第14話「炎殻熊の攻略と至高のスパイス肉」
鉄牙猪を仕留めた翌日、魔導馬車は黒霧の森をさらに深く、魔境の奥地へと突き進んでいた。
周囲の木々はますます巨大になり、空気には肌を刺すような熱気と濃密な魔力が混じり始めている。
「この辺りから、火山帯特有の熱源が近くなっているな。目当てのものはもうすぐ見つかるはずだ」
御者台で魔導レーダーを確認しながら、タクミが目を細めた。
彼らがこの危険な魔境の奥地まで足を運んだ最大の理由は、新たな肉の確保だけではない。
『星炎椒』――火山地帯の過酷な環境にのみ自生し、星のように輝く赤い実をつけるという伝説のスパイスを手に入れるためだった。
「そのスパイスがあれば、新しいお肉料理が作れるのね?」
「ああ。星炎椒の持つ複雑な辛味と爽やかな香りは、どんな魔物肉の臭みも消し去り、食欲を限界まで引き上げる。これを量産できれば、俺たちの商会は大陸全土の食卓を支配できる」
二人が話していると、前方の視界が唐突に開け、岩肌がむき出しになった巨大な洞窟の入り口が現れた。
洞窟の入り口付近には、ルビーのように赤く輝く植物が群生している。
「あったわ、タクミ! あれが星炎椒よ!」
セレンが歓声を上げて立ち上がった直後、洞窟の奥から空気を震わせるような恐ろしい咆哮が響き渡った。
ズゥンッ、ズゥンッ、と地響きを立てて姿を現したのは、燃え盛るマグマのような赤い甲殻に覆われた、見上げるほど巨大な熊の魔物だった。
「グルルルルォォォッ!!」
巨大な熊が咆哮を上げると同時に、その口から凄まじい熱線のブレスが放たれた。
タクミはとっさに魔導馬車の防御魔法陣を最大出力で展開する。
バチバチッと激しい音を立てて熱線が弾かれるが、馬車内の温度は一気に急上昇し、防御を維持する魔力ゲージがみるみるうちに削られていく。
「な、なんて火力だ……! あれは『炎殻熊』……魔境の奥地に生息する、災害級のボスモンスターか!」
タクミは素早く射出装置を操作し、催涙スパイスの粉末玉を連続で撃ち込んだ。
発射されたスパイス玉が空中でパァンと弾ける。
しかし、赤い粉末が炎殻熊の顔面に届くより早く、奴の放つ圧倒的な熱波に触れてジュッと燃え尽きてしまった。
「ダメだわ、タクミ! 熱すぎてスパイスが届かない!」
セレンが悲鳴のような声を上げる。
物理的な大砲も通じず、状態異常を狙うスパイスも燃やされる。
並の冒険者であれば、ここで為す術なく焼き尽くされる運命だっただろう。
だが、タクミは燃え盛る炎を前にしても、冷静さを失っていなかった。
「焦るな。無敵に見える装甲にも、必ず穴はある」
タクミは炎殻熊に向けて『真贋鑑定』を発動させた。
『炎殻熊:素材価値(特級)』
『特徴:表面の甲殻は数千度の熱を放ち物理攻撃を跳ね返すが、極端な温度変化に弱く、急激に冷却されると甲殻がガラスのように砕け散る。内側の肉は上質な熱を帯びており、至高のステーキ肉として珍重される』
「なるほど。なら、料理の下ごしらえと同じだ」
タクミはニヤリと笑うと、馬車の積載スペースに積んであった大量の木箱へと振り返った。
木箱の中に入っていたのは、航海の時から大量に買い占め、食材の保存用として重宝してきた強力な『氷の魔石』の山だった。
「セレン、馬車の魔導出力を冷却装置に回してくれ! 俺のスキルで、この魔石の威力を限界まで引き上げる!」
「わ、わかったわ!」
セレンが制御パネルを操作するのに合わせ、タクミは両手を魔石の山にかざした。
「手持ちの資金を投資する! 来い、『エンジェル投資』!!」
タクミのスキルによって強化された氷の魔石が、眩い青色の光を放ち始める。
「今だ、全開で放て!!」
タクミの合図と共に、馬車の冷却装置が起動し、魔石で強化された冷気が炎殻熊に向かって一直線に放たれた。
「グォォォォォッ!?」
数千度もの熱を帯びていた炎殻熊の甲殻が、急激な温度低下によって悲鳴を上げ始める。
マグマのように赤かった甲殻が瞬く間に黒く変色し、氷点下の風にさらされた次の瞬間。
パァァァァンッ!!
激しい破裂音と共に、無敵を誇っていた炎殻熊の甲殻が、ガラス細工のように木っ端微塵に砕け散った。
「これで丸裸だ!」
タクミはすかさず馬車の大砲に鉄の散弾を装填し、防御を失って剥き出しになった柔らかな皮膚に向かって撃ち込んだ。
「ガアァァァァッ……!」
炎殻熊の巨体が大きくぐらつき、地響きを立ててその場に崩れ落ちる。
災害級のボスモンスターを、力押しではなく知識とビジネススキルで見事に攻略した瞬間だった。
「やった……! やったわ、タクミ!」
「ああ。強烈な熱を封じ込めた最高の肉と、伝説のスパイス。……これ以上ない仕入れの大成功だ」
息を弾ませるセレンと共に馬車を降りたタクミは、洞窟の前に群生する『星炎椒』の赤い実を丁寧に摘み取った。
未開の魔境の奥深くで、二人は新たなグルメ革命の要となる至高の食材を手に入れたのだった。
◆ ◆ ◆
洞窟の安全を確保した二人は、すぐさま炎殻熊の解体と星炎椒の収穫に取り掛かった。
「見て、タクミ! このお肉、切ったそばから湯気が立っているわ。それに、すごく柔らかい!」
セレンが切り出した分厚い肉は、魔物自身の熱を帯びてほのかに赤く発光しているようだった。
タクミはその肉に、すり潰した星炎椒の粉末をたっぷりと振りかける。
「この二つは、組み合わせてこそ真の価値を発揮するはずだ。さあ、焼いてみてくれ」
魔導コンロの鉄板に肉を乗せた瞬間、ジューッという強烈な焼き音と共に、星炎椒の爽やかで刺激的な香りが洞窟中に爆発した。
それは、どれほど満腹であっても胃袋が悲鳴を上げるような、暴力的なまでの食欲を喚起する香りだった。
「……いただきます」
焼き上がったステーキを口に運んだタクミは、あまりの美味さに思わず目を閉じた。
炎殻熊の濃厚すぎる脂の甘みを、星炎椒の鮮烈な辛味が見事に引き締め、噛むほどに未知の旨味が舌の上で踊り狂う。
「美味しい……! こんなお肉、今まで食べたことがないわ!」
セレンも頬を押さえ、幸福そうに叫んだ。
「ああ。この『至高のスパイス肉』があれば、大陸中のどの貴族も俺たちの前にひざまずいて金を払うだろうな」
魔境の奥地で最高の宝を手に入れたタクミは、世界一の商人へ至る確かな手応えを感じていた。
美食の都での成功を超え、彼らのビジネスはさらなる巨大な市場へと歩を進めようとしていた。




