第12話 光の彼方へ
気が付くと、俺はひかりのすぐそばで横たわっていた。そして俺のすぐ隣に麗香の霊体が、ひかりの体から抜け出た状態で転がっていた。彼女の霊体はもう半分程度透けていた。
白蛇たちは、俺と麗華の霊体に噛みつき、霊気を吸うように暴れ回っていた。
そんな中で、ひかりが目を開けて、そのまま立ち上がった。そして俺や麗華が襲われているのをジッと睨んでいた。
ひかりの頬からは、老婆に傷つけられた血が流れていた。ひかりはその血を指ですくうと、宙に一文字を書いた。
すると、白蛇の群れが悲鳴のような音を立てながら、一瞬にして灰になった。
「なんだと!」
それを見た柳川の顔色が変わった。彼の足元からどす黒い、魂の煙が立ち上がってくる。そして、その臭いを嗅ぎつけた無数の亡霊たちが、路地裏のあちこちから這い出してきていた。
キリキリ、キリキリと、木の擦れる音が鳴っていた。
だがひかりが現れた今、亡霊たちは柳川よりもひかりを見ていた。まるでひかりの信者か何かのように、ジッと見つめていたのだ。
そんな亡霊たちに、ひかりは声をかけた。
「みんな……もう、こんなつまんない人のために、この世を彷徨う必要はないわ……」
ひかりが亡霊たちに手を差し伸べると、そのまま天へ手を上げた。すると、彼らを導くように天空へ一筋の光が走った。
「さあ……こんな所に止まらないで……光の方へ進むのよ……」
亡霊たちが、いっせいに向きを変えて、ゆっくりと、空へと向かっていく。
「なんだ! なんだこれは! 一体何が起きている!」
柳川はその光景を呆然と見送っていた。その時、柳川の前に麗香が立っていた。
「あーしを忘れんな、ジジイ」
そして、柳川の胸に、腕を突き入れた。
「ぐ、ああっ……!」
「毒じゃなくてよ」
麗香が、歯を剥いて睨みつけた。
「ちゃんと戦って死にたかったよ……」
ずるりと、黒い霊体が引き摺り出される。
柳川の肉体が、その場に崩れ落ちた。
剥き出しになった黒い魂の前に、源蔵さんが進み出た。
「そのままジッとしてろ、麗香!」
源蔵の刀が、そのドス黒い霊体を裂いた。
「ぐわああ!」
柳川の体から、黒い霊体が零れだす。
柄の数字がめくれて、カウンターが99から——100へと変わった。
◆
亡霊たちは光に導かれて、天へと昇っていった。
そして柳川組の組長の霊体は、黒い渦を巻きながら地の底へと消えた。
夜空の雲を割って出来たひかりの道は、まだ明るく輝いていた。
その光の中で、今度は源蔵さんの体が、粒になってほどけ始めていた。俺と朱美は思わず駆け寄った。
「源蔵さん!」
「おう、修治。短い間じゃったが、楽しかったぞ」
「源蔵さん……」
「朱美さん……長かったが……ようやく御役御免じゃな」
源蔵さんはニコリに笑った。
「昔死なせた連中に、詫びに行かにゃならん。悪人を百人斬った程度で許されるとは思わんが、……手ぶらよりはマシじゃろ」
源蔵さんは、腰の刀を鞘ごと抜いて、麗香に差し出した。
「持っとれ」
「は? なんであーしが?」
「悪党しか斬れん、面倒な刀じゃが、戦いの役に立つ」
すると麗香は、両手でそれを受け取った。
その時、源蔵さんが俺の手を見た。
「お前も……成仏の時間がきたようじゃな」
「え?」
俺は自分の指先を見た。
俺の体も、源蔵さんと同じようにの光の粒になってほどけ始めていたのだ。
「あ……」
「よかったのう、ぼうず」
源蔵さんは、目を細めた。
「お前の未練というやつは……おそらく娘を救いたいという想いだったのかもしれんな。それが叶って、ようやく成仏できるんじゃろう」
光の粒が、源蔵さんの肩まで昇っていた。
「源蔵さん。俺、あなたに会えて良かった」
すると源蔵さんは、ハハハとだけ笑った。そして俺に、ニヤリと白い歯を見せてから、光の中に溶けていった。
その隣で、麗香は興味深気に刀を眺めていた。
「お前はまだ成仏しないんだな」
麗香は、俺を見てへらりと笑った。
「まあ、もうちょっとひかりちゃんと遊んでから行くよ」
「そうか……ひかりをよろしくたのむよ」
「じゃあな、パパ」
「その呼び方は誤解を生むからやめろ」
「ハハハ!」
その時、後ろから駆け寄るような足音がした。俺が振り返ると、そこにはひかりが立っていた。
そこにはひかりが立っていた。彼女は目に涙を浮かべながら、俺を見ていた。
「お父さん……消えかけてる」
「ああ。お前の無事を見届けたからな。それが俺を……この世へ押し止める未練だったのだろうな」
ひかりが両目に涙をためていた。
「ねえ、お父さん」
ひかりが、俺を見上げた。
「これからも……たまには、会いに来てくれる? 前みたいに、遠くからでもいいから……」
俺は頷いた。
「ああ。会いに行くとも……」
その時だった。急に激しく俺の体が発光し出した。
「あっ……」
俺の指先が。足が。光になって消えていく。
「お父さん……!」
ひかりが、俺の異変に気づいた。その顔が、みるみる、こわばっていく。
「お別れだ、ひかり」
「お父さん、もっと話したかった……」
「ひかり……」
俺は、できる限り、穏やかに微笑んでみせた。
「短い間だったが、話せて良かった」
ひかりは袖口で涙を拭った。
「頭ではわかっているけど……これが別れだとなると、本当に辛い」
「そう思ってもらえるだけで、俺は幸せだよ」
ひかりの目が、大きく見開かれた。彼女は唇を噛みながら、両目からぽろぽろと涙をこぼした。
「忘れない! 私、お父さんのこと、絶対に忘れないわ」
俺はその言葉を聞いて、心から満たされる思いがした。
「でも、もっと一緒にいたかった! やっと……やっと、会えたのに!」
ひかりが、涙も拭わず、わーんと声をあげて泣き始めた。俺はその姿をじっと見つめながら、涙が溢れ出そうになるのを堪えていた。
だが、我慢すればするほど、いいようなない愛おしい思いが込み上げて来て、ついに堰を切ったように、俺の両目から溢れ出て来た。
俺とひかりは、声をあげて泣いた。背中はしゃくり、溢れ出る涙のせいで、ひかりの顔もぼやけて見えた。
「ひかり……幸せになるんだぞ」
光の粒が、俺の胸まで昇ってきていた。
するとひかりは、両手を高く高くあげた。
背伸びをして、精一杯、天空へ伸びる光の道を示して。
その、ひかりの声に包まれながら、俺の体は無数の光の粒となって夜空へと昇っていった。
星空へ還っていく、その最後の瞬間まで、俺は、地上で泣きじゃくる、愛しい娘の姿を——目に焼きつけていた。
(完)




