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亡霊剣士と、忘れられた殺人  作者: 平ミノル
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第2話 亡霊の未練


目の前に、夕暮れの映像が浮かび上がってくる。


校庭でテニスをする高校生だ。


俺は学校のフェンスの外から、その様子を眺めていた。


そこには老人のような白髪頭をした監督が、生徒を怒鳴りつけていた。


「なんだお前、声出してりゃ良いってもんじゃないぞ、おい。そんなので上手くなれると思っているのか!」


「はいっ! すみませんコーチ」


俺は怒られている女子生徒を見ていた。


「何だこれは……俺の記憶なのか?」


俺は頭痛を堪えながら、二人の様子を注視した。怒られている女の子は、大きな声を張り上げながら返事をしている。俺はどうしてそんなに怒鳴る必要があるのか、と思いながら見つめていた。怒られている女の子に同情していたのである。


やがて説教は終わり、彼女は振り返ってコートへと走って行った。驚いたことに、その女の子の顔は、あの廃工場の窓から俺を見ていた女の子だったのだ。俺は目を見開いた。


「あの子……一体、何者なんだ?」


俺がそう思った時、目の前が真っ白な霧に覆われて、何も見えなくなった。



「おい……おい、しっかりしろ」


「ううう……」


俺は老人の声で目を覚ました。顔を上げると、俺はまた、地面へ横たわっていた。


「おお、気が付いたか」


「ああ、すみません、介抱して頂いて」


すると老人は首を振りながら笑った。


「バカ、介抱なんかするかよ。お前はもう死んでいるんだぞ」


「ああ、そうか……そうでしたね……」


俺は上半身を起こして、老人の顔を見た。


「あなた、今、人を殺したでしょう」


すると老人は不思議そうな顔をして俺をみた。


「ああ、殺したがどうした」


「こ……殺しちゃ駄目でしょう」


「なんでダメなんだ」


老人は心底不思議そうに、眉をひそめた。


「け、警察に捕まりますよ」


「ハハハハハ!」


それを聞いた老人は、軽くのけ反りながら大きな口を開けた。


「馬鹿か、お前。 お前もワシも既に死んでるんだぞ。どうやって110番するんだ」


「まあ……。そうですけど」


たしかに、霊体の俺に通報など出来るはずもない。老人は視線をヤクザの男の方へ向けた。


「この刀はな、霊体にだけ作用するんだ。ところが霊体が斬られて死ねば、その器でしかない肉体も死ぬ。だが、肉体は斬られてないから血も出ない……つまり、現代の知識では、警察どもは心臓発作だとしか判断出来ねえだろうよ」


