第15話「王都美食ギルドの崩壊と海竜亭の覇権」
魔境での大収穫から数週間。
タクミとセレンを乗せた魔導馬車は、ついに新大陸にある王国の首都、『王都』へと到着していた。
「すごい……グラン・パレよりもずっと建物が大きくて、歩いている人たちの服もキラキラしているわ」
馬車の窓から外を眺め、セレンが目を丸くする。
石畳の広がる大通りには、豪奢な馬車が行き交い、高貴な身なりをした貴族たちが優雅に歩いていた。
しかし、タクミの瞳は冷ややかだった。
「外見ばかり着飾っていても、中身は空っぽだ。この王都の食文化は、『王都美食ギルド』を牛耳る侯爵とその取り巻きによって不当に独占されているらしい」
タクミの事前の調査によれば、王都の貴族たちは『侯爵が認めた食材と料理』以外は口にせず、それ以外の新しい味や平民の料理を「野蛮で下品なもの」としてひどく見下しているという。
「どんなに美味しいお料理でも、偉い人が認めないとダメってこと?」
「ああ。権威というフィルターを通さないと、自分の舌で味の判断すらできない連中だ。……だからこそ、俺たちがその『権威』ごと叩き潰して、新しい価値観を植え付ける」
タクミは王都の最も華やかな一等地――王都美食ギルドの最高級レストランがそびえ立つ、まさにその真正面の空き店舗を指さした。
「今日からあそこが、『海竜亭』の王都本店だ。店を借りる話は、すでにつけてある」
海竜亭・王都本店がオープンしたその日。
華やかな看板を掲げたばかりの店先に、向かいのギルド直営レストランから、ふんぞり返った恰幅の良い男がやってきた。
豪奢なマントを羽織ったその男こそ、王都の食を支配する権力者、美食ギルド長の侯爵だった。
「ふん。グラン・パレで少しばかり成功したからといって、この王都で通用すると思うなよ、野蛮な平民どもめ」
侯爵の背後には、彼の店の料理長が銀色のドーム型の蓋が被せられた皿を恭しく捧げ持っている。
「お前たちのような底辺の舌には一生縁がないだろうが……これが、王都の貴族だけが味わうことを許された『白銀トリュフと幻鳥の極上スープ』だ。香りを嗅ぐことだけは許してやろう」
料理長が蓋を開けると、確かに上品で芳醇な香りが周囲に漂った。
しかし、タクミは鼻で笑うと、背後の厨房に向かって声をかけた。
「セレン。あれを出してくれ」
「はいっ!」
セレンが笑顔で運んできたのは、魔境で仕入れた『炎殻熊』の分厚いステーキだった。
その表面には、すり潰した『星炎椒』の特製ソースがたっぷりと絡められている。
熱々の鉄板に乗せられたステーキが姿を現した瞬間。
ジュワァァァァッ!!
強烈な音と共に、白銀トリュフの香りを一瞬で掻き消すほどの、凄まじく刺激的なスパイスの香りと極上の脂の匂いが王都の大通りに爆発した。
「な、なんだこの匂いは……!?」
侯爵が目を剥き、周囲を歩いていた貴族たちも、そのあまりにも強烈な食欲をそそる香りに、次々と足を止めて海竜亭の前に集まり始めた。
「さあ、ギルド長殿。王都の『権威』とやらで、この料理を評価してみてくれ」
タクミに促され、香りの誘惑に抗いきれなくなった侯爵は、震える手でステーキを切り分けて口に運んだ。
「……っ!?」
一口噛んだ瞬間、侯爵の脳内に衝撃が走った。
炎殻熊の分厚い肉は信じられないほど柔らかく、噛むたびに熱を帯びた濃厚な肉汁が溢れ出す。
そして、その重たい脂の甘みを星炎椒の鮮烈な辛味が見事に引き締め、味覚の常識を突き破るような強烈な旨味へと昇華させているのだ。
「美味い……! 美味すぎる……! 私が今まで食べてきた高級料理は、一体何だったのだ……!?」
権威の象徴であるはずの侯爵が、なりふり構わず涙を流しながら、平民の料理を夢中で貪り食う。
それを見た周囲の貴族たちは、一斉に海竜亭へと雪崩れ込んだ。
「私にもそれをくれ!」
「金ならいくらでも払う! そのスパイス肉を早く持ってこい!」
王都の貴族たちの間にあった『権威』という壁が、セレンの料理の前で少しずつ崩れ始めた。
「大繁盛ね、タクミ! みんな、すごく美味しそうに食べてくれているわ!」
厨房で次々とステーキを焼き上げながら、セレンが嬉しそうに笑う。
「ああ。これで王都の市場も俺たちのものだ。ギルドの時代は今日で終わりを告げる」
タクミは窓の外で呆然と立ち尽くす侯爵を冷ややかに見下ろし、グラスのワインを呷った。
魔境で手に入れた最高の武器によって、海竜亭は王都の食文化そのものを塗り替え、新たな伝説を刻み始めたのだった。
◆ ◆ ◆
海竜亭・王都本店がオープンしてからの快進撃は、まさに破竹の勢いだった。
侯爵が敗北したという噂は瞬く間に王都中を駆け巡り、これまで平民の食事を蔑んでいた高位の貴族たちでさえ、こぞって海竜亭の前に列を作るようになった。
その熱狂ぶりは、日に日にエスカレートしていく。
「申し訳ございません。本日のご予約はすでに一杯でして、最短でも三ヶ月後となります」
入り口で店員が丁重に頭を下げると、豪奢な衣装を着た恰幅の良い伯爵が、血走った目でカウンターに金貨の袋を叩きつけた。
「金ならいくらでも出す! あの『炎殻熊のステーキ』を食べないと、夜も眠れんのだ! 頼む、入り口の端の席でもいい、立って食べても構わんから中に入れてくれ!」
かつては権威を笠に着ていた貴族が、今はただの純粋な『食欲』に屈し、なりふり構わず懇願している。
その光景を、タクミは新しく買い取った商会本部のバルコニーから静かに見下ろしていた。
「すごいわ、タクミ。王都のギルドに加盟する店が、最近ずいぶん減っているんですって」
後ろから声をかけてきたセレンが、温かい紅茶を差し出してくれる。
「ああ。権威だけで中身のないギルドなど、本物の価値の前ではこんなものだ。これでこの王都でも、海竜亭の名前は広く知られるようになったな」
紅茶を受け取ったタクミは、満足そうに頷いた。
すでにスラムの農家や魔境の狩人たちと結んだ直通の流通ネットワークも、莫大な資金を投じて本格的に稼働を始めている。
もはや、彼らのビジネスを邪魔できる者はこの国には一人もいない。
「これで、世界一の商人っていう夢に一歩近づいたわね!」
「一歩どころか、百歩は進んださ。だが、俺たちの快進撃はここで終わりじゃない」
タクミは王都のさらに向こう側、はるか遠くの国々へと紫色の瞳を向けた。
「次は他国への輸出だ。世界中の胃袋を、海竜亭の料理で満たしてやる」
彼の飽くなきビジネスへの野望と、セレンの料理への情熱は、この王都の制覇をもってしても、まだ留まることを知らなかった。




