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第10話「究極の旨味と美食決闘の結末」

 翌日の昼。美食都市グラン・パレの中央広場には、公式の『美食決闘』を一目見ようと群衆が押し寄せていた。

 広場の中央には立派な特設厨房が二つ並べられ、審査員席には都市の食を取り仕切る『美食ギルド』の重鎮たちがふんぞり返って座っている。


「さあ、まずは私からお見せしよう。星付き料理人の神髄を!」


 金糸のシェフ服を翻し、レオンが自信満々に銀色のドーム型の蓋を開けた。

 ふわりと広がる芳醇な香りと共に現れたのは、金箔があしらわれた巨大な鳥の丸焼きだった。


 「おおっ! これは幻の『黄金鳥』のロースト! しかも表面を覆っているのは、希少な黒キノコのソースではないか!」


 審査員たちが目を輝かせ、次々とフォークを伸ばす。

 口に含んだ彼らは一様に満足げなため息を漏らし、レオンの確かな技術と、何より惜しげもなく使われた高級食材の力に深く頷いた。


「ふふっ。私の料理は、王都の貴族すら唸らせる最高級の素材のみを使用している。どうだい、路地裏の素人くんたち? 君たちのような底辺の人間には、一生かけても集められない食材ばかりだろう」


 レオンがタクミとセレンを見下し、勝ち誇ったようにあざ笑う。

 広場の観衆たちも、すでに勝負は決まったと言わんばかりにレオンに称賛の拍手を送っていた。

 誰もが、無名の若者と少女のコンビが、この華やかな星付き料理人に勝てるはずがないと思い込んでいたのだ。


「……タクミ、できたわ!」


 周囲の圧倒的に不利な空気にも怯むことなく、セレンが真剣な表情で完成した皿を審査員席へと運ぶ。

 真っ白な皿の中央に鎮座しているのは、美しく焼き目がついた分厚い肉の塊だった。

 ソースはとろみのある琥珀色で、黄金鳥のような派手な金箔や飾りの類は一切ない。


「はっはっは! なんだその貧相な料理は! ただ肉を焼いてソースをかけただけじゃないか!」


 レオンが腹を抱えて爆笑する。

 審査員長は運ばれてきた皿を一瞥し、「見栄えがしないな」と吐き捨てた。

「肉はシー・サーペントか。珍しいが、海竜の肉など我々の繊細な舌には合わん。まったく食欲が湧かないが、審査の規則だからな……」

 文句を言いながら、しぶしぶフォークで肉を切り分け、口に運んだ審査員長。

 しかし、一口含んだ瞬間、フォークを持った彼の手がピタリと止まった。

 咀嚼する音だけが、静まり返った広場に響く。

 やがて彼は震える手でもう一口、無言で肉を切り分けた。

 他の審査員たちも同様だった。

 一口食べた途端に言葉を失い、取り憑かれたように無言で肉を貪り食い始めたのだ。


「な、何だこれは!? 口に入れた瞬間に広がる、この凄まじい旨味の爆発は!」


 沈黙を破ったのは、完食してむせび泣くように叫んだ審査員長の大きな声だった。


「シー・サーペントの野性味あふれる肉汁に、ソースの深く複雑な甘みと塩気が絡み合い、噛むほどに味が何倍にも膨れ上がっていく……! 先ほどの黄金鳥のローストが、まるでただの味気ない紙切れのように感じられるぞ!」


 審査員たちのあまりの豹変ぶりに、広場全体が水を打ったように静まり返る。


「ば、馬鹿な! そんな粗末な見た目の料理が、私の芸術品に勝るはずがないだろう!」


 血相を変えたレオンが、審査員の皿から残った肉をひったくって口に放り込む。

 そして彼もまた、その途方もない美味さに言葉を失い、膝から崩れ落ちた。


 「教えてやろう、レオン。お前の料理がなぜ『紙切れ』になったのかを」


 膝をつくレオンを見下ろし、タクミが冷ややかに言い放つ。


「お前の料理は、確かに高級食材をふんだんに使っている。だが、それぞれが強烈な自己主張をしているだけで、味の調和がまるでとれていない。見栄えを良くするための黒キノコのソースが、黄金鳥の繊細な風味をすっかり殺していたんだ」


「なっ……!?」


 「それに比べて、セレンの作った『海竜ステーキ』はどうだ。肉の旨味成分と、俺たちが独自に配合した『熟成魚醤』の旨味成分。二つの異なる旨味が口の中で合わさることで、味覚の強烈な相乗効果が起きている」


 タクミが航海中に『真贋鑑定』のスキルを駆使して開発した、旨味を限界まで濃縮した独自の調味料。

 それと天才料理人セレンの見事な火入れが組み合わさった時、見た目だけの高級料理など粉砕するほどの圧倒的な「美味さ」が生まれるのだ。


「料理の価値は、食材の値段や金箔の量で決まるんじゃない。食べる人間をどれだけ美味さで感動させられるかだ。……前世の成金社長みたいな真似をしてるから、足元をすくわれるんだよ」


 最後の言葉は、タクミの小さな独り言だった。


「しょ、勝負あった! 勝者、タクミとセレン!」


 審査員長が興奮冷めやらぬ声で宣言すると、静まり返っていた広場から割れんばかりの歓声が沸き起こった。


「嘘だ……私の、私の星付きの看板が……私のレストランが……!!」


 敗北に顔を歪めるレオンの手から、タクミは経営権の証明書である羊皮紙を無造作に抜き取った。

 市場の一等地に立つ、広大で設備の整ったレストラン。

 彼がこの美食決闘を仕組んだ最大の目的である「合法的な事業の獲得」が、今ここに完了した。


「これで最高の拠点が手に入ったな」


「うん! あの立派な厨房で、もっともっと美味しい料理を作るわ!」


 泣き崩れる元・星付き料理人を背に、タクミとセレンは群衆の熱狂的な拍手に包まれて歩き出す。


◆ ◆ ◆


 数日後。

 美食決闘の興奮も冷めやらぬ中、タクミとセレンは旧レオンのレストラン――今や彼らの所有物となった巨大な店舗に足を踏み入れた。

 大理石が敷き詰められた広々とした客席に、最新の魔導調理器具がずらりと並ぶ厨房。

 壁には高価な絵画が飾られ、天井には巨大なクリスタルのシャンデリアが輝いている。


「すごい……! こんなに大きなお店で、こんなに立派なキッチンで料理ができるなんて、まるで夢みたい!」


 セレンがピカピカに磨かれた銀の魔導オーブンに触れながら、心からの歓喜の声を上げる。


「俺たちのビジネスはここからが本番だ。港町で築いた流通網と、この船団、そしてこの最高の店舗を組み合わせて、美食都市に俺たちだけのブランドを確立する」


 タクミは二階の窓から、活気に満ちた大通りを見下ろした。

 まだ開店前だというのに、店の外にはあの日広場にいた群衆たちが、今か今かと長蛇の列を作っている。

 彼らの視線は、もはや星付きの称号や見た目だけの装飾ではなく、セレンの作る本物の『美味さ』に注がれていた。


「さあ、忙しくなるぞ、俺の最高の料理長」


「ええ、任せて! 美食都市のみんなを、私の料理で笑顔にしてみせるわ!」


 タクミの言葉に、セレンはこれ以上ないほど輝く笑顔で力強く頷いた。

 二人のサクセスストーリーは、この巨大都市でさらなる高みへと駆け上がろうとしていた。

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