「……そんなの完全犯罪じゃないですか」


「完全犯罪もくそもあるかよ。だって、ワシたちは……もうとっくに死んでるんだからな」


老人は、にやりと口の端を上げると、ヤクザの死体の方へ顎をしゃくった。


「おい、見てみろ」


俺はおそるおそる、その死体に目をやった。


斬られた背中から、紫色の煙のようなものが、ゆらゆらと漏れ出している。


「な……何か、出てきましたよ」


「ああ。あれが霊体だ」


「霊体って紫なんですか?」


すると老人は首を振った。


「普通の人間は黄色いんだ。だが悪人の霊体は紫色をしている。魂が濁っているんだな。だがな……本当に悪い奴は黒なんだ」


「黒ですか……」


「まあ、そんな奴は中々いないが」


それを聞いた俺は、自分の手足に触れてみたが、生きていた頃と同じ、肉体の感触がした。


「俺の体の中にも……あんな煙のようなものが詰まってるんですかね」


老人は頷いた。


「今のお前は人間の姿をしているが、ひとたび成仏するとなると、もう、この世で人型を維持できなくなる」


「じゃあ、あのヤクザは成仏したわけですか」


すると老人はフンと鼻で笑った。


「この刀で斬られると、強制的に成仏させられる。だが、その行先は地獄行きの片道切符さ」


俺はヤクザの死体へ目を向けた。


紫色の煙は、男の体から立ちのぼると、夕暮れの空に溶けるように消えていった。あとに残されたのは、ただの死体だけだった。


俺は思わず、自分の胸の傷に手を当てた。


「それじゃあ……俺たち霊体は、人間の霊体になら干渉出来るってわけですか」


「そのとおりだ。意識すれば、霊体になら触れられる」


老人は頷いた。


「お前自身の霊体にも干渉出来るぞ。例えばその傷口だ。みっともないから消してしまえ」


「消すって何が?」


「傷口が出来る前の、元の状態をイメージするんだ」


「それで消えるんですか?」


「ああ……今のお前の体は霊体だからな。原型から大きく逸脱しない限り修正が可能だ」


俺は目を閉じて刺される前の体をイメージした。するとみるみるうちに傷は塞がって、Tシャツの赤いシミまで消え失せたのである。


「あああ……スゴいなあ……」


すると老人はハハハと笑った。俺は老人に礼を言うと、その顔をジッと見つめた。


「ところで、あなたは……どうして、成仏しないんです?」


すると老人はニコリと微笑んだ。


「それはお前と同じだ。ワシにも、心の奥底に未練があるらしくてな」


老人は刀をゆっくりと鞘に納めた。


「ワシは昔、ヤクザだったんだ。だが死の少し前にな……その生き方を激しく後悔させる出来事があった……。それ以来、悪事を止めたんだが」


老人はひとつゴホンと咳をした。


「そしたらな、ヤクザの暗殺者に殺された」


「せっかく心を入れ替えたのに、何で殺されるんですか……ひどい奴らですね」


だが老人は首を振った。


「なあに、因果応報って奴さ。仕方のないことだと思ってる。……それよりもな、その時に周辺の一般人をトラブルに巻き込んでしまってな。あの時、悪党どもを先に斬っておけば、巻き込まれた連中は死なずに済んだのにと後悔したんだ」


俺は老人をジッと見つめた。


「それが……あなたをこの世に押し止めている理由なんですか」


すると老人は静かに頷く。


「今のお前は、どうしてこの世に残っているのか、その未練の元が何か分かっていないんだろう? ワシもそうだった。そして色々試しているうちに、悪人を100人殺すことで成仏できるということがわかった」


「100人もですか?」


「ああ、100人だ。だがな、もう少しなんだ。ヤクザを95人殺しているからな」


「ひゃ……。ずいぶん、殺したんですね」


「その代わり、悪人しか殺さねえ。というより、悪人しか殺せねえんだ。この刀は」


老人は、ギロリと俺の方へ向き直った。


「それで、お前は自分がどんな未練があってこの世にとどまっているのか、見当はついているのか」


「……分かりません」


俺は首を振った。


「だがお前、誰かに殺されたんだろう。あの傷は、誰かに刺されたって感じだったからな」


老人は、俺の胸をじっと見た。


「だが、思い出せなくても仕方がないんだ。亡霊によくある、記憶喪失ってやつだ。死んだショックで思い出せなくなる。よくいるんだよ、そういうのが」


「そういうものなんですか?」


「まあな。だが、このまま思い出せないままでいると、その辺をフラフラしてる浮遊霊となって、この世を彷徨い続けることになるがな」


「マジですか……」


それは嫌だな……と俺は思った。


すると老人は、あらためて俺をまっすぐ見据えた。


「それでだ……ここまでお前に話したのには、理由がある」


「なんですか」


「お前の成仏を手伝ってやろう」


「本当ですか?」


老人は頷いた。


「心臓をナイフで突き刺されたお前だ。お前について行けば、悪い奴に出会えるだろう。そうすりゃ、ワシの成仏も早まるってもんだ」


「こちらにしてみれば、願ってもないことです。ありがとうございます!」


俺が老人に頭を下げると、老人は笑いながら頭を掻いた。


「まあ、WIN、WINってやつかな? とにかく今は手がかりを探さなきゃならねえ。何か気になることはねえのか?」


俺は老人の顔をジッと見つめた。


「実は一つ……気になるところがあるんです」


「ほう。どこだ」


「あの、工場です」


俺は、さっき女の子の姿を見た廃工場を指さした。あの少女に会えば、生前の俺について、何か思い出せるかもしれない。


老人は工場を見やると、にやりと笑った。


「ありゃあ……柳川組のアジトじゃねえか」


「やながわ……?」


「こりゃあ、いっぱい人を殺せるかもしれねえな」


老人は俺の顔を見ると、鷹のように鋭い視線を走らせた。俺は通りの先にある工場へ目を向け、それから老人を見た。


「なんかか物騒な予感がしますが……行きましょうか」


俺がそういうと、老人は手の平で俺を制止した。


「まあ、待て」


老人はそう言うと、しわがれた手の平を差し出して来た。


「俺の名前は源蔵だ。お前、名前は?」


俺は手を伸ばして源蔵の手の平を握った。


「修治です……よろしくお願いします」


修治がそう言うと、源蔵は白い歯を見せて笑った。





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