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桜華国物語~失った記憶と、襲い来る前世の因縁~  作者: 月峰遥希
序章ー箱庭の少女ー

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【閑話】ミリアの思惑(ミリア視点)

 奥様たちが寝静まった後の薄暗い廊下を、足音を殺しながら歩く。

 屋敷の中に不審な人間がいないか、不審な行動を取る者がいないか。それを確認するのが屋敷の統括侍女(じじょ)であるこの私、ミリアの仕事の一つでもある。


(……あら?)


 微かな話し声が、どこからか聞こえてくる。

 真夜中の廊下は静まり返っているのが常だ。それなのに、廊下の奥から聞こえる話し声。

 気配は二つ。何かの密談をしているのか、意識が周囲に向けられているのが分かる。


(……私の存在に気付いていながら、それでも動じた様子はない。ということは……)


 私の脳裏に一人の侍女の姿が思い浮かぶ。

 きっとこの密談をしているのは彼女なのだろう。


 深く息を吐く。

 二つの気配は変わらずそこにあり、その意識は完全に私を捉えている。それなのに動く気配も、動揺したような気配も感じない。

 まるで私が姿を見せるのを待っているように。


「そこにいるのは誰です?」


 茶番だなと思いながら私が声を掛ければ、そこにいた二人は物怖じ一つせずに私を見た。


「あら、ミリア様。見回りお疲れ様です」


 藤色の瞳を細めながら私にそう答えたのは、私が想定していた人物で間違いはありませんでした、

 先日屋敷に入ったばかりの新しい侍女・ルーティ。


(やはり彼女でしたか)


 想像通りの姿にホッと息を吐く。我が家のお仕着せを着たまま微笑む姿は、一見普通の侍女のように見えますが、その立ち姿に僅かばかりの隙すら伺えません。

 私の姿を見てぺこりと頭を下げるもう一人は、黒いフードを被って顔を布で隠した小柄な子供。

 見るからに怪しい風体だけれども、ルーティと共にいることで不審人物ではないのだろうと判断した。


「それじゃあスイ。この件、ちゃんとお嬢様に伝えてね」


 ルーティの言葉にこくりと頷く子供。そのまま近くの窓を開け、そこから外へと飛び降りていく。


「な!?」


 私は慌てて窓の外を見る。

 いくら何でもここは四階ですから。こんなところから飛び降りれば無事では済まないのに。


「大丈夫ですよ。あの子の身体能力なら怪我はしません」


 けれどもルーティは冷静にそう告げます。その言葉通り、するすると壁を降りていく子供。

 あっという間に地上へ降りると、何事もなかったようにスタスタと門から帰っていくのを、私は呆然としながら見送るしか出来ませんでした。


「あの子は?」

「スイですよ。現状の情報を取りに来たんです。うちのお嬢様たちにも情報を流さなければ、いざというときに動けませんから」


 その名前を聞いて、ルーティが仕えている本来のお嬢様に付き従っていた双子の子供を思い出しました。

 あの双子のどちらかがスイという名前なのでしょう。


(それにしても……)


 窓の扉を閉めながらちらりとルーティを見れば、物怖じしない笑顔のまま私を見るルーティ。


(仕える屋敷の情報を他家に流すことを、屋敷の統括侍女である私に悪びれもなく言うのはいかがなものなのでしょうね)


 その事実に少し頭痛を覚えるが、その方がこちらとしても都合がいいので、あまりとやかく言うつもりはありませんけれど。

 なぜなら、そ(・)の(・)た(・)め(・)に(・)彼(・)女(・)を(・)我(・)が(・)家(・)に(・)招(・)い(・)た(・)のですから。


「それはそうと、首尾の方はどうですか?」

「問題はありませんよ。後はアリシア様周辺の情報が取れれば完璧ですね」

「そうですか」


 私の問いに自信満々に答えるルーティ。

 その涼しい顔を見ていると、本当に優秀なのだなと思う。


(他家に頼み込んでルーティを借りてきたのは正解でしたね)


 そう、ルーティは我が家の正式な侍女ではない。

 奥様からの依頼で我が家に来てもらっただけの侍女。


(それでも彼女の優秀さはこの数日間だけで分かる。訪れてからたった数日で、私たちの望むものを手に入れてくれているのですから)


