く輝いた。
『深淵のリヴァイアサンの鱗:素材価値(規格外)』
『特徴:魔力を吸収する性質があり、鱗の持ち主の体内には莫大な魔力を含んだ上質な白身肉があるとされる。骨から取れる出汁も珍重される』
「……なるほど。ただのバケモノじゃなく、文字通りの『生きた宝箱』ってわけだ」
タクミはニヤリと笑い、特使に向かって条件を提示した。
「依頼は引き受けよう。だが、報酬は金じゃない。俺たちがリヴァイアサンを倒した暁には、アクアリア国内での『海産物の最優先取引権』を海竜亭に寄越せ」
「さ、最優先取引権ですか!? しかし、それでは我が国の市場が……!」
「海運が死んで国が滅びるか、俺たちと組んで莫大な利益を生み出すか。選ぶ権利はそちらにある」
タクミの威圧感と揺るぎない自信を前に、特使はごくりと唾を飲み込み、ついに首を縦に振った。
「交渉成立だ。セレン、出張の準備だぞ! 次は海鮮料理の最高峰を極める!」
「わあっ、お魚の魔物ね! 前にも海鮮丼を作ったけど、こんなに大きな魔物のお刺身は初めてよ!」
セレンは巨大な包丁を抱きしめながら、目をキラキラと輝かせた。
タクミはすぐさま『エンジェル投資』のスキルを発動し、陸路用の魔導馬車に莫大な資金を投じて大改修を行った。
車体には防水と浮力の魔法陣が刻まれ、側面からは推進用の水流スクリューが展開する。
海竜亭の誇る万能魔導馬車は、荒波を越える『魔導強襲艇』へと進化を遂げたのだった。
◆ ◆ ◆
数日後。
海洋国家アクアリアの近海は、黒い雨雲と荒れ狂う高波に覆われていた。
水上仕様となった魔導馬車で荒波を突き進むタクミとセレンの前に、突如として海面が爆発したかのような水柱が上がる。
「ギャオォォォォォォッ!!」
咆哮と共に姿を現したのは、山のように巨大な蒼き海竜――『深淵のリヴァイアサン』だった。
その巨体は彼らの乗る馬車の何十倍もあり、周囲の海水を巻き込んで凄まじい渦潮を作り出している。
特使の案内で後方からついてきていたアクアリアの軍艦の兵士たちは、その信じがたいほどの巨体を見て震え上がった。
「あ、あんな化け物に勝てるわけがない……!」
だが、最前線にいるタクミとセレンの顔には恐怖の色など微塵もなかった。
「すごいわタクミ! あの大きさなら、お刺身が何万人分も作れそうよ!」
「ああ。だが外側の鱗は魔法を吸収する厄介な代物だ。なら、攻撃する場所は一つしかない」
タクミはニヤリと笑い、馬車の射出装置に特別な『弾丸』を装填した。
それは、魔境で手に入れた『星炎椒』のペーストを、鉄牙猪の濃厚な脂で包み込んだ特製の匂い玉だった。
「奴が口を開けた瞬間に、この特濃スパイス玉を口内にぶち込む。魔力吸収の鱗がない内側の粘膜なら、スパイスの刺激は素通りだからな」
「なるほど! むせ返ったところを一気に釣り上げるのね!」
海が荒れ狂い、伝説の巨獣が巨大な顎を大きく開けて彼らを丸呑みにしようと迫り来る。
国境を越えた壮大なスケールの『巨大漁』が、今まさに幕を開けようとしていた。
「ガアァァァァァッ!!」
リヴァイアサンが巨大な顎を限界まで開き、魔導強襲艇ごとタクミたちを丸呑みにしようと突っ込んでくる。
暗闇のように真っ暗な口腔内が眼前に迫ったその瞬間。
「そこだっ!!」
タクミが射出ボタンを叩き込むと、特濃スパイス玉が大砲から凄まじい勢いで打ち出され、リヴァイアサンの喉の奥深くへと正確に吸い込まれていった。
直後、魔物の体内でスパイス玉が弾け、星炎椒の爆発的な辛味と鉄牙猪の熱い脂が、無防備な粘膜の隅々にまでこびりつく。
「ギュ……!? ギィギャアァァァァァッ!!」
魔力吸収の鱗に守られていない内臓を直接焼かれたリヴァイアサンは、かつてない強烈な刺激に白目を剥き、巨体を大げさにのけぞらせた。
バッシャァァァァンッ!!
激しい水しぶきと共に、伝説の海獣はあっさりと気絶し、見事なまでに白い腹を上にして海面にプカプカと浮かび上がった。
「よーし、大物ゲットだ! セレン、銛で牽引用のロープを固定してくれ! 後ろの軍艦にも手を貸してもらおう!」
「はーい! うふふ、こんなに大きなお魚、どうやってさばこうかしら!」
後方の軍艦の甲板では、青ざめた表情で大砲を構えていた兵士のひとりが、信じられない光景にへなへなとその場にへたり込んだ。
「嘘だろ……あんな小舟のスパイス玉一つで……」
「さて。これでこの国の海産物を優先的に扱う権利が手に入る」
軍艦の協力を得て気絶したリヴァイアサンを牽引しながら、タクミは不敵な笑みを浮かべる。
今宵、アクアリアの王宮にて、この伝説の巨獣を使った歴史上最大の海鮮宴会が開かれることは、もはや疑いようもなかった。
未知なる海の幸がもたらす極上の美味に、国中が酔いしれる夜になるだろう。




