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記憶市場(メモリー・マーケット)  作者: 鷹司 怜


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最終章 記憶市場

管理局中枢。


都市最深部。


そこには巨大な記憶保存装置があった。


全市民の改変前記憶。


虐殺事件。


戦争。


失われた歴史。


全て保管されている。


俺は中央端末の前に立っていた。


ユイが隣にいる。


橘は少し離れた場所から俺を見ていた。


「決めろ」


静かな声。


「真実か、平和か」


端末には二つの選択肢が表示されていた。


【全記憶解放】


【永久封印】


指先が震える。


俺は思い出していた。


母の顔。


広場。


泣き声。


炎。


そして。


第零区画。


消された子供たち。


苦しみ。


恐怖。


全部。


だが同時に。


笑っている街の人々も思い出す。


穏やかな日常。


争いのない世界。


それもまた本物だった。


長い沈黙のあと。


俺は端末へ触れた。


だが押したのは、どちらでもなかった。


新しいコマンドを開く。


橘が初めて動揺する。


「何を……」


俺は言った。


「選ぶのは、俺じゃない」


端末を書き換える。


全市民へアクセスを接続。


そして。


“選択権”を解放した。


世界中の人々へ通知が届く。


あなたは失われた記憶を閲覧できます。


真実を知るか。


今の幸福を守るか。


選択してください。


強制はしない。


忘れる自由も。


思い出す自由も。


その両方を返した。


橘は呆然としていた。


「そんなことをすれば……」


「人間を信じる」


俺は言った。


「今度は誰かに決められるんじゃなく、自分で選ばせる」


数年後。


世界は混乱した。


暴動も起きた。


真実に耐えられず壊れる者もいた。


だが。


完全には崩壊しなかった。


人々は少しずつ、自分の痛みを引き受け始めた。


記憶市場も変わった。


今では改変には完全な同意が必要になっている。


歴史の原本も公開された。


そしてある雨の日。


俺は市場で一つの記憶を買った。


古い。


小さな記憶。


再生する。


幼い俺が母と手を繋いで歩いている。


夕焼けの街。


母が笑っている。


その温度。


匂い。


声。


全部、本物だった。


涙が溢れた。


苦しみも悲しみも消えない。


だが。


それでいいのだと思った。


人は忘れるためではなく。


抱えて生きるために、記憶を持つのだから。

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