第12話「大逆転のポテトと大陸への野望」
翌日の昼時。美食都市の中心部にある『海竜亭』の前には、中央美食ギルドの幹部であるボーグが数人の手下を引き連れて立っていた。
彼の顔には、自らの権力で生意気な新参者を叩き潰したという、下劣な優越感が張り付いている。
「さて、塩も野菜もない素人の店が、一体どんな無様な顔で休業の札を出しているか……」
ボーグがいやらしい笑みを浮かべながら店の正面に回り込んだ、その時だった。
「なっ……なんだ、この異常な行列は!?」
彼の視線の先には、昨日よりもさらに長く、大通りを埋め尽くすほどの客の列ができていた。
休業の札などどこにもない。それどころか、厨房からは食欲を激しく刺激する、香ばしい匂いが絶え間なく漂ってくる。
列に並ぶ客たちは、すでに料理を食べ終えて出てきた常連客たちと興奮気味に言葉を交わしていた。
「おい、今日の海竜ステーキの付け合わせ、聞いたか!?」
「ああ! 新メニューの『黄金ポテト』だろ? なんでも、海竜の極上の脂で揚げた芋に特製の岩塩を振ってあるらしい。それがもう、ほっぺたが落ちるくらい美味いって話だ!」
「ギルドが卸している高級野菜なんか目じゃないらしいぞ。早く俺も食べたい!」
その言葉を聞いたボーグの顔色が一瞬で青ざめた。
「ば、馬鹿な! 奴らに食材を卸す業者は一人もいないはずだ! あの芋と塩は一体どこから……!」
ボーグは血相を変え、行列を強引にかき分けて海竜亭の重厚な扉を乱暴に押し開けた。
「貴様ら! 一体何の真似だ!」
怒声と共に店内に踏み込んだボーグだったが、活気に満ちたホールの空気は誰一人として彼を気にする様子はなかった。
各テーブルでは、客たちがステーキに添えられた黄金色の揚げ芋を夢中で頬張り、歓声を上げている。
「いらっしゃいませ、ギルドの幹部殿。随分と遅い昼食ですね」
フロアを仕切っていたタクミが、冷ややかな笑みを浮かべてボーグの前に進み出た。
「き、貴様! ギルドを通さずにモグリの業者から食材を買うなど、我々への重大な反逆だぞ!」
「反逆? うちはお前たちのような腐ったギルドとは、最初から何の契約も結んでいないが?」
タクミが指を鳴らすと、厨房からセレンが一皿の料理を運んできた。
揚げたての『黄金ポテト』だ。
表面には、キラキラと輝く粗挽きの岩塩がまぶされている。
「まあ、食べてみろよ。お前たちが『ゴミ』だと切り捨てた食材の、本当の味をな」
ボーグは震える手でポテトをつまみ上げ、恐る恐る口に運んだ。
「……っ!?」
サクッとした軽快な食感と共に、海竜の脂の濃厚な甘みと、芋に蓄積された驚異的な糖度が口の中いっぱいに広がる。
そして何より、表面にまぶされた岩塩が、ただしょっぱいだけでなく複雑で奥深いミネラルの旨味を持っており、芋の甘さを何十倍にも引き立てていた。
「な、何だこの美味さは……! 私たちが厳選した高級白芋よりも遥かに甘く、深い……! それにこの塩は、まろやかで旨味が強すぎる……!」
ボーグはあまりの美味さに、己の立場も忘れて次々とポテトを口に運んでしまった。
「お前たちが『見た目が悪い』『不純物が混ざっている』と切り捨てたスラムの泥岩芋と規格外の岩塩だ。どうだ、美味いだろう?」
タクミの言葉に、ボーグは雷に打たれたように固まった。
「ば、馬鹿な……あんな見すぼらしいゴミから、こんな味がするはずがない……!」
「食材の本当の価値は、見た目の綺麗さでも、ギルドの権威でも決まらない。その中にどれだけの『旨味』が隠されているかだ。……あんたたちがゴミだと捨てた食材が、この店の行列を作ってる。これが答えだ」
タクミは『真贋鑑定』を持つ自身の目を細め、立ち尽くすボーグに向かって冷酷に言い放った。
その静かな、しかし圧倒的な説得力を持つ言葉は、店内で食事をしていた客たちの耳にもしっかりと届いていた。
「俺は見た目だけの高級野菜より、この店の中身のある料理に金貨を払うぜ!」
「そうだ! ギルドの押し売りなんてもうたくさんだ。これからは、美味いものを適正な価格で食わせてくれる店を支持する!」
客席から自然発生的に湧き上がった声は、たちまち店全体を包み込む大きなうねりとなった。
それはギルドの体制に対する明確な批判であり、タクミたちへの絶対的な称賛の証だった。
「お、おのれ……っ! この恨み、必ず晴らしてやるからな!」
群衆の熱気と非難の視線に耐えきれなくなったボーグは、手下たちと共に惨めな逃走劇を演じるしかなかった。
「タクミ、やったわね! これで堂々と、スラムのみんなのお野菜を使えるわ!」
セレンが満面の笑みでタクミの胸に飛び込んでくる。
「ああ。ギルドの支配はもうすぐ崩壊する。そして、真の美食市場は俺たちのものだ」
タクミは力強くセレンを抱きとめながら、不敵な笑みを浮かべた。
どんな理不尽な妨害も、彼のビジネスセンスとセレンの料理の腕にかかれば、さらなる飛躍への踏み台でしかなかった。
◆ ◆ ◆
その日の夜。
海竜亭は営業を早めに切り上げ、従業員である元船乗りたちや、新たに専属契約を結んだスラムの農家たちを招いて、貸し切りパーティーを開いていた。
テーブルにはセレンが腕によりをかけた絶品料理が所狭しと並び、皆がグラスを掲げて陽気に歌い、踊っている。
「タクミさん、本当にありがとう! あんたのおかげで、俺たちも真っ当に飯が食えるようになったよ!」
「おう! これからも最高に美味い芋を届けるからな!」
農家のおじさんたちから次々と感謝の言葉を浴びせられながら、タクミは上質なワインを静かに傾けた。
「大成功ね、タクミ! これで美食都市は私たちのものよ!」
セレンが隣に座り、ニコニコと笑いかけてくる。
「ああ。だが、ここはあくまで『拠点』の一つに過ぎない。俺たちの商売は、まだまだこれからだ」
タクミは懐から新大陸の広大な地図を取り出し、テーブルの上に広げた。
「次は内陸部だ。この都市で築いた資金と名声を元手に、大陸全土に俺たちの商会『海竜亭』の流通網を広げていくぞ」
地図のさらに奥を指さすタクミの横顔を見つめ、セレンは嬉しそうに頷いた。
「ええ、どこまでもついていくわ! 私の料理で、世界中の人を驚かせてみせるんだから!」
美食都市での大勝利は、二人の果てしないグルメ・サクセスストーリーの、新たな幕開けでしかなかった。
◆ ◆ ◆
夜も更け、店の明かりが少しずつ落とされる中、タクミは一人厨房に残り、新大陸のさらに詳細な地図と睨み合っていた。
前世で学んだロジスティクスの知識と、今世の魔法的手段をどう組み合わせるか。
馬車による陸路の輸送コスト、鮮度を保つための氷の魔石の配備計画、そして道中の魔物対策。
課題は山積みだが、それを一つずつ解決していく過程こそが、ビジネスにおける最大の醍醐味でもある。
「待っていろよ、世界。俺たちの料理と流通網で、すべての食卓を塗り替えてやる」




