第10話 最後の戦い
通りの向こうから黒塗りの高級車が1台、路地の入口を塞ぐように入ってきて停車した。
そして中から降りてきた4人の男たち。
先頭の男は、痩せた背の高い老人だった。仕立てのいいスーツを着ていて、背筋がまっすぐに伸びていた。一見したところ、堅気の会社役員にしか見えなかった。
真っ黒だったのだ。
すると俺のすぐそばにいた麗香が、その男を睨みつけながらつぶやいた。
「パパ……あいつが柳川の親父だ」
麗香の声が、初めて硬くなった。
「柳川って……柳川組の?」
麗香は小さく頷いた。
「あーしに、毒入りの茶を出した男だよ」
老人は、灰の散った地面を一瞥した。
「婆さんはしくじったんだな」
そして、ひかりの体を見た。それはまるで値札を確認するような目付きだった。
「あと少しで船が出るんだ。積み荷はあの子一人でいい。……さっさと捕まえてこい」
背後の三人が、じゃりと足を鳴らした。
「麗香!」
俺は麗香の目をジッと見た。
「頼む……ひかりを守ってくれ」
すると麗香はニヤリと笑った。
「わかってるって」
麗香は、ひかりの手首に巻いてあった、赤いミサンガをきゅっと握りしめた。
「今回は暴れさせてもらうからね!」
そんな話をしている間に、男たち三人が麗香に殴りかかってきた。彼らは力もあって技もすごかったが、所詮麗香の敵ではなかった。
一人目の膝を折り、二人目の肘を極めて放り投げ、三人目は顎を打ち抜く。あっという間に地面へ倒れた男たちが、認めたくないとばかりに麗香の元へ戻ろうとした時、目の前に源蔵さんが立ちはだかった。そして、剣の鯉口を切った。
「なんだこのジジイは……」
「俺か? 俺の名前は死神だ」
「何を馬鹿なことを! そこをどけ!」
すると源蔵さんがニヤリと笑った。
「俺には人の寿命が見えるんだ……お前らの魂の色が紫色だぞ……寿命は今日で終わりだ」
その時、源蔵の白刃が三度煌めいた。その瞬間、彼ら三人の体から、紫色の煙のようなものが、ゆらゆらと漏れ出してきたのだ。
刀の柄で、数字がめくれる。
97。98。99。
それを見た源蔵さんは、ニヤリと笑った。
「あと、一人じゃのう」
源蔵さんが、柳川の方を睨みつけた。
「お前の魂は真っ黒じゃ……最後の仕事に相応しい……」
「何を、この!」
柳川にも源蔵が見えるのか、懐から、細い布の束を取り出す。
「これはあの老婆の白い髪だ……」
柳川はそれを宙へ放った。
白い髪は空中でほどけ、絡み合い、蛇となって——麗香めがけて殺到した。
「またそれかよ!」
麗香が跳ぶ。だが、蛇は麗香を狙っていなかった。
蛇はひかりの体を素通りして、その中にいる麗香に衝突する?
「がっ……⁉」
ひかりの体が、ぐらりと膝を折った。
「麗香!」
「くそ……こいつ……あーしを、狙って……!」
麗香の声が、掠れていく。
柳川が、静かに言った。
「憑いた霊だけを喰う。器を傷付けては商売にならないからな」
麗香が、地面に膝をついた。ひかりの体から、うっすらと、麗香の輪郭が浮き出ては、また沈む。剥がされかけているのだ。
「朱美! 護符は!」
俺が叫ぶと、朱美は指の絆創膏を剥ぎ取り、傷口を噛んで血を絞り出したが、彼女の血では、白い蛇はビクともしない。
「私の血じゃ駄目だわ……血が薄いのよ」
その隙に源蔵さんが柳川へ斬りかかったが、白蛇の群れが壁のように立ち塞がった。
「くそっ、また、これか!」
源蔵さんが舌打ちした。
その時、膝をついた麗香が叫んだ。
「パパ! おい、オッサン!」
「何だよ、おい!」
顔を上げた麗香の目は、まだ死んでいなかった。
「ボーッとしてんじゃねえ!」
「なんだよ急に」
「開けろよ。あの箱を」
俺は、目を見開いた。
「そんなことをしたら、ひかりが……」
「ひかりが、なんだよ」
麗香が、噛みつくように言った。
「あんたも、あのお母ちゃんもな、娘を守っているつもりでいるのかもしれないけど、それは過保護ってもんだし。そろそろ親離れしろってえの!」
「しかし……」
言葉が、出なかった。
「あーしが道を作って、あんたを中まで連れてってやんよ。後はあんたの手で、その重石をどけてやれよ」
俺は朱美を見た。
「朱美! どうなんだ? あれは開けてもいい箱なのか?」
朱美は、青ざめた顔で立ち尽くしていた。
そして、震える声で言った。
「……修治。あの子の力はね、隠すためのものじゃないって母がずっと言ってた。『いつか、あの子が自分で使う日が来る』って」
朱美は、目を閉じた。
「私は、その力のせいで、あの子が普通に生きられないのが辛かったのよ」
俺は頷いた。
「そういうことだったのか。……だかひかりも高校生だ。自分の力の使い道は、自分で考えられるはずだ」
「でも……もうまともな結婚や就職が出来なくなっちゃうかもしれないのよ?私みたいに!」
俺はその言葉を聞いて、初めて朱美の苦悩を知った気がした。彼女は彼女なりの方法で、一所懸命にひかりを育ててきたのだ。
俺は、静かに朱美を見た。
「朱美……お前も苦労したんだな」
そして俺は大きく息を吸った。
「だがな朱美。それはひかりらしさを捨ててまで、手に入れなければならないものだったのか?彼女の本当の自分らしさとは何なんだ? その、石の箱に封印されているものこそ、本当の彼女らしさというものではないのか?」
俺と朱美は見つめあった。そして、振り返って麗香を見た。
「行くぞ、麗香」
「おうよ……だけどよ、あーしの霊体はもう保たねえ。一回きりだぜ」
「ああ、必ずやり遂げて見せるさ」
「……じゃあ、手を出しな!」
俺が手を差し出すと、麗香はその手をギュッと握った。そして、自分の方へグッとひぱったのである。
「あああっ!」
視界がグルグルと回って、俺の体は真っ白な光の中へ包まれた。




