第11話 本当の自分
そこは、深い水の底のようだった。
音がない。光もない。ただ、ずっと下のほうに、白いものが沈んでいる。
それは石の箱だった。
大人が両腕で抱えるほどの、四角い石の箱。
だが、その蓋を見て、俺は動けなくなった。
蓋の上に、石化した朱美の母が座っていたのだ。俺は朱美の母にそっと触れた。彼女もまた、ひかりの平凡な生活を守るために、石の箱を封印することに命を捧げてきたのだ。
「お義母さん」
俺は義母の石像に触れた。
「お義母さん……ひかりはもう大きくなりました。力を得たって……ひとりでやっていけます」
俺は、膝をついた。
「ひかりは、いつまでも、庇護されるべき子供ではありません。今まさに独り立ちする時なのですよ。わかるでしょ、お義母さん」
すると、義母の形をした石像が、薄っすらと目を開いた。その目は金色の光を放ち始め、俺を照らし始めた。
「修治! 今更やってきて何を言っておる! お前に一族の何がわかるか! 一族の怖さの、何を知っているというのだ!」
その時、義母の石像は崩れ始めた。俺は飛び散る小石を手の平で守りながら、義母を見つめ続けた。
「そんな過保護で、ひかりをどうやって自立させるのですか! あなた、もうボロボロじゃないですか! あの子を独り立ちさせなきゃ、いつまでたっても親の袖に隠れる子供のままじゃないですか!」
俺は大声で叫んだ。
「いいですか、お義母さん! あの子を育てるってことは、結界に封印して問題を避け続けることじゃないはずです。辛い困難に少しでも立ち向かって、あの子でお義母さんや朱美なしでも生きて行けるよう育てることじゃないですか!」
その時、石の箱の蓋がビシビシと割れ始めた。その蓋に鎮座する、義母の石像もひび割れ始める。
「おお、修治! お前は本当に余計なことをする! 母の愛とは守ること……いつまでも己の腕の中で!」
その時、蓋どころか、石の箱自体が割れ飛び、中から金色に輝く光の玉が現れた。そしてそれは、俺や義母の石像を包んでいった。
「ああっ!ひかり! そこから出てはならぬ! 出てしまったら、私はお前を守ることができない!」
狼狽える義母の石像にそっと寄り添いながら、俺は金色の光を見つめていた。それは凄まじい命の爆発のようで、若い輝きに満ちたものだった。
「お義母さん……見て下さい……ひかりはこんなにも大きくなっていたんですよ」
すると義母の石像は両目から涙を流しながら謝った。
「ずっと、閉じ込めて悪かった……ひかり、許してくれ‥‥…」
すると、ひかりの声が聞こえてきた。
「ずっと、開くのを待っていたの」
「……あああ」
「なのに、全然出れなくて」
その光に向かって俺は大声で叫んだ。
「もう、いいんだ。ひかり……出ておいで」
ひかりの体が、ゆっくりと立ち上がった。そして、静かにこちらを向いた。
「お父さん……お父さんなのね……」
その瞬間、深い水の底のような空間が金色の光で満たされて、義母の石像は粉々に砕け散った。そして、俺もその光に包まれながら、外へと弾き飛ばされたのだった。