 彼女がもたらしてくれた情報のお陰で、不穏分子の炙り出しは好調とも言えます。

 相手も警戒しているのか、なかなか決定打となる証拠は掴めませんけれど。


「次はお嬢様周辺の情報ですね? それでは、明日から貴女をお嬢様付きの専属侍女にするように、私から奥様に伝えておきましょう」

「ありがとうございます」


 私の言葉に頭を下げるルーティ。

 その所作だけ見れば普通の侍女と何も変わらない。


「それはそうと、ミリア様からの依頼は情報収集だけでしたけれど、その後の害虫駆除はいかがいたしますか?」

「害虫駆除?」


 ルーティの言い方に眉をひそめる。確かに私たちにとっての敵を炙り出して欲しいと願ったのですから、言葉はともかく意図は分かります。

 ですが、私たちがルーティに依頼して屋敷に来てもらったのはほんの数日前。

 それなのに情報だけではなく、既に私たちの敵となる人物がいると判断したというのでしょゆか。


「ええ、いるでしょう? アリシア様の側に一人、分かりやすいのが」


 そんな私の思考を肯定するように、ルーティはそう告げた。

 言われた言葉の意味を理解して、私は息を呑む。


 なぜなら、アリシア様の側にいるのはメアリーしかいないのだから。


「……メアリーが、アリシア様の敵だというの?」

『少なくともし(・)ぃ(・)兄(・)の敵ではありましたね。なので当然、私たちにとっても敵ですが』

「時雨(しぐれ)様の……?」


 私が驚いていると、ルーティは不意に向(・)こ(・)う(・)の(・)言(・)葉(・)で話しかけてきます。

 それを聞いて理解します。昔の時点でルーティは既にメアリーに会っていたのだと。


(……というか、メアリーは時雨様と縁があったのですか)


 そんな話は聞いていなかった気がしますが、あの人にその辺りのことを求めても無駄でしょう。

 あの人は、肝心なことほど口にしない悪癖の持ち主だったのですから。


 笑顔のまま応対しているけれど、ルーティからも殺気が漏れている。

 あの時雨様の「敵」だと言い切るということは、彼女たちとも相当の因縁があるのでしょう。


「害虫駆除とはどうするつもりですか? 何をしても、決定打となる証拠がなければ解雇には出来ませんよ」

「もちろんそれは分かっていますよ。ですから、言い逃れの出来ない決定的な証拠を用意して差し上げようかと」


 そう笑うルーティは、いつもの涼しげな顔に戻っている。どこか楽しげな様子から、彼女なりに勝算はあるのでしょう。

 まあ、彼女に「害虫探索」を依頼したのはこちらですからね。駆除までしてくれるというのでしたら、彼女の好きにやらせてみましょう。


「いいでしょう。やり方は貴女に一任します。奥様にはなんとお伝えしておきますか?」

「必要があれば食事の時にでも私から提案いたします」


 まずは情報収集が先。そういう彼女に頷いておく。

 何が起きているのかを探ってもらわなければ、こちらとしても対処のしようがないのですから。


「分かりました。それではそのように奥様には伝えておきますね。『……頼みましたよ、【揚羽(あげは)】』」

『はい。それでは、私はまだやることがあるのでこれで失礼します』


 あちらの言葉で返せば、ルーティもあちらの言葉で返してきた。そして言うが早いか、すっと姿を消した。

 先程閉めたはずの窓が開いているので、きっと窓から出ていったのだろう。


「全く……窓は出入り口ではないのですがね」


 そう呟きながら窓を締める。それにしても、と窓の外を覗き込んだ。


(ここは一応四階だというのに……ルーティもスイも、よく窓から出入りしようと思いますね)


 廊下の窓には当然足場となるようなものは何もない。それでも彼女たちは当たり前のように出入りする。

 普通の人間に出来ることではない。普(・)通(・)で(・)は(・)な(・)い(・)彼女たちだからこそ出来る芸当なのだろう。


「これもまた時雨様の教育の賜物かと思うと……見つけたら、時雨様にもお説教が必要ですね」


 夜空を眺めながら苦笑する。

 子供に窓から出入りするように教えるなんて! とお説教をしたら、彼はなんと言うだろう。「僕のせいじゃなくない!?」と慌てて言い訳する? それとも「移動が早くて便利だよ」と開き直る?

 どちらの答えもありそうだなと思うとおかしくなってきます。どちらにしたってあの人は反省なんてしないでしょうから。


「全く……困った人ですね」


 それでも、思い浮かぶのは愛おしさ。困らされることは多々あれど、今なお彼が大切な気持ちは変わっていない。


「本当に……貴方はどこにいるんでしょうね」


 夜闇のような色を纏った彼は、ここにはいない。どこにいるのか、誰もその居場所を掴めていない。

 それでも遠くない未来に、きっと貴方は現れるのだろう。


 貴方の存在を、他でもないアリシア様が望んでいるのだから。

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