第11話「仕入れの危機と真の価値」
旧レオンの星付き店舗を改装してオープンしたレストラン『海竜亭』は、美食都市グラン・パレで瞬く間に一番の話題となった。
タクミの『真贋鑑定』によって厳選された未知の食材と、その旨味を最高に引き出すセレンの天才的な調理技術。
さらに、前世のブラック企業で培ったタクミの無駄のないオペレーション管理により、料理の提供スピードと接客の質は他のどの高級店よりも群を抜いていた。
「タクミ! 三番テーブルから海竜ステーキの追加注文よ!」
「了解だ。すぐに『炎魔の涙』の特製ソースを準備する。七番テーブルには冷えた白ワインを出してくれ」
厨房ではセレンがリズミカルに包丁を振るい、ホールでは元荒くれ者の船乗りたちが、パリッとした制服に身を包んでキビキビと接客をしている。
連日連夜、店は王都から訪れる大貴族から地元の裕福な商人まで、あらゆる美食家たちでごった返していた。
金貨が滝のように流れ込み、二人のビジネスはまさに飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を続けていた。
しかし、出る杭は必ず打たれる。
特にこの美食都市において、既存の巨大な権益を脅かす新参者の台頭を、面白く思わない者たちがいるのは当然の理だった。
◆ ◆ ◆
海竜亭がオープンして一ヶ月が過ぎたある日の早朝。
仕込みのために裏口を開けたセレンは、そこに毎朝届くはずの荷車が一つもないことに気づいた。
「……おかしいわね。野菜とお塩の業者さん、今日は遅いのかな」
首を傾げるセレンの背後から、不躾な足音が響いてきた。
「待っても無駄だよ、お嬢さん。今日からこの店には、塩一粒、葉っぱ一枚届くことはない」
現れたのは、仕立ての良い黒いフロックコートを着た、狡猾そうな細目の男だった。
男の胸元には、この都市のすべての食材流通を牛耳る巨大組織『中央美食ギルド』の紋章が輝いている。
騒ぎを聞きつけて裏口にやってきたタクミが、冷ややかな視線で男を睨みつけた。
「……何の真似だ。うちは契約通りに前払いで代金を支払っているはずだが」
「おや、ご立派な経営者殿。だがね、この美食都市で商売をするには、我々ギルドの『許可』が必要なんだよ。無登録のモグリの店に食材を卸すような業者は、この都市には存在しない。我々がすべて通達を出させてもらった」
細目の男は薄ら笑いを浮かべながら、一枚の羊皮紙をタクミに突きつけた。
「選択肢は二つだ。今すぐ店を畳んでこの街から出ていくか。……それとも、売上の九割をギルドに上納し、君たちの珍しい海竜肉の仕入れルートをすべて我々に譲渡するか、だ」
あからさまな脅迫。
つまりは、タクミたちが開拓した独自の海産物ルートと、莫大な利益を生むレストランそのものを、ギルドが丸ごと乗っ取ろうという魂胆だった。
「そんな……! お塩や野菜がなかったら、いくらお肉があっても料理が出せないわ……!」
セレンが青ざめてタクミの袖を強く握りしめる。
どんなに上質な肉があろうと、味付けの基本となる塩や付け合わせの野菜がなければ、高級レストランとしての体裁は保てない。
細目の男はセレンの反応を見て、勝負あったとばかりに下劣な笑みを深めた。
「賢明な判断を期待しているよ。明日の朝までに返答がなければ、次は水すらも止めて――」
「帰れよ。お前たちの腐ったギルドに入る気はないし、店を譲る気も一切ない」
タクミは突きつけられた羊皮紙を冷たく払い除け、男の言葉を真っ向から切り捨てた。
「……な、なんだと? 強がるのもいい加減にしたまえ! 食材の供給源を絶たれて、明日からどうやって店を開けるつもりだ!」
「そんなこと、お前たち三流の搾取集団が心配することじゃない。さっさと消えろ。うちの敷地が腐る」
タクミの氷のような殺気を帯びた瞳に射抜かれ、男はヒッと短い悲鳴を上げて後ずさった。
「ほ、後悔するぞ! 明日には客から不満が出て、店は間違いなく潰れるからな!」
捨て台詞を吐いて逃げ帰る男の後ろ姿を見送り、タクミは小さく息を吐いた。
前世のブラック企業で、独占企業からの理不尽な取引停止や悪質な圧力を嫌というほど見てきた。
この程度の嫌がらせは、彼にとっては想定内の『ビジネスの障害』に過ぎない。
「タクミ……どうするの? 本当に、明日からの食材が……」
不安で泣き出しそうなセレンの頭を、タクミは優しくポンと撫でた。
「心配するな。むしろ、これは好都合だ。ギルドの息がかかっていない、真に価値のある『新しい市場』をこの足で開拓するいいチャンスになる」
タクミは次の仕入れ先を探すことにした。
◆ ◆ ◆
タクミがセレンを連れて向かったのは、華やかな美食都市の中心部から遠く離れた、寂れたスラム街だった。
そこには、中央美食ギルドの『見た目の美しさ』という偏った基準を満たせなかったために、市場から締め出された貧しい農民たちが身を寄せていた。
彼らの足元には、形がいびつだったり泥にまみれたりしただけの野菜が、売り物にならないゴミとして山のように捨てられている。
「こんなにたくさんお野菜があるのに……みんな、すごくお腹を空かせているわ」
セレンが痛ましそうに周囲を見渡す。
タクミは無造作に転がっていた泥だらけの不格好な芋を拾い上げ、『真贋鑑定』を発動させた。
『泥岩芋:素材価値(特級)。見た目は悪いが、内部に通常の数倍の糖度と旨味成分を蓄積している』
「……やっぱりな。ギルドの連中は、見栄えの良い水っぽい野菜ばかりを重宝して、本当に美味い食材を自ら捨てていたってわけだ」
さらにタクミは、近くで力なく座り込んでいた鉱夫らしき男から、不純物が混じっているとして買い叩かれた規格外の岩塩を買い取った。
それもまた、鑑定によれば『豊富なミネラルを含み、肉の旨味を飛躍的に引き出す天然の旨味塩』だった。
「おい、そこのあんたたち。ここに捨てられている野菜と、その岩塩……すべて俺が『適正価格』で買い取ろう」
タクミの声に、打ちひしがれていた農民や鉱夫たちが弾かれたように顔を上げる。
「ほ、本当かい!? でも、こんな不格好な野菜、ギルドの連中には……」
「俺はギルドの人間じゃない。見た目じゃなく、中身で商売をする男だ。今後も定期的にうちの店に卸してくれ」
タクミがずっしりと重い銀貨の袋を渡すと、スラム街の人々は涙を流して地面に伏し、何度も何度も感謝の言葉を繰り返した。
「これで、最高の食材ルートが確保できたわね!」
セレンが泥だらけの芋を嬉しそうに抱きしめる。
「ああ。ギルドの連中が明日、どんな間抜けな顔をするか見ものだな」
巨大な独占組織の嫌がらせは、結果として、タクミたちに最強の武器を与えることになったのだった。




