第6話 妖技・蛇髪牢
宙吊りにされた俺の四肢に、柔道の帯のようなものが、ぎりぎりと食い込んできた。霊体である俺の体を、この帯は謎の力を使って縛り上げている。その力は強烈で、俺がどんなに藻掻こうとも振りほどけなかった。
「ひかり……っ!」
すぐそばで、ひかりもまた、帯にぐるぐると巻かれながら、芋虫のように身をよじっていた。俺が呼びかけると、眉根を寄せて俺を見た。
「お父さんっ……!」
「暴れるんじゃないよ、ネズミが」
福禄寿のような老婆が、黄色い歯を剥いて、ゆっくりと近づいてくる。キラキラした布地の、白いワンピースの裾を引きずりながら歩いてくる。サングラスの奥で、落ちくぼんだ目が、ぬらりと光っていた。
俺はゾッとした。この老婆には、霊体の俺が、はっきりと見えているのだ。
「あんた、一体何者なんだ……!」
老婆は、俺の問いには答えず、床に転がるひかりの前にしゃがみ込んだ。そして口元をニヤリとさせながら、鋭く尖った人差し指の爪で、ひかりの頬を、つうっと撫でた。
爪の跡が、極細の赤い筋となる。
老婆はそれを指の腹ですくってペロリと舐めた。そして目を細める。
「ああ、いい血だ。こんなに濃いのは、何十年ぶりかねえ」
「血……?」
「お前にゃ、関係ないことさ」
老婆の目が、うっとりと細められる。
「この娘はね、ただの売り物じゃないんだよ。長いこと、ずうっと探してたのさ。やっと捕まえた」
その言葉を聞いた俺は、背筋を凍らせた。人身売買だと思っていたが、こいつらはそれ以上にヤバい奴みたいだ。
「お前……最初からひかりを狙っていたのか!」
俺は、ありったけの力で帯に抗った。だが、締め付けは緩むどころか、きつくなる一方だ。俺の体がギリギリと軋んだ。
老婆は吊るされている俺を見上げて嗤った。
「父親気取りかい? 死んだ亡霊のくせに、いい気なもんだ」
「何がおかしいんだよ!」
俺は身を揺すりながら叫んだ。だが、老婆は俺に興味などないとばかりに背中を向けた。
「ヒヒヒ、バカは放っておいて。と……」
その手が、ひかりの首元へと、伸びていく。
「間に合わないっ」
そう思った、その瞬間だった。
足元の床が、ばっと弾けるように——下から、白刃が突き出してきたのだ。
「死ね! クソババア!」
「むおっ!」
福禄寿の白髪頭が、老婆とは思えない動きをみせながらバック転する。すると、床からぬうっと源蔵さんが顔を出して来て、横一閃に刃を振るった。
「源蔵さん!」
「でえええいっ!」
源蔵さんが大振りに刀を振ると、老婆はさらにバック転しなががら逃げ続ける。源蔵さんも刀を振りながら老婆を追うが、彼女は驚くべき足さばきでそれを躱した。
「きえええ!」
奇声を発しながら、老婆が霊力を込めた帯を振りまわす。その帯が源蔵さんの刃とぶつかると、黄色い火花がバチバチと跳んだ。
「この老いぼれめ!!」
源蔵さんは何度も刀を振り下ろしながら老婆を追い詰めていく。
「お前こそジジイの亡霊のクセに、粋がってるんじゃないよ!」
老婆は信じられない動きで源蔵さんの刃を躱していく。
源蔵さんが刀を振り回したせいで、俺たちを縛っていた帯がブツブツと断ち切れた。源蔵さんの本当の狙いは、実はこれだったのだ。
俺はひかりの元へ急いで、帯を取り除いた。
「ひかり! 友達2人に声をかけてくれ! 逃げるぞ!」
「わかった!」
ひかりは立ち上がって、部屋の片隅で頭を抱えて震えていた少女2人の腕を引くと、力強く声をかけた。
「カスミ! マリ! 逃げるわよ!」
ひかりは2人の腕を強引に引くと、鉄格子の入口を潜ってフロアに飛び出た。そして、階段へと走った。それを見た老婆はサングラスの奥で目を剥いて睨んだ。
「あーっ! 娘ども! 逃げるんじゃないよ!」
老婆がひかりたちに気を取られた瞬間、源蔵さんがひとっ飛びに接近した。
「あっ!」
老婆が振り返ったその時、源蔵さんの刀が、横薙ぎに一閃、老婆の頭を真横に斬り飛ばしたのだ。
「嫌ああああ……!」
老婆は絶叫した。
その叫び声を聞いて、俺は一瞬、振り返った。
「やったのか!」
だが、宙を舞ったのは頭の上半分。それは、束ねられた白い髪の毛だけなのだった。福禄寿のように見えていたあの盛り上がった頭頂は——大量の髪を、結い上げていただけだったのだ。
バサリ、と。
斬り落とされた髪が床へ散らばる。老婆の頭に残った髪の毛はまとまりを失ってバラバラとなり、老婆の怒りに満ちた顔を隠した。
「おのれ、よくも私の髪を!」
「頭じゃねえのかよ!」
「うるさいっ!」
老婆が髪をかき上げると、サングラスが外れ飛んだ。老婆は目を皿のように見開いて睨んだ。
「このクソジジイ!髪は女の命だってこと、知らないのかいっ!」
「知るかババア! 髪が命なんだったら、さっさと死ね!」
「言ったなこの、クソジジイ!」
老婆は源蔵さんを憎しみのこもった目で睨みつけると、妙な形に両手のひらを組んで印を結んだ。
その異様な姿に源蔵さんは刀を構えた。老婆は叫んだ。
「出よ白蛇たち! 妖技・蛇髪牢!」
すると、床に散らばった白い髪が、ぴくり、ぴくりと蠢き始めたのだ。キリキリという音をさせながら、髪が集まり始める。そしてそれは編み合わさり、蛇のような形状となっていったのだ。老婆にはありえない毛髪量……その蛇の数も40匹ほどとなった。
源蔵さんは片眉を上げた。
「な……なんだこりゃ?」
「ヒッヒッヒ…… 髪は女の命だと言ったろう?」
「だからと言って、蛇に命を与えるとは聞いてねえぜ……」
その髪たちは紐状になりながら、うねうねと動き出す。そしてそれは、いつの間にか
源蔵さんを取り囲むようにうねっていた。
「数が多すぎるぜ……」
源蔵さんは刀を構えたまま動けなかった。
「ヒッヒッヒ……お前が逃げる隙間は毛ほどもないよ」
老婆はそう言うとニヤリと笑った。
蛇たちは鎌首をもたげてウロウロしている。とぐろを巻き、キリキリと音をたてながら重なり合い、蠢いていた。
「ヒヒヒ……いい子だよ、お前たち」
老婆が、乱れ髪をかき上げて嗤った。
「さあ、行くんだ! あのジジイの薄汚い霊体を、喰い千切っておやり!」
白蛇の群れが、一斉に源蔵さんへと躍りかかった。




